第25話 元気出したい

翌日。

一日をどう過ごしたのかわからないくらい、無気力だった。


(とうとう夏帆姉に唇を奪われてしまった)


 思い返すたびにため息が出る。男とはいえ、初めてのチュウの喪失はむなしい。

 ただ、落ち込む理由はそれだけではない。夏帆姉が創ったとんでもない部活に入部もさせられたのだ。

 ごくごく普通の恋愛がしたいという、俺の野望はついえてしまったのだろうか……恋愛建築フラグは魔王城の建築のいしずえとされてしまった。見上げた夕暮れ空の色が、悲しみをより一層際立たせてくる。泣けるぜ、ちくしょう。

 

♢♢♢


「沢藤殿、元気がないでありますね」


 夏帆姉の部活に行く前に、ふらっと漫画研究会へとおもむいた俺は、西田さんにオススメのアニメがないか聞いていた。


「いや、なにか楽しいものを見て元気を出したくて」


 俺は幼馴染みの姉が部活を立ち上げたこと、部員に俺の名前があったことを正直に伝える。姉はかなりタチが悪いことも添えて。


「そうでありましたか……では、もう部活は決まってしまったのでありますね」


「ええ。漫画研究会に入部できず、本当にすいません」


「いえ、謝ることでは……そうだ、これなどはいかがでしょうか?」


 西田さんが奥からDVDボックスを出してくる。


「一昔前に流行ったアニメで、女子4人組のゆるい日常生活を描くギャグアニメなのであります。特にダンスを織り交ぜたオープニングは必見でありますよ」


「ほう、いいですね」


「まだまだオススメはいっぱいありますが、ひとまずそちらをお貸しするであります」


「え、貸してもらえるんですか? 部の備品なんじゃ……」


「いいえ、いいえ、どうぞ持って行ってください。ただし、破損・欠損はなしでお願いなのであります」


「もちろん、わかってますよ」


 少し元気の出た俺は、借りたDVDボックスを大事に抱え、歩き出す。そして、別れの間際まぎわに。


「あ、西田さん。何か力になれることがあったら言ってください。俺、協力しますんで」


「それは助かるであります。色々と人手が足りない部活なので」


「ははは、それじゃ」


♢♢♢


「柚希きゅ~ん、おかえりんりん♪」


「どわぁ!」


 お疲れ会部活へ入るや否や、俺へと抱きついてくる夏帆姉である。


「お姉ちゃん嬉しい、こうして柚希君がちゃんと部室に来てくれたことが」


「新婚とかじゃないんだからさ、やめてよね」


「え? 違うの?」


「当たり前でしょうが」


「だって昨日はあんなに熱いベーゼを……」


「ええい、みなまで言わないでくれ」


 忘れたい事実を掘り起こそうとする夏帆姉。俺はそれを無視するように、借りてきたDVDを部室の備品であるテレビとプレイヤーで再生する。


「ねぇねぇ、何見るの?」


「オススメのアニメ」


「お姉ちゃんも見る~♪」


 夏帆姉は悪びれる様子もなく、俺が座る隣の椅子へと、ルンルンとやってくる。

 こうして、本日の活動はDVDの鑑賞と相成ったとさ。

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