2 崩壊の狭間/冷血で熱血の武人

 家名によって特別な装飾を施された、鎧。家名によって使いもしない太刀を帯びている、鎧。紅いラインの入った“夜汰鴉”。

 ―――その真横にいた竜がこちらを向いた瞬間に、その頭がトマトのようにはじけ飛ぶ。


「………グ、」


 携帯しやすそうな散弾銃でも、それはオニの武器だ。生身で耐えきれそうな反動ではなく、一鉄は大きく、よろめくように銃口をかち上げ、――一瞬遅れて薬莢を排出する。

 そして、隣を奔る奏波へと、散弾銃を差し出した。


 奏波は何も言わず銃を受け取り、頷き、周辺の竜――近づいてくるトカゲへと火砲を放ち始めた。

 それを背に、一鉄は“夜汰鴉”へと駆け寄った。


 竜に壊されている、と言うことはないらしい。ただ、待機状態ではないから機動まで少し時間が掛かる。だとしても、その兵器を使わない、と言う選択肢は一鉄にはなかった。


 鎧を纏い、起動する。眼前にあるディスプレイに起動画面が走る――そのわずかな明かりのみ暗がりが、数秒間、一鉄の世界の全てだった。


 振動や悲鳴が、聞こえてくる――。戦闘は今も続いている。隣で奏波がこの隙をカバーしてくれているだろう。だが、竜の数は夥しい。こうしている間に、目の前に竜がいて、襲い掛かってくるかもしれない――。


 臆病者は、その暗闇の中で恐怖に駆られていた。

 だが、逃げ出そうとは思わない。


 竜を殺したことがある。生身で抗ったことがある。もはや初陣ではない。歴戦の兵士ではなくとも、新兵ではない。


 大きく深呼吸し――直後、“夜汰鴉”が起動した。


 目の前に月夜が映り込む―――と同時に、牙が見えた。開いた、洞穴のような大口が、一鉄の目の前に――。


「ダアアアアアアアアッ!」


 無我夢中、とにかく声を出す。吠え、吠えると同時に、一鉄はこぶしを振り上げた。

 自分から竜に近づくことを恐れない。生身よりずいぶんマシだ。


 一鉄の拳――鋼鉄の鎧に包まれたそれが、アッパー気味に目の前の竜の顎を捉え、かち上げる。

 だが、それで竜が殺せるわけがない。即座に単眼が一鉄を捉え、それでもやはり一鉄は怯えず、今度はフックのように、また、その竜を殴りつけた。


 思い切り側頭部を殴られた竜が、もんどり打つように倒れ込む。それでも、トカゲはまだ死なない。まだ死なないだろうから――


「トカゲがッ!」


 倒れた竜の頭へと、そのただ一つの眼球の辺りへと、一鉄は思い切り、足を踏み出し、踏みつけた。


 駆動式の鎧だ。重く、力強い踏みつけと、真下にある地面。その両方に挟まれた竜の頭部が、弾ける。


 真っ赤な液体を塗りたくったような足の下で、数度痙攣して、その竜が動きを止める。

 それを確認しながら、一鉄は腰にストックされていた機関砲、20ミリを手に取った。


 そして、周囲に視線を向ける――。すぐそばで、奏波が両手に持った散弾銃を放っていた。交互に撃って、回して、その薬莢を排出している。この人、否オニも、たいがい化け物染みているらしい。


 それを横に、一鉄は銃を構え………視界の隅のレーダーを捉える。真っ赤だが、分布は偏っている。

 一鉄へと竜が襲ってくるが、そのほとんどは、奏波が対処していた。


 一鉄の側へとやってくる竜はそこまで多くない。

 竜が集中しているのは――オニの円陣、扇奈を中心に据えたそこの周りだ。


 帝国の側は、完全に乱戦模様。完全に孤立して包囲されているが、だからこそ、竜の分布密度はオニの側よりマシだ。


 果敢に突っ込んでいって片っ端から撃ち抜いて殺す――のは、一鉄には無理だろう。


 だが、数人なら、助けることは出来るかもしれない。

 一鉄は即座に決め、言った。


「……下がって狙撃します。カバーをお願いします!」

「……了解した」


 ガチャンと、回した散弾の薬莢を排出しながら、奏波は頷く。

 それを横目に、一鉄はレーダーに注意しながら、ほんのわずかに、その戦場から距離を取った。


 それによって、一鉄へと襲いかかってくる竜はその数を更に減らす。

 完全に安全ではない。だが、ある程度の余裕は確保した。

 その上で、一鉄は蹲る。片膝を立て、その膝の上に左腕を差し出して、ストック代わりのそれらの上に、機関砲を置く。


 簡易的な狙撃姿勢だ。

 そして、火力支援を始める。


 制圧射撃、は無理だ。一人で弾幕はこの装備では無理があるし、そこまで弾に余裕があるわけでもない。

 だから、無駄弾0で、味方を援護する。


 オニは、後回しだ。陣形が出来ているから、ある程度は耐えるだろう。竜の数が多いから、一匹二匹一鉄が撃ち殺したところで大差はない。


 けれど、帝国の、分断されている方なら。それも、外縁に近い方なら。絡んでいる竜の数が少ないなら、その内数匹一鉄が殺してやれば――。


 一鉄はトリガーを引く。自身へと迫る竜は奏波に任せ、一人、どこか静かに集中していきながら――。


 *


 それは始めほんの些細な変化だった。この乱戦を抜け出して支援に入った奴がいるらしい――レーダーで、統真もそれはわかっていた。だが宛には出来ない。一人狙撃に入ったからと言って、それでどうにかできる程知的な戦闘ではないのだ。


 だが、――その狙撃手は、統真の想像以上に知的だった。

 レーダーの中で、赤い点が消えて行く。一定の間隔で、一定のテンポを守り、一匹ずつ確実に。そうやって、竜が死んでいくのは――帝国の外縁辺り。


 10匹程度の竜に絡まれている、この戦場の外れ辺りの、FPAの周囲、だ。

 そのFPA自体の抵抗もあったのだろう。その周囲で、みるみる竜が減っていき――やがて、そのFPAの周囲で、竜が全て倒れる。

 戦場には、未だ、多数の竜がいる。数の上では、ほとんど意味のない戦果だ。


 ……だが、戦術的には、有効だった。


 その狙撃で周囲の竜を掃討され、直接的な自身への脅威が減ったFPA。それには、周囲を気に掛ける余裕が生まれる。


(浮き駒を増やすのか………)


 統真が気付いたのと、その、救われたFPAが気付いたのは同時だったのだろう。

 今狙撃している奴がそうしているように、その、自身の安全が最低限確保されたFPA、乱戦の外に身を置くことが出来るようになったそいつも、周囲の味方へと射撃支援を始める――。


 目的無くただ自分が生き延びる為にトリガーを引くのではない。味方を助け、そこと合流するために、その障害になる敵を効率的に排除する。そこに戦術が生まれる。理性を持って力を合わせ、数に対抗する――。


 狙撃手は、一人を助けた後も、均一のテンポで効率的に、邪魔な竜を精密に殺している。


 レーダーで、――自身も未だ竜に抗い続けながら――視界の端で眺めていた統真は、やがてそれが異常なことに気付いた。


 ただ、外さない、と言うだけではない。真上から撃っているかのように、その狙撃が、弾道の最中の敵も味方も無視している。レーダーだけで見ていると、そう映るのだ。


 おそらくだが、恐ろしい精度で間隙を縫っているのだろう。乱戦を演じて動き回る竜、FPA、その塗り替わるわずかな隙間を縫って、正確な弾丸が、戦術的に邪魔な位置にいる竜を、正確に撃ち殺している。


 統真は口笛でも吹きたい気分になった。この地獄の最中で、だ。それだけの希望が見えたのだ。


 依然、竜は数多い。だが、的確な支援によって、針の穴を通すような狙撃によって、行動の選択肢を得る味方が増えていく。

 その味方が、更に、窮地にある味方を支援し始める――。


 と、それまで一定のテンポで減っていた竜が、急に、減らなくなった。

 狙撃していた奴が死んだのか――あるいは、別の理由で狙撃を中断せざるを得なくなった?


 レーダーを見る。もっとも離れた位置にいるFPAは――あの新兵、一鉄のモノだ。


 あの新兵がやったのであれば、勲章モノだろう。同時に、あの新兵が狙撃の手を止めたなら、その理由はわかる。


「………おごってやらねえとな!」


 そんな声を上げながら、統真は自身の近くに落ちていた20ミリ――弾が残ったまま持ち主が倒れたそれを拾い上げ、それを、一鉄の方へと、思い切り投げた。


 *


「……フゥ、」


 息を吐いて、スコープから目を離す。狙撃はやめだ。やめざるを得ない。

 もう、この20ミリに弾は残っていないのだ。予備弾倉もない。


 いや、視界にはある。乱戦の最中に、20ミリは幾つか落ちている。それを拾えば補給になるが、その為には自分が乱戦に突っ込む必要がある。


「……俺が行くか?」


 奏波がそう問いを投げてくる。奏波も、もう弾薬が心もとないのだろう。散弾銃は一つもう捨てていて、残る一つの薬莢を排出している。


 奏波に頼めば、拾ってきてくれるかもしれない。……命の代わりに、だ。

 答えに窮した一鉄――その前で、奏波は不意に呟いた。


「………いや。必要なさそうだ」

「は?」


 なんの話か、と声を上げた一鉄の横に――何かが、落ちて来た。

 20ミリ、だ。乱戦の中、誰かが一鉄の動きに気付いて、手荒に補給を寄越してくれたらしい。弾薬が入っているのなら、暴発する危険もあるはずだが……それで死ぬ可能性より竜に殺される可能性の方が高いか。


「………はい!」


 一鉄は即座にその、落ちて来た20ミリへと駆け寄って、――その最中襲って来た竜を奏波が殺し――再び銃を手にした狙撃手は、また、戦域を俯瞰し始めた。


 完全に瓦解していた帝国軍。レーダーで眺めるその陣営に、確かに、連携が戻り始めていた――。

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