9. 修理屋

 少年の名はミルといった。金髪青眼の、黙っていれば可愛げのある子だ。けれども常に眉間に皺を寄せていて、何か言っても口答えしかしない。典型的なクソ餓鬼だが、彼自身、頭が良いものだから他の子たちがクソ餓鬼に見えてしまうのだろう。それでどうも、子供たちの輪の中で浮いてしまっている。


 とにかくこのままにはしておけない。なんだかんだと文句を言う彼を説得して、アカネは街の中に戻った。


 〈昼の夜〉は格好のシエスタと言えなくもない。街中昼食の良い香りに包まれていて、人通りも少なくなる。ミルの灯す電灯に導かれて進む間に、アカネは色々と考え事をしていた。


 一番は、やられた、という悔しさだった。この世を破滅に導いた〈魔女〉、そしてそれを根絶やしにしようと活動する〈魔女狩り〉の集団。どちらもいい感じの秘密結社で、この衰退していく文明の中で異彩を放っている。もしここが緩やかに滅んでいくだけの世界ならば、何か適当な理屈でもって、害にもならない馬鹿げた組織を作るのも楽しいんじゃないかと思っていたのだ。しかし既に、存在する。しかも結構気合いが入っている。


 何とかして、どちらかの組織に入り込みたい。


 アカネは考えたが、あまり冗談にならない雰囲気もある。問題はピピだ。少年の父親が撮影したという〈魔女狩り〉の画像は、ピントがずれていて詳細はわからない。けれどもピピと類似した型の機械なのには違いなく、するとアカネは彼らの使い捨てたロボットを勝手に拝借してしまっていることになる。


「それで〈魔女狩り〉って、何処の誰なの?」


 尋ねてみたが、ミルは答えを持たないようだった。彼らはどこからともなく現れ、〈魔女〉と、〈魔女〉に関わった人々を虐殺して去って行く。


「だからおばちゃんも、変なことしない方がいいぜ。じゃないと〈魔女〉だって噂を立てられて、〈魔女狩り〉に殺さる」


 それも手かな、と思い始めていた。もしアカネが〈魔女〉だと噂が立てば、〈魔女狩り〉をおびき寄せる事が出来る。そこで上手いことやれば――と考えていたが、トキコの顔を見てそんな夢想は吹き飛んだ。もし〈魔女狩り〉がやってくれば、間違いなく彼女も危険にさらされる。そんなシリアスな状況は、アカネの悪役美学に反する。


「トキコ、あの子にも何か食べさせてくれる?」


 ミルを中庭のテーブルに待たせて言うと、カウンターの奥の彼女は何故だか酷くおかしそうに答えた。


「あら。類は友を呼ぶってやつね」


「どういうこと?」


「あの子も変わり者だもの。気が合うだろうと思ってた」


 なんだか少し悔しかったが、それは押しとどめて尋ねる。


「なんか、お父さんが亡くなったって? 何があったの」


 トキコは表情を曇らせ、支給に運ばれてきたパンとスープを口にし始めるミルを眺めつつ言った。


「腕のいい修理屋さんだったんだけど。それこそアカネみたいにね。でも談合とかに一切加わらなかったものだから、同業者さんたちに疎まれちゃって」


「殺された?」


「まさか! でも悪い評判を流されちゃって――あら、噂をすれば」


 振り返ると、四人の男たちが宿に入り込んでいた。見覚えのある修理屋たちで、彼らは混雑する中庭を見渡し、アカネを見つけると人混みをかき分けて寄ってくる。


 面倒くさい話なのは確かだ。カウンターのスツールに半分腰掛けて待ち受けていると、先頭にいたゴムエプロンの髭男がアカネを睨み、見下ろして威嚇してくる。


 仕方がなく立ち上がった。百七十五センチの身長は、こういう時くらいにしか役立たない。逆に見上げる形になった男は顔を真っ赤にしながら言う。


「あんた、修理屋やるなら俺たちに話を通して貰わなきゃ困る。キャラバン連中の仕事を全部もってかれて、商売上がったりだ」そして涼しい顔を続けているトキコに顔を向ける。「姉ちゃん、あんたもだ。それくらいのこと知ってるだろ。場所を貸してるだけだなんて言い訳、通ると思うな? こっちは亡くなったお母さんの手前、顔を立ててやってんだ。だがあんまり俺たちを無視するようなことを続けられると――」


「あら、お葬式に来ていただけてたかしら? 覚えがないけれど」


 ゴム男は硬直し、アカネに顔を戻した。


「とにかくあんた、わかるだろ? 仕事の量は限られてる。ただでさえここんとこ西の街が砂漠に飲まれたとかで、向こう目当てのキャラバン連中も来なくなった。ここはお互い様でやってこうじゃないか。そうすりゃいずれ――」


「お互い様って、どういうこと? そっちに仕事を回せって?」


 男は両腕を開いた。


「回せなんて言ってない。だが手に余る仕事もあるだろ。そん時は俺らを紹介してくれればいいってだけの話だ」


 なかなかいい感じの小悪党だ。色々と弄り甲斐がある。それでアカネは扱いを悩んだが、どうにもトキコの言葉が気にかかり、曖昧に答えるだけにした。


「わかったよ。考えておく」


 わかればいい。そんな風にゴム男は肩をそびやかし、連れに合図をして店を出て行く。途端にトキコは苛立たしいため息を吐いて、ザルに乗せられていた根菜を大包丁で切り刻み始めた。


「あの人たち、大嫌い。最低限の品もないのが最悪」


 アカネは苦笑したが、ふとテーブルのミルが目に留まる。不思議なことに少年は、彼らを親の敵のように睨んでいた。


「実際、親の敵よ」トキコはアカネの視線を追って言った。「お父さん、あの人たちに殺されたようなものだから。〈魔女〉かもしれないだなんて噂を立てられて。誰も寄りつかなくなっちゃって。私たちは気にしなかったんだけれど、結局居づらくなったのね。サルベージャみたいな仕事を始めて遠出するようになったんだけど、一年前に出かけたっきり――それであの子は今は叔父さんに面倒を見られてる。けどあんまり世話好きな方じゃなくて。私も見かけたら相手をしてあげてるんだけど」そして満面の笑みを浮かべる。「良かったらアカネも、時々遊んであげて?」


 それでアカネは、連中を支配下に置いて修理屋カルテルを作るだなんて夢は棄てることにした。あまり気乗りのしない役割ではあるが、ここでは正義の味方が不足しているらしい。


「トキコ、ゲートの外にガソリンスタンドの廃墟があるの、知ってる? 一応屋根があって、ガレージが付いてる」


「えぇ。それが?」


「実はそろそろ、自立しようかと思って」


 あそこで新しい修理屋を開く。思いつきだったが、それがピピを手元に置いておきつつ、トキコに無用の面倒を負わせない、良い案のように思えた。


「駄目よ! 外は自警団の目が及ばないわ。いつ盗賊や野犬に襲われてもおかしくない」


 そう彼女は反対したが、現実問題として宿の裏はジャンクが山積みになり修理業も限界になりつつある。キャラバンの車を長いこと停めておく事も出来ないし、広い場所が必要だ。


「そんなこと言って。あんな人たちの事なら、私は平気よ? 気にしなくていいのに」


「大丈夫。ご飯は毎日食べに来るし、何か壊れたら格安で治してあげるから。心配しないで」


 とても納得していないようだったが、彼女は最終的にアカネが引っ越すことを認めてくれた。


 引っ越しは顔見知りのキャラバン連中が手を貸してくれた。ジャンクパーツ類や大物の工具を車で運び、ガソリンスタンドの周囲に廃材を積んで簡易的な塀も作ってくれた。あとは夜になってからピピを使い、砂を掻きだして天井を修理する。


 しかし実のところ、あまり周囲を整えている余裕はなかった。宿屋では、設備が足りなくて無理と断っていた車が幾つかあった。それがここならばジャッキアップして治すことが出来るし、モーターの交換だって可能だ。そうした本格的な修理が必要な車が、引っ越しを聞きつけて次々とやってきていた。


 こんな繁盛、いつまで続くかわからない。出来れば色々と工作機械も欲しいし、まともに動くコンピュータも手に入れたい。


 そうアカネは昼夜を問わず働き、二週間ほどでようやく息をつけた。街と同様に周囲には風車を巡らし、川には水車を設置し、黙っていても多少のジュールは手に入る。修理屋組合の連中は、アカネが本格的な修理業を始めたので裏切られたと思っているらしい。街から訪れる客は次第に減っていたが、アカネは気にしなかった。こちらにはキャラバンという強い味方がいるし、彼らは実力現実主義だ。もはや街の修理屋は一見さんの行くところになっていて、事情を知ってる連中はアカネの店に来る。


 こういう暮らしも悪くないかもな、と思い始めていた。しかし割れた天窓から覗く巨大な月を見る度に、否応もなく恐怖と焦りを覚えてしまう。目を覚ましてから一月近く経とうというのに、未だに自分がこんな事になっている理由が、何一つわからない。

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