第8話 岸辺さん

 そして、その翌日。


 今日もうまく夏帆姉をかわし、弓道部へ体験入部を申し込んだ俺。体験で弓を引かせてもらうことになり、一心不乱に矢を打つのだが……どれもこれも、まともに飛んで行ってくれない。


(これもセンスなしか)


 すっかり気落ちしていると。


「ねぇ、君」


 隣で矢を引いていた女性に、ふと声をかけられる。


(あれ? この人どこかで……)


「昨日から熱心に部活えらびしてるけど、いいところ決まりそう?」


 あっ! 確かこの人! そうだ、陸上部の岸辺さんだ! 昨日と打って変わり、可憐な胴着姿なので気づくのが一瞬遅れた。


「えっと、あの、その……岸辺さんですよね? 陸上部の方がどうして弓道部に?」


「ああ~、そっか。新入生だからわかんないよね。私さ、日頃から色んな部によくヘルプ頼まれるもんだからさ、どうせならと思って、あっちこっちの部に籍おいてるんだよね」


「へ、へぇ~……すごいですね。でも、それってけっこう大変じゃないですか?」


「まぁ、体動かすのが好きなのもあるからね。そこまで苦じゃないよ」


 いわゆる部活掛け持ちってやつか。リアルで初めて見た。

 そんなことより! 運動部のアイドルが、見ず知らずの石ころ同然の俺に優しく声をかけてくれるなんて……なんて、なんて素敵なんだ! 今日は最高の一日かもしれない。


「君に合う部活が見つかるといいね」


「そうですね。頑張ります!」


 そこからしばらく、岸辺さんに優しく指導してもらう俺。

 だが、つるを引くコツを掴めず、指から出血してしまった。この調子じゃあ、弓道部も厳しそうだ。

 はぁ……運動部って、つくづく大変だなぁと実感した。


♢♢♢


「ただいまぁ~」


「あ~、柚希君! 今日もどこ行ってたの!」


 ヘトヘトの体で帰宅すると、ご立腹中の夏帆姉がお出迎えであった。この人は自分の家よりも先に、俺の家になぜか帰宅するのである。


「やぁ、夏帆姉。本日はおひがらもよく」


「おひがらもこがらしも全然関係ない! お姉ちゃん、柚希君と帰ろうと、ずっと柚希君の教室の前で待ってたのに!」


「ああ、ごめんね。ちょっと野暮用でさ~」


 既に二日も一緒に帰宅していないと、夏帆姉が文句を言ってくる。部活選びをしているなんて言えば、絶対介入してくるのでここは黙秘一択だ。


「すんすん。う~ん……汗に交じって、メスのにおいがします」


「ちょちょちょちょっ! 何してんの!」


 夏帆姉は今しがた洗濯カゴに入れた俺の体操服のにおいを嗅いでいる。岸辺さんのにおいを嗅ぎとったのか? まさか……俺は慌てて、体操服を奪い取る。


「だって、柚希君の痕跡を辿たどるヒントを探さなきゃ」


「き、汚いでしょ。俺の体操服なんて……汗かいたし」


「柚希君の汗は汚くないもん。むしろ、お姉ちゃんの養分にもなりえるわけであって」


「その摂取方法はやめて」


 こりゃ、思惑に気づかれる前に早く部活決めなきゃな。恐ろしい方法で養分を吸い取られてしまう。俺の精神……持つかなぁ?

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