8. 魔女狩り

 ピピのことは、未だトキコにも秘密にしていた。電子工作をしたくらいで〈魔女〉扱いされるのだ、自在にしゃべる機械など持ち出したら殺されてしまいかねない。時々暇を見てピピの様子を確かめに行っていたが、それだけ危険な代物なら、逆に手元に置いておかないと心配だ。誰かに発見されてからでは手遅れだ。


 けれどもある日、遂に恐れていた事が起きてしまった。キャラバンから稼いだジュールを移そうとピピの元に向かうと、数人の子供たちがガソリンスタンドの廃墟に集まって騒いでいたのだ。見覚えのある五人組で、暇を持て余しては街の何処にでも姿を現す。ピピを隠していたビニールは剥がされ、キャノピーの中を覗き込み、フレームの上で飛び上がり、タイヤを蹴ったりしている。


 ポンコツのオンボロとはいえ、それはアカネの記憶の中にある現代社会と比較してのお話だ。〈月下〉ではピピほど状態の整った機械はついと見かけたことがなく、彼らは大喜びで各所を弄り倒している。


「こらー! なにやってんだお前らー!」


 アカネは叫んだが、連中に可愛げがないのは承知していた。一斉に動きを止めはしたが、大将格の十三才くらいの男の子がアカネを認めると、仏頂面で答える。


「なんでもいいだろ。どっか行けよオバサン」


「何でも良かないよ。それは私のなの!」


「証拠でもあんのか? 俺たちが見つけたんだから、俺たちのもんだ」


 参ったな、と大きくため息を吐いて、ポケットを探る。トキコからおやつにと貰った一口ドーナツだ。


「ほら、これあげるから。どっか行きな」


 五人中三人は釣られそうになっていたが、大将の表情を窺っている。一方の彼は腕組みして考えてから、答えた。


「そうだな。じゃあほんとにオバサンのだっていうなら、こいつに乗せてくれよ」


「乗せたくてもジュールがないんだよ。だからここに隠してんの」えぇ、と子供たちは一斉に不平の声を上げる。「そうだ、ちょっと待ってな。代わりに面白い物、作ってやる」


 何十年、何百年経ってるか未だにわからないが、生き残っている文明の残滓は機械だけじゃない。代表的なのはペットボトルだ。これは時々キャラバンが運んできて、住民は水筒や収納瓶代わりに活用している。


 アカネも水筒代わりにしていたそれを取り出すと、ピピの整備のために持ち込んでいたコンプレッサで空気を入れ、ジャンクで作った発射台から飛ばしてみせる。


 水を吹きながら飛んでいくペットボトルロケットに、子供たちは大喜びした。


「羽とか付けたら、もっと飛ぶよ。やってみな」


 彼らは代わる代わる川に走っては水を詰め、一通り楽しむと改造を始める。アカネはもう大丈夫だろうとピピに近づくと、ポケットの中のイヤホンを耳に突っ込んで彼に言った。


「大丈夫? 何も言ってないだろね」


『大丈夫じゃないですよ! ワタクシ、ぶち切れる寸前でした!』


 果たしてピピにロボット三原則は実装されているのだろうか、と疑問に思いつつ、財布代わりのポータブルバッテリーからピピに充電する。キャラバンの連中から稼いでいるとはいえ、トキコに宿代をちゃんと払うようにしたから二ギガジュールも貯まっていない。


 アカネには目論見があった。あの月の真下にある袁山には、ピピをはじめとして沢山の機械が眠っていた。それを持ってくれば沢山ジュールを稼げるだろうし、トキコに恩返しも出来る。そしてジュールがあれば、次の行動――未だどうしていいのかさっぱりだが――にも出やすくなる。世の中金だ。


 しかし山からここまで来るのに一ギガジュールくらいかかった。往復で二ギガだし、また例の犬みたいなのと戦うことになったら、もっとかかる。


 はてさて、何か手っ取り早くジュールを稼ぐ方法はないもんかな。


 そうぼんやりと飛び回る子供たちを眺めていると、ふと頭上が暗くなってきた。日食の夜だ。


 それを見て、子供の一人が大将の裾を引く。すると彼も慌てた様子で、アカネに遠くから叫んだ。


「じゃあな! 暇だったらまた遊びに来てやる!」


 はて、どうしたのだろうと思いつつ応じる。


「いいけど、ここのことは誰にも言うんじゃないよ! じゃないと絶交!」


「わかってるってオバサン! じゃあな!」


 口止めが効けばいいが、と思いつつ彼らを見送ったが、一人足りない。果たしてイマイチ輪の中に入れていなかった賢そうな子が、ガレージの壁に寄りかかって難しそうな顔をしていた。


「どうしたの。あんたは帰らないの?」


 尋ねると、彼は口をとがらせつつ吐き捨てる。


「〈昼の夜〉はゲートの外に幽霊が出るだなんて、大嘘だ」


 なるほど、街の子たちは、そんな風にして躾けられているのか。


 アカネは感心しつつ、言った。


「ホントだよ。危ないから、暗くなる前にさっさと帰んな。親御さんも心配するよ」


「親なんていないから平気」


 色々と事情がありそうな子だ。


 とはいえ、丑寅の街はそれほど無法地帯じゃない。きっと保護者のようなものがいるだろう。いざとなったらトキコに預ければいい。彼女は街の行政機関代わりになっている商業組合のメンバーだから、上手いことやってくれる。


 そう男の子を促そうとしたが、彼は厳しい目つきでアカネを見つめた。


「こいつが充電されてないってのも嘘だ。ちゃんと動く」


 参った。扱いを間違えては、ピピのことを言いふらされかねない。


 アカネは思案したあげく、言った。


「詳しいんだね。どこで習った」


「父さんは修理屋だった。この街で一番だった」


「そのお父さんが言ってたのかい、幽霊なんて嘘だって」


「ただ暗くて危ないから注意しろって。だから注意してる。ライトだって持ってる」


 ポケットからLED照明を取り出して光らせる。


 きっと論理的に育てられた子なのだろう。ひょっとしてこれはチャンスかもしれないと思い、アカネは尋ねた。


「じゃあ〈魔女〉ってのも嘘?」


 どうも〈魔女〉の事に関してだけは、トキコも口が重い。キャラバンの連中も話を避けたがって、未だによくわかっていなかった。それでアカネは文明が退化した結果の迷信じゃないかと思い始めていたが、少年は強く頭を振っていた。


「〈魔女〉は本当にいる」


「お姉ちゃん、遠くから来たからよく知らないんだけどさ。〈魔女〉って何をしたの」


 少年は頭上にある黒々とした穴――太陽を覆い隠した月の影を指し示した。


「アレを落とそうとしたんだ。それで世界が滅茶苦茶になった。だからみんなで止めた」


「あの、月に繋がってる柱は何なの?」


「〈ミハシラ〉だよ。〈魔女〉はあれで月を地球に引っ張った。それで袁山が出来たんだ。おばちゃん、ほんとに何も知らないんだな。あの山には〈魔女〉の巣があったんだ。だから今でも化け物がうろついていて、誰も近づけない」


「へぇ。でもあんな物で、月を引っ張れるもんなのかね」


「それは本当かどうかわからない。わからないけど、昔はそんな途方もない事も出来たかもしれないって、父さんが言ってた」


 わからないものを、わからないとするのは難しいことだ。相当賢いお父さんだったのだろう。


「それで今でも、〈魔女〉がそこら辺に潜んでいて悪巧みをしている」


「そういうこと」もうこの話に飽きたようで、少年は地に目を落として石を蹴った。「でも本当のところ、〈魔女〉も本当にいるかわからない。父さんは言ってた。証拠がないものは信じるなって。本当の〈魔女〉なんて、誰も見たことがないはずだって」


「どういうこと?」


「〈魔女狩り〉のせいだよ。だからみんな、〈魔女〉もいるって信じてる」


 薄々、事情が見えてきた。


 少年が言うに、〈魔女狩り〉とは〈魔女〉の企みを防いだ組織の末裔らしい。彼らは高度なテクノロジーを駆使する人物がいるという噂を聞くと、現れては関係者もろとも抹殺する。それでトキコも、あれほどに恐れていたのだ。


「昔、この丑寅と辰巳の間には卯の集落があった。でも誰かが〈魔女〉をかくまってるって噂が出て、何日かしたらみんな殺された」そこで少年は、慌てた様子でアカネを見た。「これは本当だ。父さんが燃やされた街を見たって」


 これも賢い少年を蒙昧な社会から守るための、父親による高度な嘘かも知れない。それを壊すのは申し訳なかったが、好奇心に負けて言った。


「〈魔女〉に〈魔女狩り〉。ホントかねぇ。それこそ証拠は?」


「あるさ!」


 断言され、少し拍子抜けした。見守る間に少年は鞄から画面の割れたタブレットを取り出し、操作を加える。そして差し出された画面には、廃墟と化した家と、そこにたたずむ一体の影が映し出されていた。


「父さんが撮ったんだ。誰にも言うなよ? 言ったら俺も、この車のことばらしてやるからな!」


 少年の言葉の半分も聞こえていなかった。


 卯の位置にある集落は、十軒ほどしかない街道の中継点だったらしい。しかしその全ては焼き尽くされ、黒々と燻っている。鉄も赤黒く溶け、紙は灰になり、歪んだ遺体が転がっている。


 その中心に立っているのは――ピピとよく似た、一体の人型ロボットだった。

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