2章 生きる糧を得る為に

1 ??/舞台の上のオニの部隊

 ミンミンだのジリジリだの、蝉の声が嗚呼、……やたらうるさい。


 太陽が頭上に輝く、林の切れ目。朽ちて崩れた大樹を中心に、元からあったその雑草の荒れ地を、雑に伐採し拡大したその、交戦区域の一角。


 そこにいるのは、オニ達だ。外縁を歩いているオニ達は、腰に太刀を佩いて、警戒するように周囲の林を睨み続ける。


 その外縁の内側に、銃器を手にしたオニが何人か。外縁のオニと軽口なのか談笑し、銃器の手入れをし……更にその内側には、地面に直接座り、あるいは寝転がり休んでいるオニ達。そしてその更に内側に、テント群があった。


 帝国軍から貸与された、帝国製の量産品。その中はほとんど、野戦病院のような有様になっている。医療品は足りず、どうにか応急処置を施すのが手一杯の場所だ。


 そして、そんなテントの中央。朽ちた大樹に腰かけて、派手な羽織――紅地に金刺繍を纏ったオニの女が、周囲を眺めながら思案していた。


 竜に襲撃を受けたのは3日前、だ。帝国軍との合流地点に先に到達し、鎧を着込んだお友達の到着を、彼女たちは待っていた。


 だが、その代わりに現れたのは、気色悪い一つ目のトカゲの群れ。ほとんど奇襲に近い急襲に、野営の準備を整えていたオニの軍勢は対応が遅れ、分断され――散り散りに逃げ去る羽目になった。


 と、思案する彼女の横に、また別のオニが現れる。身軽そうなオニ、だ。それが、彼女に耳打ちする。


「姐さん。黄麻の旦那を見つけました。……正確に言うと、らしき何か、っすけど」

「……食われてたのかい?」

「旦那も結構年でしたからね。潔く本陣の中にいやしたよ。ざっと3、40匹は連れてったみたいっすけど……」

「生き残りの先導はあたしがしなきゃなんない訳、か」


 彼女はそう、呟く。

 黄麻、と言うのは、このオニの軍勢の頭領、指揮官だった男だ。オニの軍隊に階級はない。頭領がいて、副官がいて、そして軍勢がいる。


 派手な羽織の彼女は、その副官だった。ヒトとの間にちょいと縁があって住処から直属の部下を連れて出向中……まあそんな身の上だ。


 身軽な遊撃部隊として、直属の部下を率いてまずこの合流地点に辿り着いた女。


 黄麻は、長寿なオニの中でも古い武人だ。帝国への警戒が残っていたのだろう。竜の襲撃を受けた時、オニの本隊は彼女達から少し距離を置いた後方に陣取っていた。


 そして、本陣もまた、竜の強襲を受けた。この合流地点より、そちらへ襲い掛かった竜の方が多かったらしい。本陣は壊滅。竜に占拠され、オニは散り散りに逃げ去り、彼女は今、そんな生き残りをかき集めている。集め始めて、3日。


「……どのくらい集まったんだい?」

「ざっと100人っすね。うち、戦闘要員、かつまだ戦えるのは70くらい」

「ここに来たうちの、4分の1……」

「残り4分の3は、まあ、言いたくないんすけど………死体は相当数確認してます。流石に全員回収するのは無理っすよ」

「ここらが潮時、ね………」


 何所か忌々しそうに、彼女は顔を顰める。

 軍隊として完全に瓦解した状況だ。何かも拾い上げようというのは、無理な話なのだろう。と、そこで、部下が問いを投げてくる。


「で、どうすんすか、姐さん。帝国待ちますか?それとも、逃げ帰ります?」


 当初の予定通りここで帝国軍を待つ。そもそものこの共同戦線の目的として、オニとヒトが公的に手を組んだ実績を作る、と言うモノがある。それがここにいる目的だ。協力して竜を殺した、と言う政治的にも軍事的にも使えるプロパガンダを作る。その為に、この一帯の竜を殲滅する。


 倒れた仲間の命を無駄にしないために、そこにこだわる選択肢はある。それに、この状況だ。戦い続けるにせよ逃げるにせよ、戦力は多い方が良い。帝国と合流できれば、少なくとも頭数は増えるだろう。……まだいるのであれば。


 もう彼女はここで3日待ったのだ。3日待って見つけた帝国軍は脱走兵一人。本隊はもう国に逃げ帰ったか、あるいは竜に食われて存在しないか、あるいはここと似たように分断されて身動き取れないか。どれであっても、正直、期待できる状況ではない。


 かといって、逃げ帰るためには足がいる。一応、この場所に来るまでに使った輸送車群、トレーラーはあるはずだ。ただし、ここではなく、オニの本陣、今や竜の巣になりつつあるそちらの方に。歩いて帰る、には怪我人が多すぎる。足を手に入れたいのなら竜の巣から奪い返さなくてはならない。


「どうするにせよ、か………。生き残りの、戦える奴の内訳は?」

「前衛が51。後衛が19。もっと言うと、そもそも火器の数が少ないっすね。そこら中でお供えもん拾ってくるって手もありやすけど……少なくとも、今すぐやるには火力不足っすよ、」


 オニの戦術として、前衛と後衛、攪乱役と火力役の広義の2列横陣を、この部隊は使っている。オニ、と一口に言っても個人差がある。前に出て刀を振って、竜と直接やり合える文字通り鬼のような化け物もいれば、異能が弱く前に出ることは出来ず、後ろで銃を手に支援役を担う者もいる。


 どちらも戦術上重要な存在だ。そして現在、その支援役が圧倒的に不足している。

 ……散り散りになって竜の勢力下でサバイバルする羽目になったのだ。ある意味、鼻から頑丈な前衛ばかり生き残るのは当然の話だが………。


「苦しいねぇ……」


 呟いて、彼女は周囲を眺める。この、オニの軍勢。その中心辺りにいるのは、非戦闘員と今戦えない者――怪我人達だ。自力で歩けている者もいるが、そうでない重傷者もいる。今、何よりも優先すべきは、その怪我人達への対処だ。負傷兵を抱えていては機動力にも士気にも関わる。物資も減る。かといって、生きている命を諦める気は彼女にはなかった。


「……帝国は、これ以上待ってもしょうがない。お供えもんとりに部隊散らすのは愚策だし……とにかく、足、とり返しに行こうか。本陣に竜は何匹いる?」

「さっき確認した時は、200ちょっとです」

「200……だったら、」


 彼女は腰の太刀、その柄に触れた。200くらいなら自分一人でもやれない事はない、そう、言いたげに。だが、その仕草を、部下が見咎める。


。馬鹿の真似は賛成できやせん」

「チッ。……爺が老け込むわけだよ、」


 そう、どこか忌々しそうに呟いて、それから彼女は、視線を一点に止めた。


 この陣地中央、テントの脇。そこに、鎧が鎮座している。脱走兵の、鎧。帝国軍のからくり甲冑。と、その鎧の脇のテントから、不意に人影が現れた………。


 *


「大和帝国軍少尉、月宮一鉄でありますッ!」


 陣地中央。朽ちて倒れた大木に、腰かけ頬杖を付く派手な羽織の和装の女。

 それを前に、一鉄は威勢よく声を上げ、敬礼した。


 何所か値踏みするように、そんな一鉄を見上げ……やがて、オニの女は軽い調子で名乗った。


「扇奈だ。まあ、ちょいとヒトとの縁があってねぇ。こういう舞台に引っ張りだこなのさ。今の、ここの頭領って奴だよ」

「はッ!司令官殿!まずは、保護していただき感謝いたします!この御恩に報いるため、粉骨砕身、働かせていただきたく存じます!」


 尚も威勢よく、折り目正しく、一鉄は背筋を伸ばし続ける。


「……元気だねぇ、」

「はッ!気落ちした時はまず声を出せと、そう父から教わっております!」


 一鉄は素直に、生真面目にそう答える。一鉄と同じく、いや、逃げた一鉄とは違い正真正銘の武人だった父の教え、だ。


 男児意地を張るべし。塞ぐ時ほど塞ぎ込む事なかれ。気落ちした時、怯えた時、とにかくまずは声を出せ。


 そんな一鉄を前に、オニの女――扇奈は笑った。


「悪くない教えだ……。けどさ、あたしは硬っ苦しいのは嫌いなんだ。鯱張んないでくれるかい?」

「はッ!了解いたしました!」

「…………まあ、良いさ。で、さっそくだけど一鉄?わかってる限りで良い。帝国軍の現状は?」

「……………自分は、何も………。何も知りませんッ!申し訳ありませんッ!」

「だろうねぇ……」


 本当に威勢だけは良い若者を前に、扇奈は呟き、また考え込み、やがて、横目でFPA――“夜汰鴉”を眺めると、問いを投げた。


「一鉄。真面目な坊やに質問だ。嘘吐くんじゃないよ」

「はッ!」

「………戦えんのかい?」


 鋭い視線と共に、扇奈はそう問いかけてくる。その視線を正面から見返し、一鉄は頷いた。


「はい。自分は……自分は戦います!鈴音さんに拾ってもらったこの命、恥じることなく使わせて頂きます!弟さんに形見を渡すまで、渡すために、自分は……粉骨砕身、努力させて頂きますッ!」


 内心がどうであれ、行動する気ではある。そう、威勢よく言った一鉄を前に、扇奈はまた笑い……。


「暑っ苦しいねぇ……。わかった。じゃあ、一鉄。ちょいと野暮用があるんだ。さっそく、働いてもらうよ」

「はッ!何なりと御命じください、指揮官殿ッ!」

「……じゃあ、まず命令だ。硬っ苦しいの止めな」

「はッ!」

「………はあ、」


 扇奈はため息を吐き、若者を前に苦笑した。

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