3 熟練兵、月宮一鉄/仕組まれた蜘蛛の糸
新型、とは、実情を知らない者程ありがたがり、熟練者になるほど奇異するモノだ。
ましてここは戦場。どんなミスでも命取りになる場所で、いくら新しくても詳しく知らないモノに命を委ねたくはない。
一鉄としても、……ほかになければ話は別だが、選択肢が“夜汰鴉”と“羅漢”の二つで、どちらを纏って戦場に行くか、と言われれば、間違いなくこの永遠の数日間で慣れきった“夜汰鴉”を選ぶ。
だが、だ。
仮にその選択肢が、ここに来る前。初陣を経験するその前。ただ訓練課程を修了しただけの新兵、の頃に目の前に提示されていたら、一鉄はもしかしたら“羅漢”を選んでいたかもしれない。
実時間としてつい数日前まで、主観としてはおそらく数か月前の頃。
一鉄は確かに、“新型”に心躍らせる新兵だった。
訓練校時代に話を聞きつけて、興味を惹かれて、同期と共に調べたことがある。
その時の知識が、役に立ちそうだ。もっとも――。
(――まさか、敵になるとは思わなかった、)
胸中そんなことを考えながら、一鉄は、背後へと倒れ込むように、地に伏せた。
――尾形、“羅漢”の指が引き金を引き切る、寸前だ。
銃声が響き、倒れ込んだ一鉄の真上を、20ミリと言う人間相手にはどう考えても過剰な、掠めただけでアウトだろう砲弾が、通過していく。
……もしかしたら伏せなくても当たらなかったかもしれない。そう思えるくらいに、その砲弾は上へと逸れて行っていた。
20ミリの反動は特大だ。慣れなくては、たとえFPAを着ていようがまず狙った所へは行かない。銃の構造的に、反動で上へと逸れやすい。そして、“羅漢”は“夜汰鴉”と比べてピーキー。そもそも熟練者が纏うことを想定しているせいで、反動の吸収は“夜汰鴉”と比べて拙い。更に言えば、纏っているのは
確実、ではない。賭けではある。だが、タイミングさえ合えばただ伏せるだけで対処できる可能性が高い。そう踏んで、その賭けに、一鉄は今、勝ったのだ。
あるいは、心のどこかで負けて死んでもどうせまた、と言う投げやりな思いがあったのかもしれないが。
とにかく、一鉄は尾形の射撃を躱し、後ろへ倒れ込むように地面へと寝転がり、寝転がると同時に、両手で拳銃を構えた。
――尾形と合流する前に、拳銃も拾っておいたのだ。
何度も何度も何度も失敗すれば、用心深くもなる。指揮車を操作するときに生身になる。そのタイミングで竜に襲われる可能性もある。流石にまた小刀で格闘したいとは思わない。だから、せめて目つぶし用に、と………。
備えあれば憂いなし、だ。一鉄は“羅漢”へと銃口を向け、引き金を引いた。
「ぎゃッ、」
と言う耳障りな、甲高い声が聞こえてくる。
当然の話だが、FPAにただの拳銃なんてほとんど効かない。ただし、まったく効かないわけでもない。かなり精密な射撃を求められるが、そんなモノ一鉄にとっては今更だ。
“羅漢”の構造も知っている。メインに運用される
そこを、正確に撃ち抜いたのだ。中身(尾形)には全く傷はついていないだろう。ただ、一瞬、視界が塞がるだけだ。
そして、その一瞬の間に、一鉄はすぐさま、真横の指揮車、その車体の下へと転がり込んだ。
いわゆる窓のない軍用兵器に、生命線になるカメラの予備が無いはずがない。尾形の視界が真っ黒になったのは一瞬のはずだ。
熟練すれば一瞬視界が失われたとしてもパニックになどならない。尾形が熟練した兵士のはずもない。
「な、………どこへ、クソ!」
苛立たし気な尾形の声を、指揮車の下に潜んで、一鉄は聞いた。
冷静に考えれば一瞬で隠れられる先など一か所しかない。が、その冷静に考える、を特任大佐殿が実行できているのなら一鉄はこんな面倒なことをする必要もない。
尾形は、民間人だ。民間人程新型を、兵器を過信する。一鉄を見失ったとわかった場合、次に注意を向けるのは八割方“夜汰鴉”の方だろう。
だから、一鉄はその逆、指揮車両の車体の下を転がって、逆側へと移動し、すぐさま回り込んで、“羅漢”の背後を取った。そして、素早く、かつ静かに、“羅漢”の背後を取り――。
――そこで、また銃声が響いた。
撃ったのは、尾形だ。そして、その銃口の先にあったのは、一鉄の“夜汰鴉”だ。
中身のない鎧が、弾丸を避けるはずもない。そのミリの直撃に耐えるように出来ているはずもない。
赤い装飾のついた、“夜汰鴉”。その胸部に、大きな風穴が開いていた。
そして、金切り声の笑いが聞こえてくる。
「ハハ、ハハハハハハ……。一鉄くん?どこだい?君の逆転の目は私が今摘んだよ!」
(……こいつ、どこまでも……)
……どこまでも無能だ。護衛させたいはずじゃなかったのか。FPAなしの一鉄にどう護衛させようというのか。どこまでもどこまでも………。
苛立ちに歯を食いしばりつつも、一鉄は笑い続ける“羅漢”の背後に付いた。
尾形は、一鉄に気付いていない。兵器を過信している。……平等に無能なクソ野郎らしい。
とにかく、一鉄は、“羅漢”の背後、首元辺りにあるカバーに手を伸ばした。
中身が気絶している時、救出できるように、FPAは手順さえ知っていれば外から強制解放出来るようになっている。勿論逆に、閉じこもれるようにカバー自体をロックすることも出来るが……その機能を尾形特任大佐殿が知っているかどうかは、不明だ。
そして、少なくとも、今この瞬間――カバーはロックされていなかった。
呆気なく開いた先にあるレバーを、苛立ち紛れに思い切り引っ張る。
その直後、だ。
「ハハハ、ハ?……」
“羅漢”はあっけなくその中身を守ることを放棄し、開いた。そして、引き攣った顔をした小男が顔を覗かせる。
一鉄はその襟元を掴むと、片手で、荒々しく苛立たし気に、引きずり出し、そこらの地面へと投げ捨てた。
「ぐあッ!?……い、おま……ふざッ!」
尾形特任大佐殿が何を言いたいのか、一鉄にはわからないし、わかりたいとも思わなかったし、これ以上その甲高い声を聞いてやる気もなかった。
パン、と、拳銃が鳴り響く。
尾形、の顔の真横を正確に通り抜けた弾丸は地面へと当たり、その弾痕を真横に、へたり込んだ尾形が固まっている。
そこへと、一鉄は銃口を向け、言った。
「……ギャアギャアうるさいんだよ。黙るか死ぬか、選べ」
*
『貴様!私は、……陛下から特別に任命された……ここから出せ!軍法会議に掛けてやる!これは明確な反乱だぞ!反乱分子が!』
『……オイ!聞いてるのか!オイ!………一鉄くん?わかった、私が悪かった。君の言うとおりにしよう!ここから出してくれ!私は死にたくない!置き去りにしないでくれ!』
『…………オイ。………このクソ―――』
その後は聞くに堪えないし聞く価値のある言葉でもなかった。
とにかく、尾形を拘束することが出来た。何もないトレーラの中に閉じ込めて、……もうこのまま無視だ。尾形が自力で脱出することはありえないだろうし、帝国軍がここに来てもあれを自由にしようと思うやつはいないだろう。
とにかく、これで、漸く完全に、身内の癌は無視できる状況になった。
だが、………相変らず
一鉄は、自身の“夜汰鴉”を見た。使い慣れて、もう自分の体の一部のような、そんな鎧……今はその胸部にデカい風穴が開いている。どう考えても、もう使い物にはならないだろう。
「………クソ、」
状況は最悪だ。
増援は、呼べない。尾形の話が本当かどうかはわからないが、……現状、帝国と連絡が取れないことは確かだ。
それに、使い慣れた鎧も破壊されてしまった。
今回に見切りをつけて、また次を目指すか?……いや、それは、出来ることを全てやった後でも遅くはないはずだ。もし次を想定するとしても、いちいち見切りをつけてしまえば、また不測の事態に出会うだけだろう。今、目の前が全てだ。
……無理やりポジティブに考えれば、周囲にFPAが一機もない、と言う状況でないだけマシなのかもしれない。
壊れた“夜汰鴉”を見て、それから、未だピカピカではある“羅漢”を見て、一鉄は、ため息を吐いた。
「……アレのおさがりか……」
少なくとももう、その“羅漢”が新型、新品とは、一鉄には思えなかった。
*
単純な作業に多く時間が掛かってしまった。
まず、壊れた――と言うか、壊したカメラの交換。基本的な構造は“夜汰鴉”とそう違いはないらしい。簡易整備所のついたトレーラもある。カメラ自体は、元々使っていた“夜汰鴉”から外して持ってくる。元の目の方が性能が良かったのかもしれないが、無いよりは良い。
それが済んだら設定の変更だ。軽く動いて具合を確かめて、大雑把に変更。細かい部分は自力で調節するほかないだろう。
その後に、武装の変更。積載量が“夜汰鴉”より大きく、ピーキーだが身軽に動ける、と言うのが“羅漢”の謳い文句だったが……どうも特任大佐殿はその積載をかなり装甲に振っていたらしい。
邪魔な装甲は全部取った。いくら硬かろうが群がられたら終わりだろう。その代わりに、予備弾倉を多く積む。一匹でも多く、殺せるようにする。武器は20ミリのままで良い。それから、……野太刀もつけるか。
使う気があるわけではない。が、流石に主観時間で数か月、あの“夜汰鴉”を使っていた。目と、野太刀。形見分けのようなモノだ。
結果的に、所々装甲無しで、細身で、腰に太刀を佩いてそこら中に予備弾倉をくっつけている、かなりいびつな見た目になってしまった。この際、見た目はどうだって良い。
尾形に一ミリでも理性が残っていればやらなくて済んだ、無駄な作業を終えて、ピカピカの使い古しを纏い、それから………。
一鉄は再度、帝国との通信を図った。
指揮車両は機能している。データリンクがある。仲介すれば、FPAからでも本国と連絡が取れる。特任大佐、の乗機だ。何か特別な権限が、とも思ったのだが……やはり、本国に連絡は取れない。
だが、その代わり――この戦域の広域通信は、出来るようになっているらしい。
指揮車両を復旧して、データリンクが使えるようになって、……その結果、だ。
一鉄は、通信回線へと、呼びかけた。
*
久世統真は悪夢だと思った。最悪だ、と。
部下からデータリンクが復旧したと聞いて、指揮車両周辺の状況を、“夜汰鴉”を纏って見ていたのだ。
確かに、データリンクは復旧していた。ただし、そこに移っている反応には、“月宮一鉄”の識別信号が存在しない。尾形は残っているというのに。
統真はそこで、夕日の中アンニョイな感じになっているオニの女の子を見て一つ舌打ちし、と思えば、今度はその“尾形特任大佐殿”から、通信が来たのだ。
これ以上最悪なことはないだろう。助けに来い、とか言われるのか、あるいは無茶な事言い出すのか……と、よほど無視しようかとも思ったが、結局、統真は回線を開いた。
そして、直後に聞こえてきた声に、統真は、どうやら最悪ではないらしい、と言うことが分かった。
「……一鉄?お前、月宮一鉄か?」
『はい。……自分の“夜汰鴉”はトラブルで使えなくなったので、尾形の鎧を使うことにしました』
その気真面目そうな返答に、統真は笑った。
生真面目そうなわりに、一鉄が尾形を呼び捨てにしている事に。
それから、地獄耳なのか、アンニョイになっている少女が瞬時に統真の方へ視線を向けて来たからだ。
「フ……。まあ、何だ。とりあえず、指揮車両を復旧したのはお前だな?トラブルってのは?」
『解決済みです。特任大佐には今、安全なところに強制的に閉じこもって貰っています。何も問題ありません』
「よくやった。……で?増援は?」
『………こちらからは、本国と通信が出来ません。尾形のいう事には、政治的な思惑とか、サボタージュか何かの可能性が高いとか。殿下のクーデターを陛下が警戒しているとか、懲罰部隊とか、尾形は言っていました』
それを聞いた途端、統真は言う。
「……それ、聞かなかったことにしとけ。増援に関しては、こっちでも試してみる」
『ハ?しかし………』
「これは命令だ、月宮一鉄。知るべきじゃない話ってのは世の中にある。知ってもめんどくさいだけだぞ?」
統真は、大尉だ。つい先日昇格した。新しい部隊を設立する為に、新しい管理職が必要になった、と言う話だ。そして、その時に白羽の矢が立ったのが、殿下と顔見知りである久世統真。
結果として、その部隊の戦績、生存率は尾形特任大佐殿のせいでさんざんになってしまっている。いや、看過した統真自身の責任、だろうか。
とにかく、だ。
統真は………一鉄が半信半疑に言っていた内容を、ある程度理解できる立場にいた。
『……了解しました』
やがて、一鉄はそう、明らかに納得していない調子で呟いていた。
兵士には知る必要のない事、と言うモノがある。知ったら碌な目に遭わない話は世の中には案外多い。
そして、統真個人として、若者にはもっと別に気にするべきことがある、とも思った。
統真の視界の端に、オニの、白い羽織の、女の子が見えていた。そっぽを向いている。そっぽを向きながらこっちに近づいてきている。完全に聞き耳を立てている。それを横目に……統真は大声を上げた。
「一鉄!?オイ一鉄!?どうした!?無事なのか!?」
『ハ?……はい……無傷ですが』
いきなりどうした、と言わんばかりな戸惑った一鉄の声が聞こえ、それと同時に、白い羽織のオニ――確か鈴音ちゃんが、目を見開いて統真の方を凝視した。
……なんとも、わかりやすい。
そうやってからかい、ちょっと笑った後、統真は鈴音に聞こえるように言った。
「なんだよ、一鉄?無傷?無事?脅かすなよな………」
『「…………はぁ、」』
何一つ理解できていないだろう一鉄の呟きと、鈴音のため息が同時に聞こえてきた。
そして、鈴音は、拗ねたような怒ったような、そんな視線を統真に向け、背を向けて離れていく。
それを見送りながら、統真は言った。
「あらら。え~っと、鈴音ちゃんだっけ?拗ねて逃げちゃったよ」
『………大尉。一体何を、』
「お前も無事で、お前の女もまだ無事だって話」
今、最低限、告げるべきはそれだろう。そして、統真は言う。
「一回切るぞ。俺の方でも増援呼べないか試してみる」
『……ハッ。大尉。ありがとうございます』
そんな言葉を最後に、一鉄との通信は終わった。
それから、統真はすぐ様、本国との通信を試みる。もっとも、試みるまでもない。
「……俺からだと普通に繋がるんだよな……多分」
一鉄は増援を呼べないと言った。だが、統真のFPAからは、確かに通信相手は限定されているようだが、指揮車を介して本国へ、増援を頼む伝が残っている。
もしかしたら、指揮車両の、もっと言えばそのソフト――システムの方に手が加えられているのかもしれない。
例えば、殿下と旧知で、殿下に助けを求める可能性が高い人間だけが、連絡を取れるように仕組まれている、とか。
「……俺が生き残る可能性が高い、まで、考えてんのか……?クソ。結局足引っ張るのか……」
暫く頭を抱え……だが、他に、生き延びる手は、ありそうにない。
「ふぅ……」
統真は、大きく息を吐いて、頭を切り替えた。
知らなくても良いことを知る羽目になってしまった兵士は、都度うまく切り替えてうまく振舞えなければ、上に消されるか下に背中を撃たれるか……。
そう言う意味で……統真は確実に、器用ではあった。
連絡が取れる人間の内、個人的に一番信用できる相手を選び……統真は、砕けた調子で言う。
「もしも~し。殿下の護衛の夕子ちゃん?久しぶり、統真くんだよ~。……寂しかった?」
『死ね』
通信の向こうの辛らつな挨拶に、統真はやはりふざけたような調子で笑って……。
「……マジで死にかねねぇんだわ。殿下に話してくれない?……これもお兄ちゃんの筋書きっぽいけど、」
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