第11話 乙女の秘密

 俺はとんでもない場面に直面していた。人生に一度あるかないかの嬉しい……いや、すごく戸惑うし、困惑する場面だ。では、なぜそんな場面にでくわしたのか。時を少し前にさかのぼろう。


♢♢♢


 岸辺さんが搬送された後、プールにいた生徒全員は活動停止を命じられた。その場にいた何名かは事情を聞くために、着替え後、職員室へと呼ばれる。もちろん俺も重要参考人として呼び出しがあった。

 性関係にはとても厳しい時代ということもあり、男である俺が処置(教員側からしたら重罪)をしたということで、その対応は辛辣なものであった。運動部のエースかつアイドルに、なにか変なことはしなかったと男性教員数名に疑いをかけられる。


 「救命措置で心臓マッサージをしました」


 俺は淡々と事実を答える。救命措置の名のもとにチュウをしようとしました……なんて口が裂けても言えない。社会的に抹殺される。あくまで未遂なんです。いや、ちがくて。

 

「本当か? そのほかには?」


「AEDと人工呼吸も必要と判断しましたが、やる前に岸辺さんが水を吐き出して蘇生したので、それ以上は何もないですね」


「むぅ」


 教員はなおも疑っていたが、その後、何名かプールサイドにいた生徒たちの証言もあり、迅速な救命措置を行ったとしてようやく解放された。


 横目で様子を窺うと、職員室中はパニックになっていた。そりゃ、生徒が一瞬とはいえ呼吸をしてなかった事態だから、そうもなるだろう。いや、それ以前に彼女に負担をかけすぎていた点についての責任追及について、校長やら、教育委員会やら、保護者へどう弁解するかなど、対応に追われている様子だ。


 これ以上の面倒はごめんである。帰宅のお許しももらえたし、あとは大人に任せよう。俺は鞄を抱え、職員室を出る。

 外はもうすっかり日が暮れていた。


「あっ、水着忘れてきた」


 帰路の途中、更衣室に置きっぱなしの水泳バッグのことを思い出す。騒動の最中さなか、頭からすっぽり抜け落ちていた。


(う~ん、どうしたもんか)


 翌日に回収してもいいのだが、一日置くと匂いとかがどうしても気になる。落とし物扱いされて、行方が分からなくなるのも面倒だ。やはり、今日で回収しておこう。

 俺は引き返し、屋内プールの更衣室へと向かった。


♢♢♢


 幸運にもまだ更衣室は電気がついており、施錠せじょうもされていない様子だ。


(え~っと……あった、あった)


 自分が使っていたロッカーからバッグを取り出し、更衣室を出ようとする。すると……。


「うっ、ううん」


 背筋が凍り付く。誰もいないはずの更衣室から、不意に人の声がしたのだ。しかも女性の声。ここは男子更衣室だし、シチュエーション的に女生徒がいるはずもない。


(し、心霊的なやつか?)


 人知の及ばぬ異常事態に怯える。どうにか遭遇を避けるため、慎重に忍び足でその場を後にしようとするが……なおも聞こえてくるその声は、うめき声というよりもあえぎ声に近い感じがした。

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