3 残存物資奪還作戦/理性的に度胸勝負
車の運転は出来ない。あんまりそう言うの得意じゃない。
だが、だからと言って役割がないわけでもない。
セミの声が響き続ける、木陰。オニの本陣………今や竜の巣窟となっている小高い丘、何台かのトレーラと真っ赤な大地とトカゲの群れを遠目に眺めながら、鈴音はそんなことを思った。
一鉄の考えた策は、突飛だった。だが、実現不可能でもなかった。
博打のような要素はある。けれど、不可能だと思えば、話を聞いた扇奈が頷くことはなかっただろう。
無茶だが無謀ではないのだ。そして、その中で一番無茶な役を引き受けるのは、当然のように、どうにかすることを命じられた鈴音と一鉄だ。更に言えば、より無茶苦茶なのは一鉄の方。
「……あれです。右から2番目の、こっちを向いてるトレーラ。アレが目標です」
隣で、一鉄がそう言っていた。手には、散弾銃を持っている。オニの、散弾銃を。
“夜汰鴉”を纏っていないのだ。一鉄と鈴音が生身のまま竜200匹のただ中に突っ込む。それが、この作戦に必要不可欠な、博打だ。
「……動くの?」
「はい。前回、自分はあのトレーラを整備しました。状態は知ってます。あのトレーラは確実に動きます。キーも刺さったままでした。もちろん、竜が何もしていなければ、ですが」
「何かしてたら?」
「その場合は、鈴音さんが一人で逃げてください」
一鉄は迷いなく言い切っていた。本気で言っているのだろう。その場合は一鉄を見捨てろ、生身で竜の最中に置いていけ、と。
鈴音は、一鉄の横顔を眺める。
緊張はしているようだ。だが、ビビっている様子はない。
生身では、ヒトは弱い。オニとは違う。だから
……初めて見た時、竜を相手に腰を抜かしていた奴と同一人物とは思えない。
時間を遡った。……そう聞けば、確かに辻褄が合う話だ。本当にそうなのかもしれない。そう思い始めたから、鈴音もこの博打に頷いたのだろう。
やがて、鈴音は呟いた。
「……信用する。これがうまく行ったら」
「はい。お願いします」
堅物そうにそう言った一鉄をチラリとみて、鈴音は小さく息を吐き……それから問いかけた。
「覚悟は?」
「出来てます。……素手よりはずいぶんマシですので」
そんな風に言って、一鉄は自身の手にある散弾銃を見て、ふと笑みを零していた。
何が面白いのか、鈴音にはわからなかったが………やはり、かなり豪胆なようだ。
「よろしい、」
そう頷いて、鈴音は、一鉄を、抱き上げた。
*
命がけの割に格好悪い状況が、そこにはあった。
俗にいう、お姫様抱っこである。抱き上げられているのが一鉄で、抱き上げている方が鈴音、と明らかに男女逆転してはいるが。
オニはヒトよりも頑丈だ。性別や体格の差よりも、その生物としての差の方が大きい。
その結果、その、一鉄からすればなんとも情けない恰好が――この状況の最善手だった。
弾薬が心もとない鎧を纏うよりも、鈴音に身をゆだねることを選択した、と、やはりどうあがいても情けないが……それだけの価値は、あるはずだ。
一鉄を抱えたまま……軽い足取りで、素早く、鈴音は掛けていく。一鉄が生身で走るより明らかに速く。そうして向かっていく先は、血みどろのオニの本陣。竜の巣窟。
何をするでもなく
セミの声が直に耳朶を打つ。
温い風が直に頬を叩く。
手には、硬質な銃器の感触が直にある。
生身で、竜の中へと連れていかれるのだ。恐れていないと言えばウソになる。
だが、生身で竜と戦った経験は、ある。だから、怯えていても竦みはせずに、一鉄は目的を見据えていた。
車だ。トレーラを手に入れる。野獣の檻の中へ突っ込んで。
それがこの作戦の最初にして最大の、大博打。
「………ッ、」
すぐ傍、耳元で、鈴音が僅かに声を上げ、身を硬くしていた。抱えられていたからこそ一鉄にはそれが分かった。
鈴音も、まったく怖くない訳ではないのだろう。それを押しのける程勇敢なのだ。
ならば、一鉄も弱音は吐かない。
軽々と一鉄を抱える鈴音の早足で、みるみる、戦場が、地獄が近づいてくる――。
竜のほとんどは、円形に置かれたトレーラ。その中にいる。前回と同じだ。わざわざそこに突っ込んでいくことはない。目標はあくまで、その外縁のトレーラ。
トレーラへと辿り着くまで、遮蔽物のない小高い丘には、竜が3匹。
………そのうちの一匹が、その、単眼が、ふと、一鉄と鈴音を捉えた。
「撃ちます!」
宣言するとともに、一鉄は手に持つ散弾銃をその竜へと向け、トリガーを引いた。
運ばれて揺れる中構えたショットガン、そこから放たれるスラッグ弾は、けれど外れることなくこちらを見た竜、その単眼へと吸い込まれ、……真っ赤な果実がはじけ飛ぶ。
「………ッ、」
持て余し、反動で上がった銃、ガチャンと空薬莢を排出し、一鉄は周囲に視線を向ける。
竜が動き始めていた。銃声に気付いたのか、あるいは味方が殺されたことに気付いたのか。一匹殺せばそれで竜は臨戦態勢に移る。
だが、一瞬。一瞬だけ、おそらく状況認識の為だろう。反撃に移るまで間がある。
その間の内に、鈴音は更に速く――それまでの少しでも音を出さないようにする足運びではなく、全力で駆け、目標のトレーラへと少しでも近づいて行く。
あと、20メートル程だろうか。そこまで近づいたところで、トレーラの外にいた竜2匹が、臨戦態勢に移った。
単眼で一鉄を、鈴音を捉え、牙を剥き出しよだれをたらし、二人の元へと猛然と這い寄ってくる――。
一鉄はそれらの内、近い方へと照準を合わせようとした。だが、そこで、鈴音のささやきが聞こえてくる。
「……投げるよ、」
距離は後15メートル程――抱えたままそこまで辿り着くのは厳しいと鈴音はふんだのか。
「どうぞ!」
すぐさまそう答えた直後、一鉄の身体は宙を浮いた。
鈴音の細腕からは考えられないような腕力だ。駆けながら一鉄の服を掴み、一歩強く踏み込み、軽々と、だが思い切り、片腕で一鉄を投げたのだ。
一鉄は悲鳴を上げそうになった。それくらいの勢いだったのだ。だが、こんなことでいちいちパニックになっていたら間違いなくこの後死ぬ。
放物線を描き、宙を投げ飛ばされて行く一鉄を、2匹の竜が見上げている――。
と、思えば、そのうちの一匹の首が跳ね飛ばされる。
血しぶきの最中、血みどろの太刀を持っているのは、鈴音だ。
全力で投げてその直後にはもう抜刀して一匹殺したのだ。やはり、オニの身体能力は尋常じゃない。
(……喧嘩したら勝てないな、)
そんなくだらないことが脳裏をよぎったのは、恐怖を忘れようとしているからか、あるいはそんなことを考えられる程鈴音が頼もしいからか。
そんなことを考えている間に、地面は、トレーラは近づいてくる。
「………グッ、」
受け身を取り、同時に一回転し、衝撃にうめき声を上げながらも散弾銃は手放さず、一鉄は即座に動けるようになる。
トレーラまでは、後3メートル程。背後の竜は鈴音がやるはずだ。
正面の竜は、トレーラの影で見えないが………だからと怯えて足を止めているわけには行かない。
すぐさま、一鉄は駆け出す。すぐ目の前にトレーラのドア、運転席は一つ向こう側。悠長に回っている余裕はない。
後1メートル。一鉄はドアへと手を伸ばし―――。
がり、と金属を削る音がすぐ真横から聞こえた。
視線を向ける先に――単眼があった。様子を見に来た、とでもいうようにトレーラの影から低く、顔を覗かせる竜。それが、手を伸ばせば届く場所にいる。
牙が見える。爪が見える。よだれが、赤黒い地面へと垂らされている。
一瞬後には、一鉄は殺されるだろう。それは、わかっていた。けれど、その竜を、一鉄は無視した。
トレーラのドアを開き、その中へと体を滑り込ませる。その視界の端に、刃が見えた。
すぐそばにいた竜、その単眼に短刀が突き刺さる。返り血が開いたドアとフロントガラスを染めている。
一鉄は生身だ。だが、一人ではない。手にしている武器以上に頼りになる味方がいる。
トレーラの中へと滑り込み、半ば転がるようなあわただしさで運転席へと移りながら、その途中でキーを回す。振動とくぐもったような爆音が鳴り響く――エンジンは、無事掛かった。動かせる。
そう確信し、「鈴音さん!」と大声を上げ、一鉄はハンドルを握る。
そして、真横を見た。運転席側の窓から見える、トレーラの円の内側。何匹も何匹も竜がいる、その光景。景色全部が赤黒く、蠢き――すべての異形の目が一鉄を捉えている。
すぐ、真横にも。その目はあった。もう、攻撃態勢、その尾が振り回されている――。
「…………ッ、」
悲鳴になり切らない声を上げながら、訓練で覚えた操作技術でトレーラをバックさせつつ、一鉄は身をかがめる。
ガラスが割れる音、フレームが砕ける音が、すぐ頭上から響いてくる。
突き出された尾が窓を貫通し、あるいはフレームを引き裂き、バックで置き去りにされた拍子にフロントガラスをも砕いていた。
食らえば死ぬのは火を見るよりも明らかだ。同じ竜が目の前にも、真横にも……何匹も何匹もいる。
逃げ出したい。今なら逃げられる。そうは思った。けれど、一人で逃げるわけには行かない。
「鈴音さんッ!」
ほとんど悲鳴に近いような声で、一鉄は叫んだ。直後、ドン、と、何かがトレーラの天井に着地したような音が響き、同時に、鈴音の声も頭上から聞こえてくる。
「居るよ!」
聞こえた瞬間にバックから切り替え、アクセルを踏み込む――。
泥に滑るように一瞬、タイヤが回り――直後には、トレーラは無事進みだした。
ガコン、と、さっき鈴音が短刀を投げて殺した奴だろう、その死体を踏み、トレーラが多く揺れ、横倒れになり掛け、けれどそれをどうにかハンドリングでごまかし、走り続け………、トレーラはやっと、安全に進みだす。
安全、と言っても背後からは竜が200匹追いかけているのだろうが、ある程度の速度さえあれば、竜は追いつけないはずだ。
淀みなく運転を続けながら、背後の様子を確認しようとサイドミラーに視線を向けるが……さっき、竜に攻撃された時だろう。それは砕けていて、背後の様子は確認できない。
と、そうしている間に、助手席側の扉が開き、そこから、鈴音が助手席に身を滑り込ませてくる。抜き身の太刀を持ち、相変わらず竜の返り血に染められながら、鈴音は、助手席に収まった。
どうやら、置いて行ったり振り落としてしまったり、と言うことはなかったようだ。
「「ふぅ………」」
安堵の息が被って、だがそれにも慣れ始め、特に何を言うでもなく、一鉄は行く先――昔は街道だったのだろう、前回物資を運搬するのにも使った道の先を見て、鈴音は窓から身を乗り出し、トレーラの背後の様子を確認していた。
「ついてきてますか?」
一鉄の問いに、また助手席に座り直した鈴音は、嫌そうに呟いた。
「……見なきゃ良かった」
「なるほど」
さぞすさまじい光景なのだろう。200匹に追われればそんな感想にもなるはずだ。
だが、無事追われているのなら作戦通りだ。
一番の無茶は、潜り抜けた。後はもう、ただ運転していれば良い。
助手席に座っているだけで、手持ち無沙汰になったのだろう。鈴音は一鉄の持っていた散弾銃を手に取り、窓から身を乗り出し、背後の竜へと射撃している。
「……百発百中」
「流石です」
「……どこ撃っても当たるよ?」
「聞かなきゃ良かったです……」
そんな、軽口なのか何なのか、そんな言葉を交わし、……エンジン音に慣れてしまえば背後では木々が薙ぎ倒されているような、そんな音も聞こえてきて……。
そこで、一鉄の視界の先に、目印が現れた。
事前に用意しておいた、鈴音に切り倒してもらった道なりの木。
その横を通過したタイミングが、合図だ。
一鉄は大きく、クラクションを鳴らした。これで、仲間に、オニたちに聞こえるはずだ。
*
クラクションの音が向こうから聞こえてきて、扇奈は安堵すると同時に警戒を強めた。
そして、声を上げる。
「来るよッ!弾は惜しむな!一匹も見逃すんじゃないよ!」
その扇奈の声に、射撃部隊は一様に声を上げる。
追加の増援が来た訳ではない。この戦場、オニの陣地に最初からいた、オニ達。
射撃姿勢を取っているのは怪我人ばかりだ。包帯が目に付き、痛そうに顔を顰める者の姿が目に付き………けれど、人数だけは十分だ。
生存者の内、かろうじて動ける者を動員した射撃部隊。その数は70程。それが隙の無い布陣を敷き、待ち受けている。
作戦としては単純だ。待ち伏せである。
火力が集中できる地点へと竜を誘導する。
勿論、言うほどたやすい作戦ではない。そもそもその誘導役が命懸けだ。トレーラを一台奪って、竜を誘導してくるために、そのただなかに突っ込む必要がある。
待ち伏せの場所として指定した場所も、オニの陣地のすぐ近くだ。怪我人である以上、機動力や長距離の移動は望めない。つまりこの火線を逃れて背後に行く竜が一匹でも現れれば、動けない重傷者達が抵抗できないまま殺される羽目になる。
それでも、扇奈はその作戦にゴーサインを出した。それだけの価値がある作戦だと思ったのだ。扇奈には思いつかない類の、作戦だ。
トレーラが動くことを知っている、と言うのもそうだが、それ以上に怪我人の動員だ。
兵士を動かすのではなく、兵士のいる場所へと竜を動かすことで、兵士の数を増やす。怪我人の一番のネックである移動の負担を、竜の側へと肩代わりさせる。
扇奈は情が深い。遊撃部隊で、身軽さが信条なタイプの指揮官で、なまじ本人が化け物染みた強さな分、扇奈自身も知らずに他人の戦闘能力を過小評価する傾向がある。守ってやろうとしてしまうのだ。だから、怪我人を使う、と言う発想がなかった。それが、部下から出たのだ。
(……任せてみるもんだね、)
肩の荷が少し軽くなったような気分だ。扇奈は指揮官でありながら、ついさっきまで全て自分でやろうとしていた。それを、試しに任せてみた結果、理解した。
扇奈は視線を向ける――その先に、ボロボロのトレーラが現れた。運転席と助手席に座っている二人は、どこかマイペースそうになにがしか話している。
………後ろにえげつない光景を引き攣れながら。
迫る竜の圧力に部下が、けが人が萎える――その隙を与えないように、扇奈はすぐさま叫んだ。
「撃てッ!」
数多の火線が、怪我人が呻きつつもトリガーを引く、怪我人同士が手を貸し合って形成する弾丸の雨が、トレーラの横を突き抜け、その背後の竜の群れへと襲い掛かった。
*
勢いに乗ったままハンドルを切り同時にブレーキを踏み、軽くドリフトのように横滑りしながら、トレーラはオニの陣地へと止まった。
すぐさま、一鉄は戦場に視線を向ける。
不安があったのだ。怪我人を動員する作戦だ。それも、陣地のすぐ近くまで多数の竜をおびき寄せる、と言う一歩間違えれば全滅しかねない作戦でもある。
出目次第では、大罪人だろう。申し訳ないという思いも僅かにあったのかもしれない。
だが、……そう考えずに済むような戦果が、視線の先にあった。
殺到する竜を、集中した火線が薙ぎ倒している。
配置が良いのだろう。被らず隙も無い防衛陣形を扇奈は構築していた。トレーラが通り抜けた後には、すぐに動ける兵士がその穴を塞いでいる。
一鉄がそこに加わるまでもなく、もう、決着は付きそうだった。嵌めてしまえば、恐怖も感情もなくただ突っ込んでくるだけ、と言うのは鴨だ。
一つ、息を吐き、一鉄はトレーラを降りた。
と、一足早く降りていたのか、そんな一鉄の前に、鈴音が回り込んできていた。
そして、「ん、」とか言いながら片手を上げてくる。
ハイタッチ、だろうか。……やはり、こういう時、鈴音はどこか子供っぽいらしい。
ハイタッチを返したいのは、一鉄も山々だったが………。
「まだです。……知性体が奇襲してくるかもしれません」
「……そっか、」
どことなく不満げに、鈴音はそう答え、それでも周囲に視線を向け始めてくれる。
一鉄もまた、散弾銃を手に、周囲を警戒し始めた………。
*
竜を殲滅し終える。その後も、警戒は怠らない。生き残ってる竜が居ないか、周囲に残党が居ないか注意しながら、陣形を変え、オニの陣地を庇うように暫く警戒し、それが終われば、哨戒、持ち回りでの周辺警戒。
そこに関しても、半ば固定砲台とはいえ怪我人が計算できるようになったから、この作戦が始まる前よりもずいぶん余裕が出来ている。
終わってみれば、完勝だ。うまく作戦が嵌ったのだ。
ある程度警戒を緩め……陣地の中心にまた腰を下ろし、扇奈はこの作戦の発案者にして功労者二人の姿を探した。
探すまでもなく、二人は目に付いた。オニの陣地の片隅で、なにがしか話している帝国の兵士とオニの少女。
一鉄が、ハイタッチでもするように片手を上げ……鈴音がそれを何故か少し不満げに見上げ、ハイタッチを返す。
かなり強めに叩いたのだろう。一鉄は痛そうに手を振って、それを前に鈴音がからからと笑っている。
「良い拾いモンしたね、まったく……」
そんな風に呟いて、扇奈はふと、笑みを零した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます