第5話「公開された情報には、誤解を招く表現が含まれていました」

 街の中は、わりと入り組んでいた。

 2階建てどころか、4階建ての建物、それにかなり高い塔も立っている。

 街の奥、離れた高台に見える館は領主様のらしいが、それもずいぶんと立派なものだった。

 地面も石畳がきれいに敷かれていて、技術の高さがうかがえる。


(やっぱり、ゲーム世界より進んでいる感じだ。いったいここは……)


 たぶん、ここは異世界というやつなのだろう。

 死ねば異世界に転生するという、ラノベで読んだ知識は正しかったのだ。

 ただ、この手のお約束ならば、俺がGMをやっていたゲーム世界というのが鉄板じゃないか。


 なのに、俺はここを知らない。

 違うな。

 知らない・・・・のに識って・・・いる。


 店先に書かれたポップを見ると、知らない文字で商品と価格が書いてあるのだが、ぶっちゃけ普通に読める。

 野盗が使っていた魔法は、聞いたこともない名前だったがどんな魔法なのかわかっている。

 言葉も自分で日本語を話しているはずなのに、違う言葉で話していると理解している。


 あまりにご都合主義の異世界。

 ここは異世界などではなく、死に際に見ているくだらない夢なのかもしれないとも思った。

 そんなことを一生懸命に考えていると、頭が痛くなってしまう。


 ……うん。


 こういうことは、あれだ。

 考えたら負けだ。

 気にしたらお終いだ。


 とりあえず、なんか俺の体が元気に動けているから、あとは衣食住さえなんとかすれば万事解決ではないか。

 俺の座右の銘は、「細かい事は大したことではない」である。


「あそこが、あたしの住まいです」


 しばらく街中を進んで裏道に入ったところで、カクちゃんが一軒の家を指さした。

 4階建てで間口がかなりあり、窓が一定間隔でたくさん並んでいた。


「でかい家だな……」


「あ、宿屋ですよ。1室を借りています。あたし、今は家から独立して、冒険者を――」


「おい。やっと帰ってきたな、デカ女!」


 宿屋に近づくと、その玄関前に1人の少年が立っていた。

 少年……いや、たぶん年齢はカクちゃんより少し若いぐらいか。

 身長が低いだけで、もしかしたら同じ年齢なのかもしれない。

 片足でパタパタと地面を叩き苛立ちを隠さない、少しキツい目つきの少年だった。


「ハーチスくん……なんでここに?」


 カクちゃんが少し怯えた様子を見せながら尋ねる。

 対して、ハーチス少年は「ハンッ」と鼻で嗤った。

 なんだ、こいつ。

 態度が悪いな。


「なんでじゃねーよ、バーカ。友達がいねぇテメェーのことだ。モンスターがでるのも知らずでかけたんじゃねーかと思ってよ!」


「え? もしかして、し、心配してくれた……」


「んっなわけねーだろうがよ! デカ女がくたばったら、腹抱えて嗤ったあと、持ち物すべてオイラが引き取ってやろうかと思っただけだ! バーカ!」


「ひっ、酷い、ハーチス君……」


「ふんっ!」


 涙目になるカクちゃんに背中を向ける赤毛の少年。

 きっとこういう会話は2人にとって日常的なのかもしれない。

 しかし、ここは大人としてひとつ注意しておくべきだろう。


「これ、少年。親しい仲にも礼儀あり。身体的特徴に対して相手が嫌がることを言うのはモラハラだぞ」


「モラ? なに言ってんだ、テメー。ってか、デカ女、コイツなんなんだよ?」


「こ、この人はジー……ミトさんと言って、その……」


「初めまして。ミトです。仕事はジー……無職です」


「なんで2人とも『ジー』ってつけてんだよ! ってか無職の男を拾ってきたのか!?」


「ちっ、違うの。これから、ミトさんの面倒をみなくてはいけなくて……」


「無職の面倒を見るって……ヒモにするのか!?」


 少年の勢いに、カクちゃんは押されっぱなしだ。

 妙に萎縮してしまって、うまく話せなくなっている。

 手助けした方がいいのかもしれないが、2人の関係がわからない以上、あまり口をだすのもよくないのかもしれない。

 しばらく様子を見よう。


「そ、そうじゃないよ! あ、あたしのを……そのぉ……食べてもらって……」


「おっ、おまえの何を食べてもらったって!? テメー、何されたんだよ!?」


「えっ!? な、何されたかって……襲われたから……」


「おっおおおおお襲われたぁ!? この無職にか!?」


「そっ、そうじゃなくて……だ、だ、だから、ほら……」


「なら、こいつに何されたんだよ!?」


「な、何された……っていうか……ミトさんに抱かれて……」


「だっだっだっ……抱かれたあああぁぁぁぁっ!?」


「そのまま跳んじゃって……きゅ、急だから意識がなくなりそうになったけど……」


「とととと、跳んだ……意識……」


「宙に舞って……初めてで、怖かったけど。でも、少し気持ちよくて……」


「宙にも舞う……初めて……怖い……気持ちいい……」


「さ、最後は……足腰がカクカクして……」


「カ、カクカク……カクカクカクリアス……」


「だからね、着いたばかりだし、とにかくとりあえずあたしの部屋で休憩してもらおうって!」


「個室で休憩……」


「……ハーチスくん?」


「…………」


 あーうん。

 しばらく様子を見たの失敗だ、これ。

 完全に勘違いされちゃっているな。

 というかカクちゃん、わざとやっていないかな、これ。

 俺でも勘違いする自信があるな。


「わ、わかってくれた? ハーチスくん」


「わ……わかるかあああぁ! こいつ、殺す!」


 少年は背後に手をまわすと、さっと短剣をとりだした。

 完全に目が血走って、臨戦態勢である。

 今時の少年は本当にキレやすいな。


「落ちついてくれ、少年。えーっとだな。公開された情報には、誤解を招く表現が含まれていました。今後はこのようなミスがないよう教育を徹底いたします」


「うっせーよ! 何が誤解だ、意味がわかんねーんだよ、この優男!」


 完全にキレている。

 キレッキレだ。


 念のためにレベルを調べてみたが……ふむ、「51」か。

 前に倒した野盗より高いとは言え、レベル50台ならぜんぜん問題はない。

 鎧がなくても制圧は余裕だろう。


 だが鎧を着ずとも、心はGM。

 俺は平和を愛し、みんなによい冒険をしてもらいたいと思っている。

 だから、なるべく話し合いで済ませたい。

 違反者以外なら、俺は寛容である。


「落ちついて聞いて欲しい。すべて誤解だ、少年。俺は相手の意思を無視してハレンチなことをするプレイは好まない」


「プレイってなんだよ!?」


「基本、俺の性癖は『ラブラブな両思い』で『寝取られ』とか苦手だ!」


「聞いてねーよ!」


「むしろ同意なしで無理やりのような輩には、俺がそいつのケツの穴に聖剣エクスカリバーを突っこんで、勇者にしか抜けないようにしてやりたいぐらいだ」


「そんなの抜きたい勇者なんていねーよ!」


「とにかく無理矢理なにかするようなことは……」


「じゃあ同意があればいいのかよ!? 同意があれば……同意があれば、カクリアスと、そっそっそっ……そういうことをしてもいいって言うのかよ!?」


「まあ法に触れず、責任能力があるならば、あとは2人の問題で他人がとやかく言うことではないだろう。むかしから言うだろう、『あとはお2人だけ、若い者同士で』と」


 あれ?

 なんか話がずれたか?


「ふ、ふ、ふざけんなー! カクリアスはおまえになんかやらねー!」


 ハーチスが自棄気味に短剣を両手で腰辺りに構える。


「タマとったるぞ!」


 完全にヤクザの鉄砲玉のノリだ。

 たぶん、俺の中で勝手にそう変換されているだけだと思うのだが。


「どりゃあああぁぁ!」


 そのまま駆けこんでくる少年。

 まあ、カクちゃんの知り合いだし、今はGMでもないから、かるく払えばいいか。


「――だめえぇぇ~っ!」


 と思っていたら、横からカクちゃんが飛びだしてきた。

 そして、素早く短剣を持つ少年の両手を片手で握る。


「そ、そーいうことしちゃ……だめえぇぇ!」


 振りあげた。


 いや、何を言っているのかわからないと思うが、俺もよくわからない。


 えーっと、つまり。

 彼女が片手で少年の手を握ったまま、その腕を頭上で振りまわしていたのだ。

 ほら、ロックのライブでよく曲を聴いているファンが、タオルとか頭上でブンブンと回すのあるだろう。

 あれだよ、あれ。

 ファンに振りまわされているタオルが、少年。

 ってか、少年がまさに扇風機ファン

 ギャグマンガばりに、残像がでるぐらい回っている。


「ハーチスくんの……ハーチスくんの……ばかああぁぁぁ!!」


 あ、投げた。

 いや、ヤバいな、アレ。

 宿屋の前のそれなりに広い道で、実はさっきからけっこう見て見ぬふりしている観客がいる。

 たぶん、最初は痴話ゲンカか何かだと思われていたのだろう。

 しかし、このままでは下手すれば殺人現場になってしまう。

 観客はみんな証人に早変わりだ。


「――フンッ!」


 仕方ないので、俺は飛びだした。

 そして、ぶん投げられた少年より速く移動し、道の反対側の建物にぶつかる前に受けとめてやる。

 わりと凄い衝撃だったが、問題はない。

 彼も生きている。


「よ、よけいなことしやがって……」


 それどころかあれだけ振りまわされて、意識がちゃんとあるのは驚いた。

 俺が彼を地面に立たせると、よろよろとしながらその場に片膝をつく。


「大丈夫か?」


「こ、こちとら慣れてるんでな……」


「それにしても凄い怪力だな……」


 俺はカクちゃんを改めて見た。

 自分のやったことにやっと気がついたように、青ざめて呆然と立っている。


 ああ、そうだ。

 そう言えば、俺は彼女のステータスを確認していなかった。


「なんだ。テメー、知らなかったのか……」


「こ、これは……」


 俺は彼女のレベルを見てさすがに驚いた。


「あのデカ女は……カクリアスは【勇力因子所有者】、つまり【勇者】なんだよ」


「…………」


 彼女のレベルは、150だったのである。

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