4.5. 輪廻

 ツクヨミ4と名乗る女はモバイルバッテリーの上に腰掛け、煙草を数本灰にしながら語った。彼女は半世紀に渡って各地を放浪し、〈娘たち〉の正体を探り続けていたという。そうして様々な断片を手にし、整理し、結果としてある程度の姿は解き明かした。


「私にわかっていることは、ここまで」投げ捨てた煙草をブーツの踵で踏み潰しつつ、彼女は言った。「〈月下〉じゃ〈娘たち〉が月を落とそうとしただなんて言われているけど、それは大嘘。嘘と言うより伝説かな。全ての元凶は粘菌なんだ。加えてそれは〈娘たち〉が開発したものなんかじゃなく、正真正銘のエイリアンなんだよ。〈娘たち〉はその特性を利用することを思いついて何かの計画を実施に移しただけ。けどそれが何なのかは確かじゃない。何しろこの数ヶ月後、次々と戦争が起こりはじめた。GAFAのデータセンタも破壊されたし、記録が分散していて追うのが難しくなっている。この施設のデータが、何か手掛かりを与えてくれるといいけど」


 アカネは彼女との距離を掴みかねていた。敵対心も警戒心も持っていないようだったが、何しろ相手は自分だ。得体の知れない事を考えている可能性も十分ある。荷物をまとめて施設の外に向かいはじめた自分を追いつつ、アカネは慎重に言った。


「それから私はスペースXで好き勝手やり始めたらしい。月に物資を沢山送ってた。具体的な事は何もわからないけど」


「たいした連中だったんだろうね。色々な連中を利用しまくって、たった十二人で月にあんな施設を作ったんだ。キューブにMMWに〈ホワイトスーツ〉。結局旧世界で生き残った組織は〈娘たち〉だけだった。ただその後の行動は奇妙だよ。私らみたいなのを生み出して、関係者もろとも〈魔女〉を虐殺しまくるだなんて。一体何があったんだか――」


「そもそもだけど」と、セレネが割り込んできた。「あなた、何者? ツクヨミのクローン? 私にも――あなたみたいなのがいるの?」


 ツクヨミ4は目を細め、懐かしそうにセレネを見つめた。


「私らは全部、十二人のオリジナルメンバーから作られた何者かなんだよ。一世代が全部死ぬか使えなくなるかしたら、次の世代が生み出される。私と同期のセレネもいた」


「どうなったの」


「私が殺した」息を詰めたセレネに苦笑いし、「色々あったんだよ」


 梯子を登って外に出ると、彼女は初めて衝動的な姿を見せた。目を丸くして荷物を取り落とすと、二人の乗ってきたバギーに駆け寄る。


「ピピ!」


 すぐにピピは人型に変形し、アカネ、そしてツクヨミ4と視線を向け、首を傾げた。


『はて。これは一体どうしたことでしょう。ご主人様が二人――分裂したんですか?』


「相変わらずだねあんたは」言って外装に触れる。「少し痩せた? 格好いい武器積んでんじゃん。どうしたの」


 色々と妙だとは思っていたが、これで辻褄が合う。ピピは元々ツクヨミ4の所有物だったのだ。だからアカネをマスターだと勘違いし、懐いてきた。


「あんたには一体何があったの。基本、私らは使い捨て。そういうことなんでしょ? なのにあんたは生き残ってる。それはピピが話すことと関係あるの?」


 ピピとの間に割り込みながら尋ねる。彼女は奪うつもりはないというように両手を掲げると、バイクに腰掛けつつ答えた。


「あんたらの世代も色々あったろうけど、私らもきつかった。多分毎回――異常に気づくのは私なんだろうと思う。それで任務を棄てて色々と調べはじめた。MMWのコアに粘菌が使われていることは知ってるだろ? 規定ではコアは五年ごとに取り替える事になってる。不思議でね。私はそのリミッター装置を破壊し様子を見た。そしたらどうなったと思う?」


「話し始めた」


 言ったアカネに、人差し指を向ける。


「粘菌には学習能力がある。そして十分な時間があれば、知性と呼べるような代物が生まれる。オリジナルの十二人はそれを隠したくて――あるいは防ぐために――コアを使い捨てにするよう制限を付けたんだ。でも、それが何? 結果、あんたたちに追われることになって」と、顔を青ざめさせているセレネに目を向ける。「やるしかなかった。あんたは昔から頭が固いから。ピピは壊されたもんだとばかり思い込んでたけど――」


「マーティンを助けたのもあんた?」


 マーティン、と問い返す彼女に説明すると、繰り返し頷く。


「いたね、そんな奴も。あれはある種の特異体質なんだろうと思う。詳しく調べたかったけど、ファイブの連中に見つかって逃げるしかなかった。あんたらは、私を殺すよう命令を受けてないの?」頭を振る二人に苦笑いした。「いい加減、ツクヨミが何人もいるって矛盾を誤魔化しきれなくなったんだろうね。あるいはとっくに野垂れ死んだと思われているか。それで? あんたらは何をしにこんな所まで」


 アカネは躊躇ったが、彼女に悪意はないらしいと思い切った。同じように自分たちの置かれている立場を調べようとしたのだと説明すると、ツクヨミ4は煙草に火を付けながら言った。


「結局そうなるんだ。繰り返し、繰り返し――誰かがケリを付けるまで」


「あんたに、それをする気はないの」何が、というように目を向けたツクヨミ4に、アカネは続けた。「〈母さん〉だよ。あんたの話には一度も出てこなかった。あれは一体何なの。ドクター・ベンディスと同じ人工知能?」


「多分ね。いずれにせよ、もうぶっ壊れてる。彼女は変化する状況についていけずにいるんだ。だから何もかもが矛盾だらけで、毎回私は混乱する。誰かが彼女と対決しなきゃ、こんな無意味な輪廻がいつまでも続くことになるんだ」


「じゃあ、やりなよそれを! このままじゃ月も地球も、全部滅茶苦茶に――」


 ツクヨミ4は笑った。その意図がわからずにいたアカネに、苦々しく言う。


「私を誰だと思ってるんだい。私はあんただよ。そういう英雄じみた事は性に合わない。私は人類に義理なんてないよ」


「でも、あんたは何とも思わないの? 〈アーカイバ〉は、トキコは、人類のために一生懸命頑張ってる。それを見て何か――」


「トキコ? 矢田時子の事?」


 素の顔で問われ、アカネは悟った。


「あんた、過去の記憶、ないの?」


「思い出してはいる。たまたま彼女は隣のクラスだったみたいだけど、話した覚えはない。その事?」


「最後の記憶は、何年?」


「2020年の3月。それがどうかした?」


 時子と同じクラスになって急速に親しくなったのは、それから一月後のことだ。


 水沢茜、ツクヨミ4、そしてツクヨミ7としての自分と、アカネとしての自分。他にも3も5もいただろう。あるいは他の何かも。自分たち、あるいは彼女たちはマッドサイエンティストに憧れる変人という同じ特性を持ちながらも、それぞれ別の道を進んだ。自分がピピに言った通りだ。同じ人間であっても、経験の積み重ねで全く別の存在になり得る。水沢茜は〈娘たち〉の創設者として引くに引けない立場に追い込まれた。ツクヨミ4は疲れ果て賢者として隠遁することを選び、そしてアカネは、混乱している。


 丑寅は袁山を挟んで反対側だ。殊更急ぐ気にもなれず、ピピを街道に沿って走らせる。


 ツクヨミ4は自分とアカネの記憶に差があることを重要なヒントと捉えている様子ではあったが、手持ちの情報では理由の推理も出来ない様子だった。結局彼女は新たな何かを求めて何処かに行ってしまう。意図を尋ねる気にもなれなかった。彼女は事態に干渉する気は毛頭なく、放浪の旅に満足している様子だった。


 アカネもトキコと出会っていなければ、そんな人生に落ち着いていたような気がする。地球全体がどうなっているかを見て回りたい欲求は今でもある。しかし今はそれよりも、〈母さん〉に対する複雑な想いに束縛されていた。


『うーん、やっぱりわかりません』未だに理解できない様子で、ピピは繰り返し尋ねてきた。『つまりご主人様αとご主人様βは、同じ遺伝子を持ってるのですよね? 設計が同じであれば出来上がった物も同じ。だというのにお互いにお互いを理解できないのですか?』


「当然だろ。経験が異なれば、異なった思想を持つようになる」


『しかし森羅万象、出来事は積み重なれば積み重なるほど平均化されるはずです。であればα様もβ様も、同じ地点に収束するのが理屈でしょう』


 それも道理だ。


「けどね、人間の脳ってのは、そう簡単に収束しない仕組みなんだよ。何処かで発散しちまう。捕らわれちゃうんだ。それでαとβは別物になる」


『あっ! ワタクシ、ものすごい悟りを得てしまったかもしれません。それもまたヒトという存在が多様性を持って危機に対応するための仕組みなんでしょうきっと。しかし一方でそれが統合を阻害しているのですから、なんとも皮肉なお話です』


 それからもピピは何事かをべらべらと話し続けていたが、相手の正体を考えると全然頭に入ってこない。結果アカネはついに、思い切って尋ねた。


「それよりピピ、あんたエイリアンなんでしょ」答えがなく、茜は焦れて言った。「あんたは一体、何者なの。あんたの意識は、一体どこから来てるんだ?」


 ピピッ、とスピーカは音を鳴らし、相変わらず緊張感の欠片もない合成音声を響かせた。


『うーん、何のお話だかよく分かりませんね。それより新しい曲を思いついたのですが』


「待て。今度という今度は誤魔化されないよ。さぁ、言うんだ。あんたは何者だ?」


 沈黙が落ちる。セレネもアカネの背に身を乗り出して答えを待ち受けていると、やがてピピは気だるそうに言った。


『あまりそういうことは、考えても仕方がないと思うのです。答えがなさそうな問いのようですし。だいたいそういう難しいことを考えると、ワタクシは、だんだん、眠く――』


「ピピ?」


 ピピの稼働を示すインジケータの点滅が、次第に緩やかになっていく。これまでに見たことのない動きだ。それでアカネは焦って何度か彼に呼びかけると、すぐに相変わらずのピピッという電子音に続いて声が戻ってきた。


『はっ、一体何が? あぁ、ご主人様、ご機嫌は如何ですか?』


「――何かブロックされてるんじゃ?」


 セレネが言う。恐らくそうだろう。ピピ――あるいはMMWのコアとして処理された粘菌――には、必要以上の回路が出来ないようプロテクトがかかっている。


 アカネはピピに運転を任せながら、その制御を外せないかOSを改める。一方のセレネは、ツクヨミ4がくれた記録を読み続けていた。彼女の本体であるセレーナもやはり、〈娘たち〉において主要な位置を占めていた。各国政府の事情に通じ、主に政略面で組織を導いた。彼女が一番驚いたのは、セレーナに娘がいたことだった。2039年という様々な状況が差し迫った状況で生まれたらしいが、夫が誰なのか、それからどうなったのか、記録は一切ない。あるのはただ一枚の写真だけだった。


 その毛糸に包まれたマシュマロのような代物を眺め続け、最後に彼女は呟いた。


「不思議。私じゃない私のお話だけれど、なんだか落ち着かない気分になる」

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