第6話「そういうプレイはお控えください」

 この世界の人たちは、普通はレベル99がマックスらしい。


 普通に暮らしていて上がるのは、大人になってもせいぜいレベル20ぐらいまで。

 普通に暮らす分には、そのぐらいの力があれば十分ということなのだろう。


 さらに強くなりたくて戦闘訓練などをすると、30~40ぐらいまでは上がるらしい。

 あとは、モンスターと戦ったり実戦をくり返すことで50ぐらいまではわりと上げやすいとか。


 しかし、50から99になるには、街から離れたところにいる強いモンスターや、自分より強い者と戦わないとなかなか上がらないという。


 ところが、中にはその常識に当てはまらない者たちがいる。


 その者たちは、生まれた時点でレベル20前後。

 普通に生きているだけで10才になれば、レベル50ぐらいになる。

 その上、ちょっと訓練でもしようものなら、レベル99に達することもあるという。


 彼らは、さらに限界をも超えてしまう。


 人の限界と言われる、レベル99を超えても成長できるのだ。

 今まで発見されている最高レベルは200を超えているらしい。

 そんな他の者から見たら、勇猛な超人の彼らはこう呼ばれる。


「勇力因子保有者、略して【勇者】というんだよ」


 カクちゃんに投げ飛ばされた少年は、そう言いながらミルクの入ったコップを口にした。

 俺もカクちゃんにだされたお茶を口にする。

 たぶん、ハーブティーだろう。

 なんのハーブティーかはわからないが、うまいので細かい事は気にしないことにする。


「おれを受けとめた動きから、あんたも強いんだろうが……せいぜいカンストぐらいだろう?」


 口にミルクの白い跡を残しながら、少年がテーブルに頬杖をつきながら尋ねてきた。

 その顔がよけい子供っぽいのだが、そこには触れないで俺は答える。


「ああ、そうだ。カンストはしている」


「やっぱりか。カンストして99までなったのも十分すげーけどよ、勇者であるカクリアスには遠く及ばねぇよ」


 なぜか鼻高々だな、少年。

 まあ、確かに99と150のレベル差はかなり大きいだろう。


「っていうか、少年なんてレベル51だから3倍ぐらい違っていないか?」


「うぐっ……。うっ、うるせぇ! なんでレベル知っている!?」


「それはね、少年。私がジー……勘だ」


「ジーカンってなんだよ! だいたい、少年じゃねー! 俺はもう16才だし、【ハーチス・ベート・ウカリ】という立派な名前があるんだ!」


「そうか。わかった。ハーチ……」


「…………」


「……ところで、少年」


「あきらめんのはえーよ! 覚える努力しろ!」


「勇者は他にもいるということなのか?」


「無視かよ……。ああ。他にもいるぜ。この街ではこいつだけだし、珍しい存在らしいけどよ。そんなこともあんた、知らねーのかよ。どこの田舎で暮らしてたんだ?」


「わりと都会だと思うのだが。しかし、勇者か……」


 今、席を外しているカクちゃんが消えた扉の方を見ながら訊ねてみた。

 カクちゃんはお茶菓子を買ってくると言って、しばらく前に姿を消していた。

 お構いなくと言ったのだが。


 おかげで、カクちゃんの1DKぐらいの質素な部屋にいるのは、俺と少年だけである。

 主のいない女性の部屋で、出会ったばかりの男2人がテーブルを挟んでティータイムしているという、なんとも奇妙な状態だった。

 まあ、これもチャンスと考えて情報を得ることにしようと思う。


「ちなみに、勇者はみんなあんな風に怪力なのか?」


「ちげーよ。あの怪力は、カクリアスの先天性の特異スキルだ。普段は抑えているけど、興奮するとつい怪力になっちまうらしい」


 なるほど、特異スキルというのがあるのか。

 これも俺がGMをやっていたゲームの世界にはなかった要素だ。

 しかし、純粋に力が強いというのは、能力としては非常に優秀だろうな。

 レベル150であの力なら、もっとレベルが上がったらどうなってしまうのだろうか。


「それで少年」


「ハーチス・ベート・ウカリ様だ」


「おお、すまん。えーっと、ハーチ……ベー……ウッカリくん」


「うっかりじゃねー!」


「わかった、わかった。それでハチベーくんは、冒険者なのかい?」


「変な名前で呼ぶな! おれは――」



「――イッ、イヤです!! は、離してください!」



 それはカクちゃんの声だった。

 背後にあった、開いた窓の外から聞こえてきた。

 一瞬だけ、ハチベーくんと顔を見合わせてから、急いで席を立って窓の方を見る。

 ここは4階で、わりと高い位置だ。

 目の前の建物は低めなので、正面には開けた景色が広がっている。

 俺は窓辺まで近づき、そこから下を見た。

 するとこの建物の前で、3人ぐらいの男に囲まれているカクちゃんの姿があった。

 彼女は、なにかを抱えながら身を小さくしている。


「くそっ! またあいつら!」


 俺が事情を聞く暇などなかった。

 ハチベーくんが怒りの顔で部屋から飛びだしていってしまう。


「これはセクハラ? ……ピンチなのか?」


 俺はまた下を見ている。

 声は聞こえないが、男たちはしきりにカクちゃんに向かって何かを言っている。

 何を言っているのかはわからないが、カクちゃんが嫌がっていることだけは伝わってくる。


 カクちゃんの腕を1人の男がつかんでいる。

 俺は、男たちのレベルを見てみるが70前後だ。

 振りはらえるはずのレベル差である。


「つまり、なにかある……ということか」


 よく見ると、その3人の男の後ろに、さらにもう1人の男が立っていた。

 一言で言えば、ちょっと貴族風の服装で、レベルは46。

 めっちゃ偉そうに、宝玉っぽいものがついた杖をついて立っている。


「……あれかな、原因は」


 すると、そこにハチベーくんが姿を現す。

 さっと割ってはいり、男の手を弾くと背中にカクちゃんをかばっていた。

 うんうん、男の子だ。

 俺はそういうノリ、大好きだ。


 と思っていたら、ハチベーくんが襟首を捕まれ、いとも簡単に投げられてしまう。

 慌ててハチベーくんが戻ろうとするが、今度は3人の男の1人に殴り倒された。

 それもいとも簡単にだ。

 さらに男がハチベーくんを痛めつける気なのか近づいていく。

 しかし、ハチベーくんに反撃の意志は見受けられない。


 これはさすがにおかしい。

 いくら何でも抵抗しなさすぎじゃないか?


「ハーチスくん!? ま、待ってください! こ、これ以上、彼に酷いことしないで!」


 カクちゃんが叫ぶ。

 それは形は違えど、助けを呼ぶ声。

 ハートに響く、【GM Call】!


「なら、これは俺の仕事だ。……しかし、この窓では鎧を着たら外にでられないぞ」


 窓枠は今の俺がギリギリ体を外に出せるぐらいしかない。

 それなら音声入力マクロで空中で着替えるしかないだろう。


「よし。……とおーっ!!」


 俺は窓の枠に足をかけて、大空に飛びだした。

 そして着替えマクロを実行する。


「――チェーンジーエム!!」


 開発がふざけて作ったコマンドだが、まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。


 ちなみに着替えにかかる時間は、0.001ミリ秒にしかすぎない。

 そのプロセスを説明したいところだが、面倒なので省く。

 とにかくマクロを実行すると、全身は赤い鎧に包まれて、剣と盾も装備した状態に早変わりするのだ。


 その鎧を着たまま、怪しい男たちの横に石畳をぶち割りながら、轟音と共に着地する。


「こんにちは。GMです。そういうプレイはお控えください」


 もちろん俺は、頭をさげる挨拶を欠かさなかった。

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