三章 解かれる封印

3.1. 始まりの射撃

 アカネは唇を噛み、即座に状況を分析する。敵は二十人前後、全員が旧世界のライフル銃を手にしている。まともに戦えば危ういが、かき回せば何とかなるかもしれない。


 考えつつ、ハンドルに増えているトリガーに指をかける。既に全員、ピピがロックオンしていた。レールガンは生身の人間相手には強力すぎる武器だ。一発撃てば、目標だけでなく周囲の数人も粉々になる。上手く立ち回れば勝てるかも――


 そこでトキコに肩を掴まれ、作戦に致命的な穴があるのに気づいた。二人乗っていては変形できない。左右は崖に塞がれている。変形できなければ動ける範囲が狭まり、かといって彼女を外に出せば真っ先に狙われてしまう。


 であれば、レールガンを乱射しつつ正面突破。戦うならばそれしかない。あとはピピの装甲が保ってくれるのを願うだけだったが、新たに頭上からロックオンの音が響き、全ての作戦を白紙にするしかなかった。崖の上で、ロケットランチャーを携えた男が狙いを定めていたのだ。


「こりゃ駄目だ」


 ハンドルから手を離し、キャノピーを開く。トキコも同意見なのだろう。アカネに倣い、マーティンを睨み付けながら両手を挙げる。それを見て彼は何度か頷き、二人に歩み寄ってきた。


「俺を馬鹿だと思ってるだろ? 適当な出鱈目で追い払えたって。けど馬鹿はそっちだ。簡単な策に引っかかって動き出すんだからな」


 ずっと泳がされていたということか。


 アカネが渋い表情を浮かべている間に、兵士数人が近づいてくる。彼らは乱暴に二人の腕を捉え、結束バンドで縛り上げた。反抗しても仕方がない。アカネはされるがままになっていたが、トキコは怒りの表情でマーティンに叫んだ。


「じゃあ丑寅の施設も? みんなをどうしたの!」


「どう? どうって、その、みんな集めて、捕まえて、うちの技術者とかが色々話を聞いてる。〈魔女〉はどいつこもいつも、さっぱりわけがわからない。無理だろう! なんとか方程式とか、なんと現象とか、意味不明なことばかり言う! こっちの頭がおかしくなりそうだ! でも、トキコだっけ? あんたは何か普通に話せそうだし、普通に話そ? それでそっちの大きいのは、えっと――」何かを思い出そうと眉間に皺を寄せたが、すぐに頭を振った。「いや、誰でもいいや。おい、一緒に乗せとけ」


 二人は兵士に装甲車の一つに追い立てられていく。その間にトキコはアカネに囁いた。


「ピピは?」


「自閉モードに入れといた。連中じゃパワーは入れられない、はず」


 早速数人の兵士が珍しそうにピピを改め始めたが、今の状態ではジュールの切れた電動バギーにしか見えないだろう。どこまでピピが辛抱できるかにかかっていたが、三十分ほど装甲車の中に放置されていた状況からするに、どうにか騙せたらしい。結局彼らは諦めたようで、マーティンに散々詰られながらもワイヤーで牽引する手段を選んだ。


 車列は何処かへ向かって発進する。内燃機関は様々な弱点があるとはいえ、この世界の技術レベルで作られた電動車よりは相当パワーがあった。砂丘をものともせず乗り越え、高速で移動を続ける。窓は小さく外の様子は窺えなかったが、日差しの向きで向かっている方向だけはわかった。北北西、きっと亥の街だろう。やがて日暮れ頃には外に幾つかの鉄塔が見え始め、アカネの推理を裏付ける。


 外が騒がしくなってきた。窓の外にコンテナ住宅や木々が見え、かなりの距離を低速で進んだ後に、バックハッチが開いた。


 そこは亥の街の庁舎前広場だった。目の前には三十階建てくらいある、比較的原形を留めたビルがそびえている。しかしその周囲は〈連合〉の兵士たちで囲まれていた。彼らは手に手に銃を携え、一角を封鎖している。彼らの兵力を前にしては、例の何とかという自警団の女隊長も手も足も出せなかったのだろう。マーティンの言っていた増員も到着していたようで、広場は物々しい車両で埋まり、各所に野営テントが広げられていた。


 アカネとトキコは兵士に銃を突きつけられ、庁舎の中に入っていく。そこも〈連合〉の兵士たちに占拠されていて、街の役人らしき人々は一カ所に集められて監視されていた。


 二人は二階に促され、大きな会議場のような所に放り込まれた。中では様々な格好をした五十人ほどが所在なさげにしていて、その半数は見知った顔だった。丑寅の〈アーカイバ〉たちだ。エスパルガロの姿もある。したたかに殴られたらしく、右目を腫らし頭に包帯を巻いていた。彼は二人を見とがめると、苦々しい表情を浮かべながら口元を歪めて見せる。


 残り半数は見覚えがなかったが、トキコは一人の老人を目にとめると、あっと声を上げて駆け寄っていく。


「パークスさん!」


 痩せたベスト姿の老人は振り向き、短い白髪を撫で上げながら安堵の表情を浮かべる。


「トキコちゃん。無事だったか。良かった」


「それはこちらの台詞です。テンガロンの施設は〈連合〉に襲われて、全員亡くなったと聞いていて」


「誰も殺されてはいないよ。ずっと彼らに捕らわれ、協力させられていたんだ」


「協力? 一体何が――」


 そこで広間にマーティンが現れた。彼はロッドを伴っていて、上段に向かうと一同を見下ろしながら言った。


「えっと、〈月下〉の〈魔女〉って、これで全員なのかな。それとも、もっとその、色々隠れてたりとか、そんな感じ? それでこっちのリーダーっていうの? 大魔女っていうの? そういうの、誰?」


 長年、様々な監視を逃れながら活動していた人々だ。一人としてトキコに目を向ける者はいない。だがここで、またしても彼女の悪い癖が出ていた。アカネが咄嗟に掴んだ手をも振り払うと、大股でマーティンの前に歩み出る。


「あぁ、トキコ。きみがリーダーだったのね。良かった。話が通じそうな相手で」


「これは一体、何の真似ですか。私たちが〈連合〉に何をしたと?」


 あまりの気迫に、マーティンはやや驚いた様子だった。途端に身を竦め、しどろもどろになりながら答える。


「え? いやその、何って別に、何もされてないけど――」


「ならば私たちも、この亥の街だって、こんな不当に支配する法はないはずです。一体、何の、権利があって――」


 トキコが口ごもったのは、目の前に歩み出てきた人物の眼圧を受けてだった。ロッドだ。彼女は相変わらず、触れれば即殺しそうな気配を発しながらトキコの前に立ち、じっと無言で見下ろす。


 だが今のトキコは、ゴリラ熊に恐怖していた少女ではなかった。二百年も崇高な理想を持って活動してきた秘密組織のリーダーとして、ロッドの威圧を言葉でもって跳ね飛ばそうとする。


 駄目だ、見てられない。


 ロッドはゴリラ熊よりも危険な相手だ。アカネは彼女のスイッチが入るのを恐れ、人混みをかき分けつつ声を上げた。


「ちょっと! 自分の半分も筋肉もない娘をそうやって脅すのはさ。卑怯なんじゃない?」


 ロッドはアカネを認めると、口元をへの字に曲げる。


 彼女は秘密を持っている。その暴露を恐れれば、下手なことはしないはず。


 その読みは当たっていた。ロッドはアカネの上から下までをじろじろと眺めると、嗄れた声で尋ねた。


「あんた誰」


 始まった芝居に、アカネも乗る。


「彼女のボディーガードだよ。トキコに何かしたいなら、私を倒してからにしな」


 一度は言ってみたかった台詞だ。思わぬところで思わぬ夢が叶うものだ。


 そう内心喜んでいたアカネに対し、ロッドは恐ろしい視線を投げかけてくる。唐突に違和感を覚えた。とても演技とは思えない。彼女の殺気は本物で、きっかけがあれば即、アカネの首をへし折ろうとしている。


 そんな気がしてならなくなってきた。アカネは無為に動かしていた身体を調整し、足場を固め、ロッドの瞳の動きを凝視する。息を詰め、彼女の攻撃に後の先で応じようと緊張し、数秒が過ぎた。


「ストーップ! ちょっと何やってんの! やめやめ!」


 突然無防備なマーティンが二人の間に割り込んでくる。アカネは咄嗟に彼の首の方をへし折りたくなったが、それはロッドも同じらしかった。渋い顔で舌打ちし、獣じみた動きで背を向ける。


「な? 別に喧嘩する必要なんてないだろ。やめようよそういう無駄なこと」


 続けられるマーティンの台詞に、トキコが我に返って応じていた。


「なら、私たちは帰っても?」


「いやいやいやいや、そうじゃない。それは困る。とにかく話を聞いてよ。頼むよ」マーティンは拝み倒したかと思うと、様子を見守る〈アーカイバ〉たちに顔を向けた。「おい、あの、誰だっけ、あの、あっちの〈魔女〉のリーダーだった爺さん! ちょっと来てくれ!」


 歩み出てきたのは、先ほどトキコに気遣われていたパークスだった。彼は気乗りしない様子で、肩を落としトキコを見もしない。マーティンは脇に来たパークスの肩に腕を乗せると、喜色満面で指し示した。


「そう、この爺さん。多少話が出来た。それで凄いの作ってくれた。十五人であれだよ? それが倍とか、それ以上になったら、もっと凄いの作れるだろ? それだよ俺が頼みたいのは!」


 理解しがたい。


 そうトキコは眉間に皺を寄せていたが、ふとパークスを見つめて尋ねた。


「パークスさん。一体、彼らに何を教えたんです」


 彼は目を床に落としたまま、消えるような声で答えた。


「レールガンの製造法だ。彼らは既に、六門のレールガンを作り上げた」


 そこでアカネは思い出した。丑寅に現れた〈連合〉が携えていた、不思議な砲塔のこと。


 あれがレールガンだとしたなら、ピピの装備した物より何倍も強力で、何倍も恐ろしい威力を発揮するに違いない。


 しかしそれらは全て、遙か頭上に標的を併せていた。一体どうして? 何を狙っている?


『月よ。〈娘たち〉は時折、月から降りてくる。私たちが月に行けるような科学技術を持たないよう、抑圧するため』


 トキコの言葉を思い出した途端、背筋が凍り付いた。


 何かがアカネの脳裏に突き刺さる。強烈な痛みが脳髄に走り、思わず呻きながら片手に顔を埋める。その間にもマーティンは馬鹿な声を上げ続けていた。


「そう! 彼らが教えてくれたレールガン! 沢山作った! それで、〈魔女狩り〉ってのが何なのかも教えてもらった。月から降りてくる? 技術とかなんとか、そういうのを独り占めするために? わけがわからない、頭おかしいだろそんなの! 見てたら本当に落ちてくる。冗談だろ。だから撃ち落としてやった。簡単だった。つまり、おれたちが組めば、〈魔女狩り〉だか〈娘たち〉だか、あのわけわかんない連中も潰せるって事――だろ? それでおれたちが、最終技術を、独占するんだ」


 途中から彼の言葉は聞こえなくなり、アカネの目の前には恐ろしい記憶が蘇っていた。


 頭上には月。足下には地球。そのどちらも目眩がするほど巨大で、息苦しくなるほど威圧的で――そしてその中間には何もなく、心細くて、緊張に心臓が破裂しそうになり――


 そして地上から何かが超高速で突っ込んできて、アカネは――ツクヨミは虚空に弾き飛ばされ、目の前には月と地球が交互に現れ、数え切れないほど回転し、落下し続け、意識を失った。

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