弐幕:再縁

1章 微睡みの先、知らざるを知る

1 片想いの再会/色惚けの臆病者

 白い羽織のオニの少女。

 ――鈴音にとって、それは酷く不可解な状況だった。


 本陣が竜の奇襲を受け、分断されたオニがばらばらに逃げ延びた。その内の一部隊を助ける為におとりになって更に深追いし、その竜の追撃を巻いて、その後、帝国の兵士が竜に襲われていた。それを、鈴音は助けた。そこまでは、別に鈴音にとって不可解ではない。

 問題は、その後だ。


「鈴音さん………」


 たった今助けた鎧――帝国のFPA、その中にいる兵士が、鈴音の名前を呼んだのだ。

 鈴音に、帝国軍の知り合いはいない。だと言うのに、この兵士は、鈴音の名前を知っているらしい。


 オニの情報が漏れていたのか。間諜……スパイか何かか?

 不可解、と眉を顰め、警戒するように視線を向けた先で……その帝国軍兵士は、どこか自嘲するような響きで、呟いていた。


「……申し訳、ありません。せっかく、鈴音さんに拾ってもらった命……帰ってあげてと、そう言われたのに、自分は、果たせませんでした」


 拾った命……?確かに、鈴音は助けた。だが、それはほんの数秒前、たった今の話だ。それに、帰ってあげてと、そう言った記憶は鈴音にはなかった。


 また、小首を傾げた鈴音を前に、――あるいは、その言葉を鈴音が知らないからか、どことなく残念がるように、その“夜汰鴉”は俯き、けれど、次の瞬間、何か覚悟を決めたかのような雰囲気で、その鎧はまっすぐ鈴音に視線を向けてくる。


「彼岸で、とはいえ、自分は……貴方にまた会えて良かった。そう、思います。鈴音さん。自分は…………貴方を、お慕い申し上げております。また会えたなら、言ってみようと。今更で、勝手な言い様ですが……」


 自嘲気味に言い続ける鎧を前に、鈴音はまた首を傾げた。

 彼岸……ここがあの世だとでも思っているのだろうか?死にかけておかしくなったのか?また会えても何も、顔を見ていないから確かではないとはいえ、これが初対面のはずだ。それに、どうやら鈴音はこの鎧にお慕い申し上げられているらしい。

 ……………。

 ………お慕い申し上げます?


「…………ッ!?」


 鈴音は驚きに身構え、身を引いた。その頬は心なし赤くなっている。

 今の鈴音に訪れた状況を、簡単に説明すると、こうだ。


 竜がいた。

 だから切った。


 そしたら………変な鎧に告白された。


 ……いや、聞き間違いかもしれない。そんなことを思いながら、どこか小動物が驚いたような雰囲気で固まり、頬を赤らめ鎧を観察する鈴音。それを前に、目の前の鎧はどこか微笑ましそうに呟いていた。


「……可憐な……」

「…………ッ!?」


 可憐って言われた。やはり、お慕い申し上げられているらしい。が、そんなことになる覚えは鈴音にはなく……そもそもここはまだ戦場である。竜から不意打ちならまだしも、一応分類上味方であるはずの帝国軍から背中を撃たれたような気分だ。いや、それより大分平和ではあるが…………。


 鈴音は竜を相手どるなら、勇敢な兵士だ。

 だが、人間――それも男相手では、当然話が変わってくる。


 突然の告白に驚き、その驚きが覚めた後………鈴音はちょっと怖くなった。知りもしない男から突然告白されたのだ。少女は身の危険も覚える。


 とにかく、混乱しながら鈴音は、じりじりと、首を傾げるその鎧から離れて行き……。

 それから、背を向けると、つかつかと歩み出した。


 ………なんだか無性に怖かったのである。


 *


 鈴音が、歩み去って行ってしまう………それを見送って、一鉄は自嘲した。


(夢ですら、連れないか……)


 所詮、横恋慕に過ぎなかったのだ。どこか寂しく、だがそれはそうだろうと納得もして、一鉄は夢の終わりを待ち………だが、いつまで経っても、夢が覚める気配がない。


「…………?夢、ではない?」


 だとしたらなんだと言うのだろうか。自分は、確かに死んだはずだ。そう思って、一鉄は自身の腹、知性体に貫かれたそこを見る。だが、その場所に穴は開いていない。


 夢だから、あの世だから、傷が塞がった?無い話ではないが………。


 一鉄は周囲を見回す。竜の死体が三つ。覚えのある死に方。そうだ、自分が鈴音と出会った、その時と同じ状況が目の前にある。


 立ち上がってみる。身体は、動く。夢だと言うのに、覚める気配がない。

 いまいち、自分の置かれた状況を理解できないまま……だが、行動は出来る。視界の端では、鈴音がつかつか歩み去って行く………。


 一鉄は、付いて行ってみることにした。あの世なら、今生で果たせなかった分、話してみたいと思ったし、そうでないのなら………。


 そう、例えば、あの時、あの瞬間、初めて出会ったこの瞬間に戻って来たとか、これがそんなあり得ない夢物語だとするなら。



 ……鈴音はこの、数時間後に死ぬのだ。


 *


 その後の流れは、知っている通りだった。鈴音は夜の林の中をつかつかと歩んでいく。

 その後を付いていく。たまに、鈴音が振り返る。だが、前のように声を投げてはくれない。どうも、前より警戒されているらしい。なぜ……と考え込んでいると、目の前から鈴音の姿が消える。


 前と同じ状況だ。違いは、一鉄が、前程竜に怯えなくなっていることと、鈴音がどこに行くか知っている事。こういう事もある、と知っている事。


 すぐさま追いかけ、追いついた一鉄を、鈴音は更にいぶかし気に眺め……。


「……私は一旦休む。索敵と警戒の上この穴に絶対に近づかないように」


 それだけを言って、鈴音は洞穴の中へと引っ込んでいった。

 小高い丘に穴が一つ。そんな、最低限壁と天井があるだけの、洞穴。やはり、知っている場所、知っている言葉、知っている行動だ………。


(なぜだか前より不気味がられている気はするが………これは一体、どうなっている?)


 もはや夢、とは思えない。もう一度、同じ舞台に投げ込まれたに等しい。まるで、


(時間を遡った?あり得ない……)


 と、切って捨てたい所ではあったが……ほかに説明のしようがない。

 一鉄は自身の死に際を思い出してみる。腹に風穴が二つ空き、決死の力で、知性体の目に刃を突き立てた。そして、その後、……一鉄は死んだ。いや、死ぬ前に、赤い光を見たか?そして、ついさっき目覚めた時も、遠くに同じ光があった気がする。


 だが、それがどうして時間がさかのぼることに繋がるのだろうか。異能か?そういう能力に一鉄が目覚めた?そんな都合の良い話があるのか?


 考えても、わかりそうになかった。だが、遡ったか、それに近い状況、と考えれば、………鈴音が死ぬのはこの、すぐ後だ。そこを、知っているなら、回避できるのではないか……?


 一鉄は洞穴に視線を向ける。と………洞穴の中から、鈴音がこちらを見ていた。洞穴の壁に身体を半分隠し、じっと、ものすごく警戒しているような雰囲気で。


 ……やはりどことなく小動物を思わせる仕草だ。びっくりして洞穴にこもって外を観察しているようだ。


(可愛い。……ではなく、前より嫌われている気がする……。まあ、良いか)


 この際、もう、嫌われていようがどうだろうが関係ない。

 鈴音を生かせればそれで良い。それ以上は、望みすぎだろう。


 やり直す機会を、得たのであれば。

 ………次は、死なせない。もう、自分は臆病な新兵ではない。敵の事も、自分の事も、知っている……。


 一鉄は、手にある火器――20ミリのチェックを始めた。

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