第6話 夏帆姉ランチ

 憧れの高校生活が始まってはや数日が経過した。


 クラス内で『美女に引きずられて登校したあぶない奴』という汚名を着せられ、フラグ建築案の『隣のあの子と編』は早くも消え去ってしまった。それどころかみんなに警戒され、まともに話せる人すらできず、完全にマイナスからのスタートを切ってしまった。

 

「はぁ……」


 だが、溜息ためいきの理由はそれでだけではない。


「柚希くーん!」


 お昼になると、いつも呼び出しにやってくるあの人だ。

 とりあえず美女の部類に入るあの人のお誘いに、クラス中から好奇の視線を向けられる。そのまま放置もできず、俺は下を向きながら教室を出たのであった。


♢♢♢


 屋上に着くと、夏帆姉は三段お弁当ボックスを敷物の上に並べた。中身は色とりどりのお手製メニューで、図に乗るからあまり褒めたくはないのだが、料理の腕は一級品でどれも美味しそうだ。


「はい、あ~ん」


 夏帆姉は、俺の大好きな唐揚げをおはしでつかむと、そのままの流れで俺の口へ運ぼうとする。


「いや、自分で食べれ……むぐっ!!」


 俺が断ろうとするにもかかわらず、唐揚げを口に突っ込まれた。仕方なく、そのまま咀嚼そしゃくする。


「でも、嬉しいなぁ。柚希君とこうして同じ学校に通えるなんて」


「無理やり編入して来たくせに……よく言うよ」


「えへへ、だって恋人になるんだもん」


「それはお断りだって何度も言ってるだろう」


「お姉ちゃんは勝ちヒロインとして諦めるわけにはいかないのです。忍法『諦めない心』なのです」


「いつから『くのいち』になったんだよ。嘘つき」


「お、さすがは柚希君。お姉ちゃんへの切り返しが今日もキレキレで素敵♪」


「何を言ってんだか……」


 えらくご機嫌な夏帆姉と、ランチ時間は進んでいく


「でもね、同じ高校生活を送れるのが嬉しいってのは本当だよ」


「そうは言うけどさ、中学の二年間はダブってただろ。夏帆姉は一つ年上なだけだし」


「一年は離れ離れだったじゃない。お姉ちゃん、おばあさまの勧めで女子高へ行ったし……そのブランクは大きいの」


「はいはい」


 思い返せば、中学校の頃から俺は浮いた存在だったのではなかろうか。モテる夏帆姉が必要以上に俺にかまうものだから、自分で自分を過大評価していたのかもしれない。それを自分のモテと勘違いしていたとは……思春期の俺は愚かだった。

 打破しようにも、夏帆姉が転入してきた以上、高校で延長戦だってんだから地獄以外の何物でもない。


「ところで、柚希君は部活決めた?」


「部活? そういや、まだ特に決めてないね」


「早めに決めたほうがいいよ? 柚希君、友達いないし」


 誰のせいでそうなってんだか……のどまでその言葉が出かけるが、なんとか今食べたおかずと供に飲み込む。


「夏帆姉は部活入るの?」


「そうね。けっこういろんな部活に声かけてもらってるんだけど、迷い中」


 既に人気者のご様子で羨ましいことで。

 しかし部活かぁ……部活ねぇ。そうか、部活だ! 部活なら学校で夏帆姉の監視下から逃れられる。さらには『同じ部活の君と編』フラグも建築可だ。よし、早々に部内で彼女を作って、夏帆姉に勝ちヒロインの座を譲ってもらおう。

 ニヤニヤほくそ笑む俺は、夏帆姉が予想以上にこっちへ顔を近づけていた事に気づき、慌てる。


「おわっ! なっ、何!?」


「ねぇ、同じ部活入ろっか? 柚希君とならなんでもいいよ」


「悪いけどお断り。俺は夏帆姉が入る部活以外に入ることにする」


「ええ~! それはないよ~。柚希君の意地悪ぅ~」


「あのね、部活決めろって言ったのはそっちでしょ。夏帆姉が同伴だとろくに活動もできない。俺だって高校生になったんだから、少しくらい譲歩してよね」


「うう~」


 目にうっすら涙を溜めつつ、夏帆姉はお弁当をパクパク食べだした。こういうところは小動物みたいで可愛いんだが……。

 ハッ! イカンイカン。この魔の手でずっと苦しんできたんだ。もう二の足は踏むまいと俺は気持ちを固めた。

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