第1章 夏帆姉と新しい高校生活

第5話 やべー夏帆姉

 俺、沢藤さわふじ柚希ゆずきは今日から高校生だ。

 いきなり、こんなことをいわれても迷惑だと思うんだが……彼女がほしい。できれば、一般的かつ普通で、恥じらいがあり、束縛そくばくなどをしない子だ。


 だって、あれだぞ? 今日から高校生だぞ?

 人生の中で一番花のある三年間がスタートするのだ。日常を、ただ生きるだけで勝手に恋愛フラグが立っていくのである。それを黙って見逃す手はない。あとは、恋愛の神様の恩恵おんけいを受けるべく、フラグを立てまくればいいのだ。


 目指せ! 明日の一級フラグ建築士!


♢♢♢


 制服に身を包んだ群衆に紛れ、流れるように慣れない通学路を歩く。新しい制服には少し違和感を覚えるが、清々しい気分がそれを相殺してくれる。

 学び舎へと到着した俺は、「今日からよろしくな」と最高の笑顔を投げかけ、校門をくぐろうとした。


「おーはよ♪」


 おや? なんだこれは。俺はいきなり、視界を手でおおいつくされる。


(待て待て。いくらなんでも早すぎるんじゃないのか?)


 建築でいえば、まだ設計図面も出来上がっていない段階だぞ。これが、花の三年間で巻き起こるフラグの洗礼か。正に魔ともいえるほど驚速だ。


「誰かな? 俺の知ってる子?」


 少しワクワクしながら答えてみる。

 だが……。


「ヒント! 柚希君をとーっても大好きなお姉さん」


 この声……聞き覚えがある。いや、そんなはずはないんだ。そもそも、なぜ、あの人が今ここにいる? 嫌な汗がどんどんほおを伝ってくる。

 頼む! 外れてくれという願いを込めつつ、試しにその名を呼んでみた。


「まさか、か、夏帆姉?」


「ピンポーン! 大正解!」


「なー!?」


 プチパニックのまま背後を振り向く俺。夏帆姉を前に、さきほどの満面の笑みは消え失せ、ひきつった顔になる。


「なんで、夏帆姉がここにいるの!?」


「今日から、柚希君と同じ高校に転校してきました!」


「はい!?」


 見てみれば、夏帆姉は俺と同じ制服のブレザーを着用している。それが、この事態を真実だとさも物語るかのように。

 マジか、この姉。まさか、そこまでして俺を追ってくるのか? 何度も断ったのに、これ以上俺に何をしろというのだ? 

 わかる、わかるぞ。俺のラヴィアンローズな未来が、音を立てて崩れ落ちていく様が……。


「嬉しい? これからは毎日、柚希君のそばにいられるよ?」


「……だ」


「屋上でランチして~、夕日の道を一緒に帰って~?」


「いやだ……」


「そして、はじめての……キャッ! 柚希君のエッチ!」


「いやだぁぁぁぁ!」


 俺は叫んだ。その声に、周辺の生徒たちが一斉に驚いた様子だが、俺は主張をやめない。


「夏帆姉とは中学時代でお別れするんだ! いちいち高校までついてくるな!」


「そんなこと言われても、もう転入手続きも済ませちゃったもん♪」


「そっ、そんなぁ」


「これからはずっと一緒だよ。それなら、恋人になれるもん」


 交際を断る口実として言い放った言葉に対し、このような逆襲をされるなんて……。恐るべき夏帆姉。本当にやべー……やべー姉である。


「いやなんだよぉ~、うわぁ~ん」


 子供のように泣きじゃくり、駄々をこねる俺。夏帆姉はそんな俺の後ろえりをつかみ、引きずるように校舎へ連行した。


「うふふ、楽しい高校生活になりそう♪」


 そんな夏帆姉の言葉は、恐怖でしかなかった。

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