第12話 乙女の事情

(うそだろ? まさか、お取込み中か?)


 あんな騒動があった後で……なんともけしからん。

 そりゃあ、高校生にもなると体つきはほぼ大人だし、人気のない場所でそういうことをする男女がいても仕方がない。それはわかるんだが、学校でやんなよな。うらやましいじゃんか。

 いささか気まずいながらも、命の危機が去ったことに安堵した俺は、当初の予定通り得意の隠密走法で歩を進める。


「ああっ! いいっ……」


 大きくなったあえぎ声にドキっとなる。腹ばいになり、様子を確認するが、気づかれてはいないようだ。このままさっさと立ち去ればいいものを、ここにきて、俺の中の魔の主が不意に語り掛けてくる。


(これ、気にならないか??)


 男としての性が不意に目覚める。

 こんな美味しい場面をのぞく機会なんて、一生に一度あるかないか。男としてこれを見逃すという手は、かえって株を下げてしまわないか。しばらくの葛藤の後、少しだけ、ほんの少しだけ覗いて帰ることにした。

 俺は慎重に声のしたほうへ近づいていくと、更衣室でも死角となる場所。そこから発せられる声がしっかりと所在を誘導してくれている。どうやら、男女の情事ではなく、女が一人でお楽しみのようだ。


(ったく、男の更衣室でやるとか……どんだけド痴女ちじょなんだか)


 呆れつつも、俺はロッカーの陰からバレないよう顔をのぞかせる。そして、その声の主を見た途端、驚愕した。


(え! え!)


 それは水着姿の岸辺さんだったのだ。

 馬鹿な、あの可憐な岸辺さんがなぜ? そもそも病院に行ったはずではなかったのか? いや、そんなことよりも……なんとも大胆なポーズ。岸辺さんは足を開脚し、水泳着の上から己の秘部をなぞっていた。


♢♢♢


 とまぁ、こうして今へと至るわけなのである。

 う~ん、これはまずい。男としての本能が夜這よばいいをかけろと告げんばかりに、ボルテージが上がっていく。だが、知り合ったばかりだし、同意もない以上、それだけはできない。やはり、その場をそっと立ち去るのが正解なのだろうが……。


(どうしよう、目が離せない)


 なんというか……美しい。男の下世話な行為とは違い、女性の行為というだけでこうも美しくなるものなのか。目の前の岸辺さんから、すっかり目が離せない状態の俺は、果てるまで見ていたい。その願望が強くなる。

 いや、違うな。他の者にこの神聖な儀式を邪魔されぬよう、俺が守ってあげねばならないのだ。うんうん、この使命は救命措置をした俺にのみ許される褒美なのだ。


「だっ、誰!?」


 あっ、や、やべ……こちらの息遣いに気づかれたのか、岸辺さんは体を手で隠すようにして身構え、臨戦体制へと切り替わっていた。妄想にふける一方で、少し迂闊だった。


「で、出てこないと先生呼ぶわよ!」


「す、すみません。あの、俺です」


 観念した俺は両手を上げ、名乗り出る。


「き、君は……確か」


「ロッカーにあった水泳バッグを取りに来ただけなんです、本当にそれだけだったんです」


 俺は必死に釈明した。


「み、見たの?」


「な、何をでしょう?」


「見たんでしょ、私の花園の事情」


 花園の事情とはなんぞや? とは思いつつも、弁解が急がれるので、そこに触れている余裕はなかった。


「その……覘くつもりはなかったんです。ただ、その、成り行き上でどうしても気になってしまいまして」


「そ、そっか。男の子だし、しょうがないよね」

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