第4話「GMポリシーに誓って!」

 GMは金を持つ必要がない。

 むしろ金を持っていると、不正を疑われることもあるのであまりよろしくない。

 だから俺も、GMの時は所持金0円だ。


「というわけで、何か仕事はないものだろうか。たとえば、寝ているだけでお金がもらえる簡単なお仕事とか」


「そ、そんなものがあれば、あたしがやっています……」


「もっともだ」


 俺は彼女に同意する。

 彼女はなかなか頭の回転が速いようだ。

 前世で部下として育てれば、きっとよいGMになっただろう。


 えーっと。

 確か彼女の名前は、カクリ……トド? ベルトさん?


 …………。


 うむ。だめだ。

 名前を覚えられなかった!

 まあ、ログを見ればわかるだろうが、仕事以外の細かい事はいいだろう。

 頭の中では、カクちゃんとでも呼んでおこう。


 そのカクちゃんが、困惑しながら尋ねてくる。


「そもそも、そのGM? とかいうのは、仕事ではないんですか?」


「ああ。確かにGMは仕事だが、今は給料がもらえる状態じゃな……って、それは俺となんの関係もない話だがね!」


「は、はあ……」


 おっと危ない。

 なんと高等な引っかけ問答だ。

 危うく引っかかるところだったが……ギリギリセーフだろう。


 やはり彼女は頭がきれる。

 たぶん今は、なんの確証もなく第六感的なもので疑っているだけなのだろうが、これからは細心の注意を払う必要がある。


「食事をご馳走になった上に、こんな相談をして申し訳ないが、仕事がもらえそうな近くの街でも教えていただければありがたいのだが」


「うーん……あっ! それでしたら、こういうのはどうでしょう。あたし、この辺りにモンスターがでるって知らなくて武器も持たずに来てしまったのです。ですから、モルツの街にある我が家まで送っていただけませんか? それで少ないですけど代金をさしあげますから」


「なるほど。お申し出はありがたいが、護衛は弁当のお礼としてさせてください」


「でも、それでは……」


「街への案内もしていただけるのですから十分。ぜひ俺にあなたを守らせて欲しい」


「――あうっ!」


 カクちゃんがいきなり顔を真っ赤にした。

 もしかして体調が悪いのだろうか。

 息苦しそうだし、もしや新型インフルエンザか?

 あれは、怖いぞ。

 GM殺しだぞ。


「大丈夫ですか? 体調が悪いなら……」


「い、いいえいいえ……だ、大丈夫……です」


 やはり体調が悪いのだろう。

 これはなるべく早めに家に戻してあげるべきかもしれない。


「それで、街はどっちのほうですか?」


「あ、あちらの方です。だいたい20分ぐらいの時間で着きますけど……」


 20分か。

 この世界では単位が違うような気がするが、そういう細かい事はなぜか無意識に変換されている……気がする。

 うむ。さすがGMは伊達じゃないな。

 便利だ。


「で、では、行きましょうか……」


 そう言いながら、彼女はリュックを背負った。


「はい。しかし……」


 だいたい、街まで1.5~2キロメートルというところだろう。

 なるほど、かなり近い。

 ちょうど彼女が指さした方角には、跳んで・・・いなかったので気がつかなかった。

 ただ、体調が悪い彼女には20分でも長いかもしれない。


 こうなれば仕方がない。

 緊急事態だ。


「失礼します、カクちゃん」


「カ、カクちゃん!? って、えっ、ええええぇぇぇっ!?」


 俺は、カクちゃんをお姫様抱っこする。

 彼女の顔を近くで見ると、さらに紅潮させているのがわかった。

 やはり、体調が芳しくないのだろう。

 熱が上がっているのかもしれない。


「なななななっ、なんで抱っこ……」


「顔が真っ赤です」


「しょっ、しょれはわああぁぁ……」


「体調が悪いのでしょう。俺が街まで連れて行きます。なお、これは緊急処置でして、決してセクハラではありません。GMポリシーに誓って!」


「えっ!? あ、はい……?」


「では、しっかり掴まってください、カクちゃん」


「そっ、そのカクちゃんっていうのは……」


「おっと、すいません。呼び名も見た目のように、勝手にかわいらしく呼んでしまいました。お嫌でしたか?」


「あ、いえ……か、かわいいって……うれしい……です……」


「ならば、よかった。では、跳びます」


「はい……えっ? 跳びます?」


「歯を食いしばって口を閉じていてください。行きますよ」


 俺は少し走った後、膝をグイッと曲げて思いっきり跳びあがった。


 体がギュンと風を切りながら宙に舞う。


 だが、思った軌道を描かない。


「た、高い! 高いですうぅぅぅぅっ!」


「口を閉じて。舌を噛みますよ!」


 そう言いながら、地面を削りながら着地する。

 だが、やはり思ったより跳んでいない。


「おかしいな。もっと高く跳べるはずだったんだが……」


「い、いえ! 十分高く跳んでいましたよ! それにそんな高さから着地してなんで平気なんです!?」


「いや、たかが30メートルぐらいでしたし……」


「ふっ、普通は死にますよねっ!? だいたいそんな高く飛べるわけ……」


「いやいや。いつもなら、今の10倍以上の高さを……あ、そうか。GMの脛当をつけていな……ゴホッゴホッ……いや、何でもないです」


「…………」


「……なにか聞きましたか?」


「いっ、いえいえいえ! なーにんも聞いていません!」


 よかった、よかった。

 危ないところだった。

 絶妙な誤魔化し方が功を奏したようだ。

 これからは、さらに細心の注意を払う必要があるだろう。


「ところで、大丈夫でしたか?」


「は、はい。びっくりはしましたけど……」


「すいません。マップがあれば、GMの力でテレポートすることもできるのですが」


「…………」


「……あっ! ゴホッゴホッ! ……えーっと今、なに――」


「なにも聞いてませんよ! なーにも!」


「そ、そうですか……」


「…………」


「…………」


 もしかしたら、少しだけバレたかもしれない。

 いや、まだギリギリセーフか?

 これからは、最高に細心の注意を払う必要があるだろう。


「では、また跳びますよ。掴まってください」


「は、はい!」


 結局そこから、4回ほどジャンプしたら街の入り口近くまでたどりつくことができたのである。

 時間にすれば、カップラーメンを作るより早かったかもしれない。


「着きましたよ。大丈夫ですか?」


「は、はい……」


 さすがに連続跳躍は、少し彼女の体に負担をかけてしまったようだ。

 地面に立たせたら、まるで生まれたての子鹿のように脚をカクカクとさせている。


「体調はいかがですか? すぐに医者に……」


「あ、いえ、体調は大丈夫ですよ。ほ、ほら、顔の赤味も引きましたし」


「……本当だ。いや、むしろ青ざめているような?」


「き、気のせいではないかな……と。と、ともかくモルツの街にようこそ!」


 そう言われて、俺は街の外観を見つめた。

 なかなか大きそうな街だ。

 中には、塔のような高い建物も見える。

 俺がGMをしていたゲーム世界に、モルツなんて名前の街はなかったし、そもそもどこか少しこちらの世界の方が近代的にも見えた。


「さあ、こちらですよ」


 カクちゃんに誘われて塀に囲まれた街に入れば、待っていたのは喧騒だった。

 目の前は大通りになっていて、左右にいろいろな店がならんでおり、馬車の往来も激しかった。

 この地域では一番大きな街というのは伊達じゃないようだ。


 多くの人がいるこの街で、俺を待つトラブルとは何なのだろうか。

 耳を澄ませば、いろいろな住人たちの噂話が耳に入ってくる。

 その中には、俺が解決すべきトラブルの種も含まれているかもしれない。



「おい。なんか森の方で赤い鎧の奴があばれてるらしーぜ!」


「おお、聞いた聞いた。なんでもめちゃくちゃ強いらしいな!」



 これからは、さらにマジ最高に細心の注意を払う必要があるだろう。

 うん……。

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