第7話「それほどでもない」
「な、なんだ、こいつ!」
「なんで鎧を着たまま、空から降って来やがった!?」
粗野な感じの男たちが一斉に騒ぐ。
1人はチェーンメイルみたいなのを着ていて、背中に大剣を背負っていた。
他の2人は緑がかった革鎧みたいなのを着ている。
ああ。このカッコは親しみがある。
GMによく質問してくる、冒険初心者にありがちな姿だ。
腰に剣をさげていた革鎧の1人が片手剣をすらりと抜いた。
もう1人は、腰の後ろから短剣を抜き払う。
レベル70前後にしては、ずいぶんと安そうな武器を持っていた。
さては面倒くさがって、金稼ぎクエストのマラソンとかしなかった口だな?
「なんだよ、てめぇ!」
男の1人に訊ねられた。
どうやら名乗りが届かなかったようだ。
これは欠礼してしまった。
「こんにちは。GMです。問題を解決しに来ました」
「はぁ~? ジーエム? なんだそれは?」
「GM……それは、みなさんが楽しくプレイできるよう、みなさんの困りごとを解決する重要な役割を持つ者。つまり、みなさんの安心。
「……なに言ってんだ、こいつ」
大剣を背負った男が顰蹙を浮かべる。
「おい!」
そして顎先で、正面に立つ2人に指示をだす。
要するに、俺を排除しろと言うことだろう。
しかし、甘い。
GMを排除できるのは、運営だけだ。
「なんだか知らんけど、よけいな首を突っこむなよ」
片手剣が、俺の喉元に向けられた。
うん、やはり安っぽい。
「これはあくまでアドバイスですが、もう少しレベルに即した剣を所持した方がよいと思われます」
よけいなお世話かと思ったが、適正レベルの武器を持つことはバランスの良いプレイにつながる大切な要素だ。
「なっ、なんだと……。なら、テメーの鎧やその立派な剣や盾でももらおうか?」
「ふむ。そういう脅し行為は見逃せません」
俺は向けられていた刃を握ると、おもむろに力を入れた。
折れるかなと思ったら、握っていたところが完全に砕けた。
なんか発泡スチロールでも握り潰した感じだ。
「なっ!? うそっ……」
剣を折られた男が驚くが、実は俺も驚いた。
今、兜をはずして顔を見られていたら、鳩が豆鉄砲を食ったような俺の顔が晒されていたことだろう。
だって、まさか砕けるとか思わなかったしな。
なるほど、この程度なのか。
「くそっ!」
短剣を持った男が俺に飛びかかってきた。
これは下手に弾くと殺してしまうな。
そう考えて俺は、飛びかかってくる男の背後に一瞬で回り込んで後ろから襟首を掴んでから、かる~く放り投げてみた。
マジ、かるくだ。
「――!?」
男は喉が締まったのか声も出ないまま、地面を何回転かしたあとに身動きを止めた。
たぶん気を失っているだけで死んでいないだろう。
よしよし。いい感じの手加減だ。
森ではけっこうやりすぎてしまったからな。
やっと加減がわかってきたぞ。
「なかなかやるじゃないか、貴様……」
大剣の男が満を持したように前にでた。
なかなか大物ぶっている感じがでていて良いが、その台詞はフラグだと思う。
「しかーし、オレ様の大剣を避けられるか!?」
その両手に握られた大剣の刃が、問答無用で俺に向かって振りおろされる。
まあ、「避けられるか?」と尋ねられれば、こんな大振りなど避けられるに決まっている。
というか、別に刃が当たったところで傷ひとつつくわけがない。
だが、たぶん彼もただ避けたり、ノーダメージを見せつけるようなつまらない芸当は期待していないだろう。
プレイヤーの期待に応えるのもGMの仕事のうちだ。
「よっと!」
俺はかけ声と共に、右手の人差し指を振りおろされる刃の横から勢いよく突いてみた。
――ズポッ!
やっぱり穴が空いた。
大剣の刃の腹に、指が刺さっている。
そしてそれがまるで留め金になったように大剣は途中で止まってしまった。
「――ふんぎゃらぼっぺっ!?」
大剣をもった大男が、謎の言語を話しだす。
GMの翻訳機能でも意味がわからないぞ。
「ですから、安い武器はよくないですよと言ったのです。きちんとレベル帯にあった武器を所持した方がスムーズなプレイが楽しめますよ」
俺はそう親切にアドバイスしてから、大男の胸にかる~く、マジかるくパンチを入れた。
すると男は着ていたチェインメイルを弾き飛ばしながら後方に吹き飛んでいく。
「す……すばらしい……」
その吹き飛ばされたすぐ近くに、最後の偉そうな貴族風の男が立っていた。
彼は持っていた杖の先で俺を指してくる。
「その立派な鎧、そして強さ……わしが知っている王国騎士を超えておる!」
「それほどでもない、かと。GMだから無敵なだけです」
「ジーエム……貴様の名か?」
「いえ。GMは私の天職の名」
「……ん? まあ、よいわ。その強さ、わしの為に使わんか? そこの役立たずの男3人分……いや、倍の6人分は金を出すぞ!」
「GMの価値は強いことではありません。ルール、ポリシー、いわば正義を守ることにあります。そして正義は金では動きません」
いや、まあ、報酬はもらっていたけど。
「そうか。正義か。わしの言うことを聞かないなら……仕方ないな、死ね!」
――バシュッ!
杖の先から煙と共に爆音がなった。
そしてすぐさま、俺の鎧で高い金属音が鳴り響く。
「ああ。それ、仕込み杖でしたか。銃の技術もあるのですね」
「ば、ばかな……傷ひとつついていないだと……」
「この赤き正義の鎧の胴には、ダメージ無効の効果がありますからね。つまり、悪の弾丸など通りません」
あ、正義の弾丸も通らないけどね。
「なっ、何を言って……」
「しかし、あなたは少々やりすぎですね。反省をしてもらいましょうか」
「は、反省だと!? わしはこの街の町長だぞ! わしに逆らえばどうなるか……」
「あなたが誰でも関係ありません。私にとっては、あなたも――」
「ま、待ってください!」
突然、割って入ったのはカクちゃんだった。
振りむくと彼女は、泣きそうな顔でそこに立っていた。
「もう、もういいですから。町長さんも早く帰ってください!」
彼女の声にビクッと体を震わすと、町長と名のった男は狼狽あらわに馬車に逃げ帰っていく。
本当は、静かな場所でゆっくりと話を聞いて、じっくりと反省をうながしたいところだったが、被害者であるカクちゃんがそう言うならば仕方がない。
俺は親切に、気絶していた部下たちを拾ってから馬車に放り投げ、黙って見送ってやることにした。
アフターサービスにも隙がない“GM of GM”とは俺のことだ。
「これで良かったのですか?」
「は、はい。ありがとうございます、ミトさん」
彼女が深々と頭をさげる。
こちらとしては仕事でしたまでだが、礼を言われるのはやはり嬉しいものだ。
「――えっ!? そいつミトなのか!? そう言えば声も……」
ハチベーくんが、俺を指さす。
ん? ミト?
……あっ! カクちゃんが俺の名前をしっかりと呼んでいるではないか。
「ちっ、違いますよ。私はミトなどという名前ではありません」
「そっ、そうなの! え、えっとね……ミト……ミート……そう! ミートソースみたいな色をした人っていう意味で呼んだのよ!」
ナイスフォロー、カクちゃん。
確かに鎧は真っ赤っかだ。
ちょっと輝いちゃっているが、ミートソースカラーと言われれば納得もいく。
それに俺もミートソースは大好きだ。
この子はやはり頭が切れる。
「い、いや、だってよ……」
「ともかく、これで問題は解決しましたか?」
俺はこの場を早く切りあげるために、カクちゃんに完了確認をとる。
どんなに急いでいても、顧客満足度のために確認を怠ってはいけない。
「は、はい。大丈夫です。また助けていただいてありがとうございました、GM様」
「いえ。解決したのでしたら幸いでした。では、よいティータイムを――」
俺は地面を蹴って跳びあがると、元の部屋に戻るのだった。
「……おい、カクリアス」
「な、なにかな、ハーチスくん」
「あいつ、おまえの部屋の窓に入っていったぞ」
「き、気のせいじゃないかな……」
「窓に入る寸前、一瞬で鎧を脱いだように見えたけど……アレって……」
「気のせい、気のせい……」
「なんであいつ、『ティータイム』って言ったんだ……」
「…………」
「あいつ、隠す気あるのか?」
「お、お願い、ハーチスくん。忘れてあげて……」
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