4.8. 素材

 もはや正確な強度を計算している余裕はなかった。片っ端から使えそうなジャンクをかき集め、図面なしで加工していく。トキコにはその概略を伝え、見込みで制御計算をしてもらうしかなかった。


 パークスにも重い作業が残っていた。ミサイルとピピの結合構造物を作り、マウントしなければならないのだ。〈ミハシラ〉上を走るという計画から分離システムが不要ではあったが、強度不足などあってはお話にならない。過去の記録を探り、固体ロケットブースターの構造などを参考にして大急ぎで作成する。


 ロッドたちは丑寅にたどり着いたとしても、ジャンクの城壁を突破し、街を抜け、山脈側の城壁を乗り越えなければロケットにたどり着けない。しかし幾つもの防御線を作れるほどの兵力もない。セレネはジャンクの城壁の上にレールガンを配置し、可能な限り廃材を散らし、強行突破出来ないよう設計をしていた。


 アカネはなんとか、三十時間でピピのレールガイドを完成させた。ジャンクにあった油圧ショベルをフル活用した代物で、側面に複数のアームを取り付けトラスト構造にし、先端にミニスキーのようなスライダーを装着した。これには相当の高熱と負荷がかかる。もう壊れること前提とし、左右に二つずつ装備した。


『なんとまぁ不格好ですねぇ。なんだか虫になったような気分です』


 ピピは愚痴っていたが完全に無視した。まだ一つ大きな問題が残っている。スライダー表面に取り付ける耐熱素材だ。散々探し回ったが、セラミック系統の素材は基本的に加工が難しい。サイズと形状が合う物がなく、手の空いた人員を集めてジャンクの山を掘り返しまくるしかなくなった。


「なんで俺までこんな訳のわかんないことを――」


 マーティンはいらないとか、そんな贅沢を言っている余裕もなかった。ロッドが来るまで十時間もない。


「いいから、陶器っぽくて、その辺に叩きつけても壊れないのを探すの。わかった?」


 相変わらず何もかも理解できないという様子で、だらしなく口を開きながらジャンクを掘り返す。しかし彼には忍耐力というものがない。一時間ほどすると飽きた様子で、適当に金属片を放り投げながら愚痴りはじめた。


「もう、頼むから、理解させてくれよ。一体何が欲しいんだよ。散々それっぽいのを見つけても駄目だしばっかりで。モチベーション? てものを考えてくれる?」


 アカネも腰が痛くなってきて、背伸びしながら応じた。


「言ってもわかんないでしょ。超高耐圧で超高耐熱、厚さ五十ミリ以上で百五十ミリ四方くらいな物が欲しいの。具体的には強化炭素複合材とか、積層セラミック複合材とか――」相変わらずぽかんと口を開いている彼にため息を吐き、続ける。「要するに、むっちゃ堅くて熱くなっても溶けないのが欲しいの。いいからさっさと手を動かして」


 彼は口を曲げて、新しいジャンクに手をかける。


「それって粘菌の死骸っぽいけど、そういうの? 違う?」


 途端にアカネは混乱して、手にしかけたガラクタを取り落とした。


「何の話?」


「だって溶けないのが欲しいんだろ? おれを拾った〈魔女〉の女が言ってたぜ? 粘菌は凄い熱かったり寒かったりする宇宙を自分の死骸で外側を守って――っておい! 話は最後まで聞けよ!」


 そんな暇はない。アカネは施設に飛んで帰り、ツクヨミ4からもらった記録を改めなおした。すると確かに、彼女の考察として記載されている。相当な堅さがあるのはわかっていたが、耐熱性、防熱性まであるとは考えなかった。早速試料の一つを引っ張り出し、プラズマ溶断機にかけてみる。数万度の熱を受けても変化はないし、裏側は平熱のままだった。


「これは使えるかも」そして振り返り、為す術もなく立ち尽くしているマーティンに命じる。「ちょっとエスパルガロさんの所に行って、粘菌もらってきて! 三リットルくらい!」


「何で俺が――」


「暇なのあんただけなんだから! いいからさっさと行く!」


 アカネはジャンクをひっくり返し、良さそうな形の金属を引っ張り出す。溶断してグラインダーで削り、欲しかったスライダーの型を作り上げた頃、マーティンが金属容器を載せた台車を押して戻ってきた。型を担いで彼を促し、施設内の奥まった部屋に向かう。周囲に塩を撒き、立ち入り禁止の張り紙をして、〈ホワイトスーツ〉のヘルメットを展開させてから容器を開いた。


 塩詰めにされたペットボトル二本とLEDライトが入っている。一本を慎重に取り出すと、机上に置いた型の中に流し込んでいく。ねっとりとした流動体は型を満たし、厚さが五十ミリになったところで手を止める。それを電気調理器の上に載せて加熱すると、次第に全体が赤黒く硬化し始めた。最終的に厚みは五分の一ほどになったが歪みが生じている様子もなく、試しに水に突っ込んで急冷させてみたが割れることもなかった。


 湯気の上がるバケツから引っ張り上げ、グローブの上から改めてみる。手触りと重さは強化プラスチックのようで、表面は微細な所まで型の凹凸通りだ。アカネは地面に広がった鉱滓のような状態しか見ていなかったから、これは意外だった。きっと気泡が出来たり粗い表面になったりすると思い込んでいたのだ。


 これほど簡単に、仕上げも必要のないレベルで部材を作れるとは――鋳造や3Dプリンターの原料として革新的なレベルかも――


 そこでふと気づいた。MMWの構成部材だ。あれほど軽量で強固な素材、2020年以降に開発された最終技術なのだろうと思い込んでいたが、この手触り、この質感は――恐らく同じ物だ。


「〈娘たち〉は人類の敵である粘菌を、徹底活用したみたいだね」呟いたアカネに、マーティンが問い返す。しかしアカネはそれを無視し、出来上がった部材を手に部屋を出て行きつつ命じた。「今の見てたでしょ? 今度は粘菌を百ミリの高さまで入れて、同じように熱して」


「待てよ! 防護服なしにやれってのか? 俺は別に粘菌に触っても平気って訳じゃあ――」


「緑目になってから触ったことあんの?」


「いや、そりゃあないけど――」


「だいじょぶだいじょぶ。平気平気。嫌だったらその辺のゴーグルと布きれ使いな」


 彼の行いを考えれば、これくらい罰とも言えない。とにかく愚痴る彼に押しつけて部屋を出ると、出来上がった試料を様々な試験にかける。引っ張り強度、装置の限界までやっても破断せず。曲げ強度、同じ。ビッカーズ硬度、測定不能。耐熱性、やはり数万度のプラズマを一分間当てても変化なし。ここまでくると逆に恐ろしくなってくる。そんな暇はないと思いつつも、電子顕微鏡で構造を改めてみた。例の微細導管が破断して全体に散らばり、複合材のような状態になっている。ひょっとしたらこれがカーボンナノチューブと同じ働きをしているのかもしれない。


 そこまで確かめたところで、マーティンが次の試料を持ってきた。今度は厚みも想定通りだ。早速レールガイドに取り付けてみる。テーパの形状はぴったりだし、この防熱性があれば接着剤で貼り付けても問題ないはずだ。


「よし、同じのをあと三つ――いや、五つ作って」


「そんなにか? もう粘菌足りないんだけど」


「じゃあもらってくればいいだろ! 早く早く!」


 そう急かしたところで、遠くから銃声が響いてきた。


 まさかもう、現れたのか?


 怯えて身を縮めるマーティンを重ねて急かし、アカネは城壁へと向かった。階段を駆け上がるとセレネが望遠鏡で地平線を眺めている。袁山を背にして黄土色の靄が湧き起こっていた。彼女から無言で望遠鏡を手渡され、恐る恐る覗いてみる。レンズの中は、悠々と歩いてくる獣の集団で埋め尽くされていた。ロッドのMMWは最後尾にいて、彼らを制御しながらゆっくりと進んでいる。


 兵士の一人が、散発的にライフルでの狙撃を試みていた。セレネが命じて威嚇させているようだったが、さすがに遠すぎて命中しない。ようやく野犬の一匹が直撃を受けて吹き飛んだが、隊列に乱れはなかった。


 見守る間に、集団は歩みを停めた。そして一斉に砂上に身を伏せ、蹲る。まだ丑寅から五キロほどはあるだろう。


「どうしたのかな」


 呟いたセレネに、アカネは空を見上げながら応じた。


「お食事タイムだよ。連中、日が出てると動きが鈍いからね。日没を待ってるんだ」日はもう相当傾いている。せいぜい猶予は二、三時間しかない。「それで作戦は?」


「どうにかしてロッドを潰すしかないでしょ。レールガンで彼女のMMWを徹底的に狙う。それで化け物の制御が外れれば何とか食い止められるんじゃ?」唇を噛みしめたアカネに、ようやくセレネは目を向けた。「どうにかして彼女を救えないかって? 無理ね」


 わかってる。自分が彼女の〈母さん〉になることを拒否した時点で、それは決まっていたのだ。


「とにかく、踏ん張れるだけ踏ん張って、あとは逃げて。手遅れにならないうちに」


 言いながら背を向けたアカネに、セレネは声をかけた。


「間に合うの?」


「間に合わせる」


 他に答えようがなかった。

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