第9話 部活の最中に……

「あのー、柚希君知りませんか?」


「えっと、さっきまでいたんですが……」


「ええー! 今日もー!?」


 迎えにきた夏帆姉がクラスメイトの女子に問いかけている。ふぅ、帰りのHRホームルーム途中に抜け出すという荒業あらわざが功を奏した。向こうは今日こそ俺を捕まえに、HRをさぼってきたっぽいからな。俺は物陰に隠れながらやり過ごす。よし、この調子なら今日も捕まらずに済みそう。見つかる前に、さっさと逃げよう。

 忍びが如く隠密し、今日もりずに体験入部へと出かけたのであった。


♢♢♢


 本日は水泳部を体験することにしている。水泳なら怪我けがをする心配もないし、なにより女性部員のありがたい水着姿をタダでおがめる。こんないい部活があるというのに、なぜ、最初からこれにしなかったのだろうか。少し後悔しつつも、ルンルン気分で屋内プールへと向かう。

 

(まさかなぁ)


 水着に着替えた俺は、プールサイドから憧れのあの人を探してみることにした。掛け持ちしてるって言ってたし、二度あることは三度あるというが……いやいや、そんな都合のいい展開あるわけないか。そんなことを考える自分にやれやれとあきれる。


「あれ? 君、今日はこの部活なんだ」


 水着姿の岸辺さんが歩いてくる。


(いや、いんのかい!)


 心の中で突っ込む俺であった。ことわざもあながち馬鹿にできないもんだなぁ。


「岸辺さん、こんにちは。その、素敵ですね」


「え? なにが?」


「あ、何でもないです」


「ふふ、今日も頑張ってね」


「はい!」


 優しい言葉をかけてくれる岸辺さん。俄然やる気になる俺だが、心なしか……今日の岸辺さんの表情に少し疲れが見える気がした。プールコースへと向かう矢先、足元がフラフラし、途端に倒れかける。それを見た俺は慌てて岸辺さんを支えた。


「き、岸辺さん! 大丈夫ですか?」


「ご、ごめんね。少し疲れてるみたい」


「あまり無理しないでくださいよ」


「うん……それよりも、あの」


 支える俺に対し、なぜか顔を真っ赤にしている岸辺さん。状況を確認すると、生地の少ない、ほぼ裸同然の男女が密着していることに気づく。俺は慌てて距離をとったが後の祭り。殺気の混じった鋭い視線があちこちから向けられている。


「俺、そろそろ行きますね」


「ごめんね。助かったよ」


 ほおを赤らめる岸辺さんを置いて、俺は体験入部者のために設けられている8番コースへと向かった。それからは何事もなく、バシャバシャと8番コースを泳ぐ俺。


(それにしても、あの泳ぎ……まるで、トビウオだな)


 自分の泳ぎの合間に、岸辺さんがいるコースを見てみる。さっきまでの疲労がウソみたいな、すごいスピードで水の中を進んでいく。一昨日おとつい昨日きのうといい、いったいどれだけ体力があるんだろうか。

 無理してないだろうかと少し心配にはなったが、今はとりあえず水泳部先輩の指示通り、泳ぎの測定をせねばと引き続き泳いでいく。

 

「キャー! 誰かー!」


 だが、次の瞬間だった。水面みなもを切り裂くような悲鳴が聞こえた。

 何事かと俺は泳ぐのをやめ、あたりを見回す。どうやら、どこかのコースで誰かが溺れたらしい。これは悠長ゆうちょうに泳いでいる場合ではないぞ。プールから上がり、現場を探すと……驚きの光景が飛び込んできた。


(え? あれって、岸辺さん!?)


 男子数名にプールから抱えあげられる人物は、まさかの岸辺さんだった。

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