7. キャラバンとサルベージャ
キャラバンの男は言っていた。あんたは〈魔女〉か、と。そこに何か差別的なものを感じていたが、その理由がようやくわかった。どうやら世界がこんな風になったのは、〈魔女〉と呼ばれる科学者集団か何かが操るハイテクの所為だと思われているらしい。
それが本当かどうかわからないが、寓話的に恐れられるようになるほど時が経っているのは確かだ。結果として彼らは機械部品を使いはするが、高度な修理を行うことは出来ず、使い潰していくだけという状態になっているらしい。
けれどもアカネが飯の種に出来そうな技は、それくらいしかない。
食事を平らげ、どうしたもんかな、と考え込んでいると、トキコが横から顔を覗き込んできた。
「どうしたの?」
アカネは少し躊躇ったが、時子の顔に気が緩んでしまったらしい。昨日から続く混乱にパンクしそうになり、正直に口にした。
「いや。ぶっちゃけた話、私全然お金ないの。行く当てもない。面倒見てくれてありがたいんだけどさ、『アレ』が駄目なら何のお返しも出来ないし。働こうにも私なんぞに何が出来るもんやらと――」
「あら、駄目だなんて言ってないわ」首を傾げるアカネに、トキコは笑顔で続けた。「ただ、やり過ぎだって言ったの。あぁいう、何か中を探るようなのは。ちょっと来て?」
手を引かれて宿屋の裏手に回る。そこは例の山から流れてくる川に面していて、川辺から続くパイプの先にポンプが付いている。
「例えばこれだけど、直せたりする? 最近調子悪くて、時々止まっちゃうの」
「あぁ、そういや昨日、シャワー何度か止まってたわ。これは直していいの?」
「直してくれたら助かるわ。最近じゃ、まともに動くポンプは十ギガにもなってるから。とてもそんなに払えない」
早速工具一式を借りて、あぐらをかいて分解してみる。錆だらけなのは仕方がなかったが、内部に白くて細かい結晶のような物がこびりついていた。
カルシウムだろうか。削り取って舐めてみると、強烈にしょっぱかった。顔を顰めて唾と一緒に吐き出していると、トキコが楽しげに言った。
「何をやってるの? それは塩に決まってるじゃない。そんなに中で固まってたのね」
「え? 川に塩? なんで」
「なんで、って――川水には塩が含まれているものでしょう?」
「じゃあ、私が浴びたシャワーも塩水だったの?」
「そうだけど――まさか飲んじゃった?」
なんだか髪がカピカピすると思った。
あの山には塩の鉱脈でもあるのだろうか。やっぱりこの土地は、何かが妙だ。
とにかく海水用に作られているならまだしも、淡水用のポンプがこんな使い方で長持ちするはずがない。配管とフィルターにこびりついた塩を取り、気休めに鉄のパネルをプラスチックに変える。あとはやっぱり、樹脂の類いが腐りかけていた。何か代わりになりそうなものは、と、この街なら何処にでもあるジャンクの山から使えそうな物を探し出す。
とりあえず多少はマシに動くようにすると、トキコは目を輝かせて喜んだ。そしてあれやこれやと、他に調子の悪い物を押しつけてくる。手強そうなのは大型のボイラーだ。いちいち部品も探しに行かなければならないし、工具も足りない。とても一日で終わる仕事ではない。
「いいのよ、宿代代わりに働いてくれれば」
果たして彼女にとって割に合う取引なのだろうか。疑問ではあったが、アカネはその好意に縋るより他に手がなかった。
何日か宿屋中のあちこちでハンマーを振り回し溶断の火花を散らしていると、主な客であるキャラバンのむさ苦しい男たちが興味深そうに眺め、声をかけてくる。車の調子が悪いから見てくれないかというのだ。
「いいけど、五十メガ頂くよ。ちゃんと直ったら五百メガ。材料費は別。びた一文まける気はないからね」
だいたいこの街の相場と技術レベルを把握していたアカネは、強気で出ていた。自称修理屋というのは、経験を元に適当に配線をつなぎ合わせ、動く組み合わせを探す程度の連中だ。アカネならば電圧の調整だって出来るし、材質から強度だってだいたい計算できる。
トキコの忠告を元に、やり過ぎには注意していた。だがいつの間にかアカネの噂はキャラバンの間で広まったらしく、彼らは修理目当てでトキコの宿に訪れるようになっていた。アカネは彼らの話題――時代が変わって変わらない物の一つ、酒と女の馬鹿話――には興味なかったが、周辺の事情を知りたくて可能な限り話に付き合った。
キャラバン組織は、大きく分けて二つある。一つは〈月下〉の環状街道を巡る連中で、これはローカル行商だ。彼らは月の真下にある袁山――きっと山月記の袁サンからだろう――と、それを取り巻く広大な砂漠は避け、盆地の縁を囲むようにして点在するオアシス都市を巡っている。主に扱っているのは、地元の雑貨や消費財だ。
もう一つのグループは、〈月下〉とそれ以外の通商を行っている、遠距離商だ。
高く深い山脈に囲まれた〈月下〉と、その外を繋ぐ回廊は三つある。ここの丑寅、南の辰巳、そして西の酉。主要な回廊は辰巳らしいが、色々な事情があって通行が難しい場合に丑寅が使われているらしい。
彼らがもたらすのは、主に旧時代の遺物、機械や雑貨、化学繊維の服飾類だ。保存状態のいい物も相当数あり、アカネは興味を持って尋ねる。
「おっちゃん、こういうのってどっから手に入れんの?」
「サルベージャからだよ。埋まってる工場や倉庫を探して掘り出す連中だ。大抵は棄てられた集落を漁ってるが、手つかずのでかい倉庫なんか見つかれば一攫千金」一攫千金、という言葉に目を光らせたアカネに、男は付け加えた。「けどま、大抵は噂に騙されて野垂れ死ぬのがオチだな。街が棄てられるのには理由があるんだ。やばいのに汚染されてたり、始終洪水が来たりな。最近は盗賊や犬のエサになっちまうことも多いし。割に合わない商売だぜ?」
キャラバンは必ず五、六台の車で移動し、用心棒もついている。彼らが携えているのは、主に電磁力で鉄の玉を打ち出すコイル銃だった。どうやらアカネの知る火薬を用いた銃は、随分前に撃ち尽くされてしまったらしい。たまに見つかったとしても〈連合〉が奪い取ってしまう。
随分前から耳にしていた〈連合〉は、〈月下〉の東にある大きな勢力だという。とにかく影響範囲を広げるのに熱心なようで、話を聞くに、ある程度統制の取れた軍事国家らしい。
地図も見せてもらった。だがGPSもないこの世界では、縮尺は全然当てにならない。彼らにとってはどの方向に何キロ、というのがわかれば十分で、それ以上の物は必要とされていないのだ。
それでもアカネは旧世界の姿を探すため、必死になっていた。
予想はしていたが、〈月下〉は赤道付近にあるようだ。でなければ月と太陽が真上にあるはずがない。だが問題は場所だ。東南アジアなのか。アフリカなのか。南アメリカなのか。
しかしアカネは地図をどう見ても、過去の海岸線を探すことが出来なかった。
「おっちゃん、日本、ジャパンって国、知ってる?」
恐る恐る尋ねる。一瞬男が喜色を浮かべたのに期待したが、内容は喜べる物ではなかった。
「そりゃメイド・イン・ジャパンは大歓迎だよ。え? 今どうなってるかだって? 潰れちまってるに決まってんだろ、そんな昔の国なんて。どっかに日本人の集落があった気がするが、忘れた。忘れたって事は、全員死んじまったんだろきっと。〈月下〉の外には、そんな集落が山ほどある」
日本語は死語、というトキコの言葉から予想はしていたが、なんとも悲しいお話だ。
結局彼らの知っている世界情勢というのは、この程度だ。〈月下〉の東には無数の集落があり、最後には〈連合〉の支配下にある大きな港に行き着く。そこから南は砂漠があり、先のことはわからない。西の酉の先には昔から続く大きな都市があったが、先日大きな地震で潰れたらしく、音信不通でよくわからない。その先は何かに汚染されていて住めないらしい。
要は彼らにとっても〈月下〉が世界の大部分で、それ以外のの見聞は乏しいようだった。それはそうだ、彼らの大半は安全な経路を往来する行商で、冒険家などではない。そして冒険をするキャラバンは、殆どが行方不明になる。
「あんたは実感ないかもしれんが、〈月下〉はいいところだぜ? まともに飯が食えるってだけで十分だ。外なんか酷いもんだぜ。みんな腹をすかせて、常に地震だの津波だの、洪水だのに怯えてる」
どうやら地球は、相当に壊れてしまっているらしい。
原因は、頭上に静止する巨大な月なのは間違いない。
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