第22話 たくらみ その2

 終業ベルが鳴った。あの約束が刻一刻と迫りつつあるこの時……俺の気持ちもだんだんと重くなりつつある

 とはいえ、約束は約束だ。俺は自分の教室があるフロアから階段を上り、夏帆姉の教室へと向かう。


(夏帆姉は確か4階の11組だったっけ?)


 3階と4階のフロアはみな二年生の教室。すれ違う人、すれ違う人、みんな年上だと思うとやはり委縮いしゅくした面持ちとなる。俺は4階最奥へ進み、11組へと到着する。特待生クラス……通称、特進クラスは自習の為に、まだほとんどの生徒が残っていた。


「あっ! 柚希く~ん♪」


 恐る恐る顔をのぞかせると、すぐさま夏帆姉がこちらへと気づいた。クラスの女生徒となにやら談笑中だったようだが、すかさずタタタと駆けよってきて……。


「ちょちょ! 夏帆姉!?」


「えへへ~♪」


 人目もはばからず俺の右腕へと抱きつく。あまりにも嬉しそうなので、引きはがすのも忍びなく、戸惑っていると……。


「あーあー、けちゃうなぁ」


「ねぇ、もしかしてあなたが弟の柚希君??」


 先ほどまで談笑中であったクラスメイトらしき二人(女子)もこちらへと歩み寄ってくる。


「あ、はい。いつも姉がお世話になって……」


「いいよ、そんなにかしこまらないで」


 目つきは少し鋭いが比較的まともそうな黒髪ショートの人は雉子島きじしまさんというらしい。


 「可愛い~♪」


 もう一人は毛先がウェーブがかった、明るめの髪をしたギャルっぽい人。ずっと顔がデレているこの方は戌井いぬいさん。


「堺ちゃんの恋人っていうくらいだから、どれだけすごいんだろうと思ってたけど、意外と普通だね」


「あ、いえ、恋人とかではなくて」


 念のため、訂正しておくが……。


「私の未来の旦那様♪ 恋人よりも上位だよね」


 夏帆姉がそれを許すはずもない。


「それもちがうでしょ……」


「え~、これから実現していこうよ」


「勘違いさせちゃうでしょ、夏帆姉ってば」


「あははは、真面目だね~。いいって、大体察しはつくから」


「は、はぁ」


「でも、いいなぁ。堺ちゃんにそんなに愛されて~」


「あ、あの、お二人は夏帆姉……えっと、姉と仲が良いんですか?」


「ん? まぁね。こちらこそ、仲良くさせてもらってます」


「堺さんね、美人だし、優しいし、チョーいい子だよ。弟君が羨ましすぎるぅ~」


 これは驚いた。世の中のほとんどの女性を敵視している夏帆姉に女友達がすんなりできるとは。夏帆姉も成長したのか? それともこの人たちが天使なのか?


「はぁはぁ、堺ちゃんと弟くん~」


 戌井さんが「いつもこうして、ああして」と呟きながら恍惚に満ちた表情となっていく。もしかして、この人とはヤバいという繋がりで仲良くなったのかもしれない。変な人同士は惹かれ合うものだし。となると……俺も変人なのか。


「はい、ストッープ。妄想なら後でやりな」


「ああ~♪」


 一人の世界に入りそうな戌井さんを、雉子島さんが手で静止した。うむ、この人はもしかすると天使なのかもしれない。


「それよりも弟君」


「はい?」


 雉子島さんがすかさず横口元を手で隠し、こっそりと耳打ちしてくる。


「早く行ったほうがいいかも。さっきから殺気感じない?」


 その言葉に周囲を見回すと、確かに殺気の入り混じった鋭い視線がクラスの男子中から向けられていることに気づく。これはまさに、狩りを行う前の獣の目。


「う、うわぁ……」


「堺ちゃんって、ほら。美人だから」

 

「ご、ご忠告ありがとうございます」


 もはやこの場は危険地帯。俺は尻尾を巻いて逃げ出す。


「い、行こう。夏帆姉」


「うん♪ それじゃあ、二人ともまた明日ね~」


「末永くお幸せに~♪」


 それは違うって。戌井さんからの煽りともとれる言葉に背筋が凍る。訂正の為だけに引き返すのも危険だし。もう、このフロアには来ないでおこう。

 夏帆姉を連れ、足早に退散した。

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