第20話 ありがたみ

「沢藤殿、ジュースなどはいかがですか?」


「ああ、すいません」


「こっちはお菓子もあるよ? はい、どーぞ」


「これは、どうも」


 至れり尽くせりなサービスを受ける俺。。

 だが、それに構っているよりも先に、このアニメ……めちゃくちゃ面白い。俺は映し出された画面にくぎ付けになり、食い入るよう見ていた。


「ちなみにカップリングするならば、誰と誰とかありますか?」


「……カップリング? ですか?」


「ニシティ、ダメダメ。わかんないよ、説明しなきゃ」


「そ、そうでありましたね。カップリングとは推しを脳内で恋愛関係に発展させることをいうのであります。もちろん、公式以外もありでありますよ」


「はぁ」


 しばしの沈黙。


「ダメ! 引いちゃってる!」


「む、難しいよ~、国ちゃん~」


 ガックリ肩を落とす西田さん。

 黙って見させてほしいんだがなぁ。


「じゃあさ、正ヒロイン以外で推しとかいる? 仮にその子と主人公がイチャイチャしてたら萌えない?」


「え? 主人公ってヒロインと結ばれるものなんじゃ……」


「だ、だよねぇ」


 苦笑いしつつ、国見さんも肩を落とした。


「やはりパンピーはパラレル展開なんて想像しないのでありますね」


 二人の言動についていけない部分はあったが、鑑賞会はつつがなく進んでいった。


♢♢♢


 完全下校を知らせる放送が部室内に流れてきた。


「おっと、もう下校時刻でありますか。早いでありますな、時が経つのは」


「えっ! これからがいいところなのに?」


 ストーリー的にはもう少しでクライマックス。かなり気になるところで、パソコンの電源が落とされ、俺もついでにがっくりと肩を落とした。

 おもちゃを取り上げられた子供はこのような心境なのだろうな。


「まぁまぁ、そう気落ちしないで。また見にくればいいじゃない」


 国見さんが明るく声をかけてくる。


「入部しなくても見させてくれるんですか?」


「う~ん、今後は条件とか付けるかも」


「ええ~……」


「うそうそ。いつでも見に来てよ。それじゃあ、私たちは職員室にかぎ返して帰るから」


「今日はありがとうございました。楽しかったです」


 俺は二人にお礼を言って帰ろうとする。


「あの、沢藤殿……じゃなくて、沢藤君」


 今日だけで10回以上は言い直す西田さん。さすがに俺も『殿』でいいですよと自ら承認した。


「ええっと、本当にまた遊びに来てほしいのであります。入部は強制しません。ただ、漫画やアニメは本当に日本が世界に誇れる素晴らしい文化なのであります。少しでも好きになってもらえたら嬉しいのであります」


「それだけいいんですか? 部活として入部者がいないと困るのでは?」


「好きなものの布教も立派な活動でありますよ。焦らず頑張るであります」


 嬉しい言葉をかけてもらえるが、やはり「入部します」とすぐには答えられなかった。アニメが面白いのはわかったが、なんせ、俺にはモテるという重要使命があるからな。考えなしの行動は避けたいところである。


「で、ありまして! 我々は今、とあるワードを使うのがトレンドなのであります」


「ワード?」


「そう。例えば、『ありがとう』ならありがたみ。『共感する』ならわかりみとか、語尾の最後に『み』をつけるの」


 ああ……あの、ついていけない会話か。


「少し仲良くなれましたし、せっかくなの沢藤殿にもなんちゃら『み』をつけた言葉を言ってもらって、本日を締めませんか?」


「俺もですか!?」


 言葉の後に『み』をつければいいの? 法則とかあるのだろうか……こりゃまた唐突だなぁ。


「それでは、まいりますぞ!」


「ちょちょ、待ってください! これって、オトすんですか?」


「全力のギャグでお願い申し上げます」


「ええ~」


 嘘だろ? こんな急にオトせと言われても。俺はすぐさま、脳をフル回転させる。


「ではでは! 本日もありがたみ~♪」


「こちらこそ。にっ、西村トモみ~♪」


 人差し指を振ってノッてみる。

 沈黙の間が物語る。完全に滑ったな、こりゃ。


「ぶっ! ぐふふ。やりますな、沢藤殿」


「ニシティ?」


 国見さんは若干苦笑い気味ではあったが、西田さんにはなんかウケたらしい。

 ま、まぁ……無茶振りを乗り切ったということで、ここは及第点としておこう。

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