第3話「バグかどうかはGMでは判断しかねます」

 これで何度目の【GM Call】だろうか。

 この森は、どうにもおかしいことが多すぎる。


 今もそうだ。

 呼ばれてたどりつけば、少し背丈が高めながらスタイル抜群の女性が、なぜか巨大な魚を釣り上げていた。


 魚……否、魚とは言えないか。


 何しろ、カエルのように後ろ足があるし、地面に乗り上がって、そのピラニア真っ青な歯が並ぶ巨大な口で、釣り上げた女性を食べようとしていたのだ。

 完全に立場が逆転している。


「どっ、どうしてこの池にモンスターがいるのぉ~!」


 そんなクレームを聞いたとたん、俺は駆けつけて横から魚の体をぶん殴ってすっ飛ばした。

 魚のモンスターは、そのまま10メートルぐらい宙を舞って、木々にぶつかり落下する。

 そして、ピクリとも動かない。


「しかし、またバグか……」


 試しにレベルを見てみると、42。

 かなり低いが、こんなモンスターでも低レベルな冒険者には驚異だろう。

 実は他にもこのようなクレームを処理してきた。

 この森には、どうやらいるはずのないモンスターが現れ始めているらしい。


「あ、あのぉ……ありがとうございます!」


 襲われていた女性が、青いロングポニーテールの頭を深々とさげた。

 そして顔をあげると、少し驚いた。

 とにかく背が高い。俺よりも少し高い。

 しかし、バランスのよいモデル体型。

 そのグラマラスボディにもかかわらず、わりと幼い顔つきをしている。

 これがたぶん、巷で有名なギャップ萌えというやつなのだろう。


 しかし、こんな危険な森で可憐な白のワンピース姿とはなんとも無防備な女性である。

 見れば、武器のひとつも持っていないではないか。


「あたし、【カクリアス・ルト・ベクト・アーツミナ】といいます」


「こんにちは。GMです。これで問題は解決しましたでしょうか?」


 問題解決の確認は大切だ。

 顧客満足度に直結する。


「え? あ、はい……。でも、問題というなら、どうしてここにこんなモンスターがいるのか……なにかおかしいです」


「なにかおかしい……。なるほど。しかしながら、バグかどうかはGMでは判断しかねます」


「バグ?」


「いえ、失礼。ともかく、そういったご質問はインフォメーションセンター……ではなく、この森の持ち主にでもご連絡ください」


「は、はあ……。持ち主って領主様ですけど……わかりました」


 ダメだな。

 ついゲームのGM癖で対応をしてしまう。

 たぶん俺は、根っからのGMなのだ。

 きっと前世もGMだったに違いない。


 …………。


 いや、GMだっただろう、俺。


「それでは失礼します。よい釣りを――くっ……」


「だ、大丈夫ですか!?」


 俺は思わず片膝をついた。

 力が入らない。

 まるでエネルギーが尽きたかのようだ。

 まさか、こんな所で限界が来るとは。


「な、なんでも……ありません……少し疲れたのでしょう」


「疲れたって……。とりあえず、鎧を脱いで」


「いけません。この鎧を人前でとるわけには……中の人なんていないのです」


「中の人!? あ、正体を隠す必要性があるんですか? で、でも……」


「な~に。3日間ほど、ほぼ不眠不休で働いた程度で……」


「しっ、死にますよ!?」


「それよりも驚いたことに……」


「どうしました!?」


「お腹が減って……」


「……え?」


「3日間ほど食事をしなかったら……よもや、GMのお腹が減るとは」


「そそそそそりゃ、ふつう減りますよ!? というか、今まで気がつかなかったんですか!?」


「少し腹が減った気がしていたのですが、細かい事は気にしないたちで……」


「こっ、細かいことじゃないですよ!? 生死に関わりますから!」


 気が弱そうに見えて、なかなか鋭いツッコミをいれてくる娘である。


 しかし、確かにこれは生死に関わる。

 どこかゲームの延長感覚でいたので、ちゃんと腹が減るとは思いもしなかった。

 これは失敗だ。

 また死んじゃう。

 近くのコンビニとかで、栄養ドリンクやカロリー○イトとか売っていないだろうか。


「あ。あたし、弁当を持ってきているんで、よ、よかったらこれを食べてください」


 そう言うと彼女は、地面に置いてあったリュックから、布に包まれたお弁当箱らしきものを取りだしてくる。

 なんと魅力的な誘いなのだろうか。

 つい手を伸ばしたくなってしまう。

 だがしかし、それはできない。


「申し訳ありません。GMは公正さを守るため、そういったものを受けとることはできません」


「え? よ、よくわかりませんけど、これは助けてもらったお礼ですから……」


「いえ。GMという仕事をしているだけで、お礼など頂くわけにはいきません」


 俺は気合をいれて、シャンと立ちあがった。

 GMとしてみっともない姿を見せては、プレイヤーのみなさんに心配をかけてしまう。


「それでは失礼します。よい弁当を――」


 そう言って、さっと駆け足し、大木の裏に隠れる。

 そして一瞬で装備解除。

 ここでも、ゲームのように脱着できるのは便利だ。

 下には、木綿と革のアンダーウェア。

 武器も一切、持っていない。

 その姿になって、また先ほどの彼女の元に戻る。


 今の俺の姿は、たまたま通りかかった金髪の爽やかな好青年だ。

 よもやGMの中身だとは誰も思うまい。


「突然すいません。その弁当を後払いで譲ってもらえませんか?」


「へっ? あ、あのぉ……もしかしてGMさん?」


 ば、ばかな……なぜわかった。

 彼女は、よほど勘がいいのか?


 いや、待て、落ちつけ、ウェイト。

 バレていないはずだ。

 そう、エビデンスが示されていない。

 OKOK、ばれていない。

 顔色を変えず、押し通せばよい。


「いいえ。俺はGMではありません。水戸っていうただの冒険者です」


「ミト?」


「発音が……いや、まあ、それでいいか。そう、ミトです」


「でも、さっきその木の裏……」


「はて? 木の裏? 誰もいませんでしたが? GM? なにそれ? おいしい?」


「…………」


「…………」


「え、えーっとぉ……。よ、よろしければ、このお弁当、食べませんか? あたし、お腹空いてませんから。これならおいしいと思います」


「おお、それは助かります。このお礼は必ず!」


「いえ。お気になさらず……」


 その後、GMとバレることもなく、彼女の弁当を頂戴して一命を取り留めた。

 これからはきちんと食事のことも考えなくてはならない。

 非常食ぐらいは買っておくように気をつけよう。




 ……あ。


 俺、金を持っていなかった……。

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