第2話「それでは、よい旅を――」
柄の悪そうな面子がこちらに剣を向けるが、俺はまず確認しなければならないことがある。
「GMを呼んだのは、あなたでまちがいありませんか?」
馬車の方に問いかける。
まずは対象者が正しいか確認するのが業務フローとして正しい。
「…………」
だが、返事がない。
まちがえたかと思ったが、まちがいなく赤い点は目の前の馬車の中だ。
「ちっ! 邪魔なんだよ!」
いきなり俺の背中に剣が振りおろされる。
ガンッという音が鳴るが、ほぼ衝撃はこない。
当たり前だ。
プレイヤーの攻撃が、ステータスカンストの上にダメージ無効の鎧を着たGMに通じるわけがない。
……あれ? プレイヤーではないのか?
まあ、細かいことはいいか。
そう思って振りむくと、欠けた剣を持ちながら手を震わせている男が目を見開いてこちらを見ていた。
うむ。やはり無敵状態で問題はない。
「な、なんだ、テメーは!?」
「GMです。とりあえず、戦闘行為はやめて事情を説明してください」
「ふっ、ふっ、ふっ……ふざけんなよ! こいつも、殺せ!」
「こいつ……も?」
ふと周りを見ると、馬車の反対側の地面に横たわった男の姿が見える。
地面には赤黒い水たまり。
そう言えば、馭者が見当たらない。
「なるほど。PKですか。非戦闘職へのPK行為はルール違反となります……って、プレイヤーではなくNPCですか?」
「わけのわからんことを!」
数人が一斉に襲いかかってくる。
俺は腰から剣を素早く抜いて大きく横に振り抜く。
赤い陽炎をまとう刃が、敵を剣ごと切り抜いてしまう。
おかげで、一気に3人が絶命する。
……あれ?
彼らもプレイヤーではない?
人?
ということは、人を殺したのか、俺は。
それなのになんだ、この罪悪感のなさは。
GMとして当然のことをしたまで……そう思える。
この感覚はいったい……まあ、細かい事はあとにしよう。
「きっ、貴様!」
生き残った者たちが剣を振ってくる。
別に俺としても人を殺したいわけではないから、盾で剣ごと相手の体を弾く。
「――ぐはっ!」
ふっとんで空中を舞い、地面で5~6回転がって倒れる。
ぴくりとも動かない。
……あれ?
もしかして死んだ?
この世界の住人は、非常にやわい?
というより、レベルのせいだろうか?
「うっ……うわあああぁっ!!」
残りの者たちが慌てふためき逃げていく。
まあ、逃げるなら追わなくてもいいだろうと思っていたのだが、そこまで甘くなかった。
「てめぇ! 動くな!」
いつの間にか、1人だけ残っていた男が馬車の横に立っていた。
しかも、ずいぶんと豪勢なドレスをまとった女性を人質とばかりに盾として、その首元に刃を当てていた。
どっから連れてきたのかと思ったけど、馬車の扉が開いているところを見るとそういうことなのだろう。
「姫を殺されたくなければ、武器を捨てろ!」
姫か。
なるほど姫っぽいな。
年齢は、まだ高校生ぐらいか。
きれいな銀髪の美少女だ。
馬車の中には、他に誰もいないようだし、GMコールをした人はこの姫にまちがいないのだろう。
しかし、確認は大事である。
「GMコールを使用したのはあなたですか?」
「……はい?」
姫に尋ねてみるが、なんか困った顔をしている。
そう言えば、プレイヤーの中にもGMコールがなんだかわからない人もいたことを思いだす。
ならば、噛みくだいて尋ねよう。
「あなたは何か困ったことがあって助けを呼びましたか?」
「は、はいっ!」
確認が取れた。
よかった、よかった。
ならば、ここからやることは決まっている。
「てめー! 姫が殺されてもいいのか! 見たことない身なりだが、王室関係なんだろうが! 姫を見殺しにできるのかよ! その武器はオレがもらってやるから早くよこせ!」
「なるほど。状況は理解しました。今の発言は、ログに残ることになります」
「はぁ?」
「では、少し移動しましょう」
だから、合図に手でも叩いてやってみる。
――パンッ!
一瞬で、周囲の景色が一転する。
「――はああぁぁっ!?」
盗賊らしい男は、悲鳴をあげてキョロキョロと見まわす。
まあ、驚いても仕方がない。
いきなり窓も扉もない冷たい岩壁に囲まれた巨大な部屋に飛ばされれば、度肝も抜かれるというものである。
しかも、少し薄暗く不気味さは半端ない。
「ど、どこ……だ!?」
俺は動揺する隙をつき、男の横を素早く走り抜ける。
と同時に、姫様を抱きかかえて助ける。
驚いた姫は、碧眼をパチクリとさせている。
びっくりした顔が、かなりかわいい。
それに体は非常に柔らかく、なんかいい香りがする。
姫様、やたらクオリティ高い。
だが、やましい気持ちをもってはいけない。
俺はGMだから、セクハラは絶対にしない。
「なっ!? て、てめーは……いったい……」
「ここは、【
「え!」
「PKに加えて、女性を拐かすという迷惑行為、さらに私の武器を奪おうと脅迫行為まで。ここまですれば厳罰は免れません」
「な、何を言っているかわかんねーが、剣が効かないなら……ファイヤー・バースト!」
男が前に掌を突きだした……が、なにも起こらない。
あれは炎の魔法を放とうとしたのだろう。
しかし、無駄なのだ。
「ここでは魔法が使えませんよ。転移の魔法も働きません」
「――なっ!? くそっ!」
そう言いながら、男が今度は短い棒状のアイテムを出す。
あれはチャトークというヘッドセットのような連絡用アイテムだ。
まったくもって、無駄な努力をご苦労である。
って、なんでそんなアイテムの存在を俺は知っているんだ?
GMをしていたゲームにそんなのなかったが。
……まあ、細かい事は気にしなくていいか。
「おい、聞こえるか!? ……くそっ! なんで繋がらない!?」
「ここから外部に連絡をとることもできませんよ」
「な、んだ……と……。まさか、ここは……私界……私有亜空間臨界……」
「それこそなんのことかわかりませんが、あなたの処罰を申し上げます」
「処罰……だと?」
「数々の罪を鑑みて残念ながら、アカウント利用停止とさせていただきます。いわゆる……BANです!」
俺は少し気取って指でピストルを作り、見えない引き金を引く。
すると、男がなにか言う前に空気に溶けるように姿が消えていった。
なぜだかわかる。
彼の魂は浄化されて転生するのだ。
彼だけではなく、さっき俺が斬った者たちも含めて、新しい命に生まれ変わる……のだと思う。
知らんけど。
俺がさらにもう一度、指を鳴らすと景色がまた一転して元の場所に戻る。
馬車のすぐ側だ。
「あ、あなたはいったい……」
「私はあなたを救うため、あなたに呼ばれたGMです」
「わたくしを……。じーえむ? じーえむさんと仰るのですか?」
「名前ではなく役割……おや? また誰かが来ましたが」
馬車の後ろから、多くの馬が駆けてくる。
乗っているのは、立派な騎士のような者たち。
「あ。あれは、わたくしの近衛兵たちです」
「そうですか。ならばもう安心ですね。それでは私はこれで」
「お、お待ちください! せめて何かお礼を……」
「結構です。仕事ですので」
「仕事……ですか?」
「ええ。私も先ほどまでよくわからなかったのですが、なんとなくわかりました。私がここに呼ばれた理由、それはきっと秩序を守るGMを勤めるため!」
理屈もへったくれもなかった。
なんか、唐突にそう思ったのだ。
それは確信に近かった。
「それでは、よい旅を――」
俺は姫の呼びとめる言葉も聞かず、急いでその場を跳び去った。
なぜなら、俺の視界にはまた【GM Call】が表示されていたからである。
唐突に異世界に呼ばれたわけだが、GMとしての仕事があるのなら仕方がない。
原因とか疑問とか、そういうのは「やるべきこと」の前では些細なことである。
「GMコールが鳴り響くかぎり走り続ける! なぜなら俺は、GMだから!」
ここから俺のGM業務・異世界出張編がはじまったのである……と、あとで日報には記載しておこう。
報告・連絡・相談は、社会人の基本だからな。
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