第11話「リクエストには笑顔で対応」
外からこの冒険者ギルドの建物を見たとき、妙に大きいなと思ったがその理由がよくわかった。
テニスコート2面分ぐらいの広さの舞台があり、それを取り囲むように観客席なのか、3列程度のベンチが並んでいる。
そこには、10人も満たない観客が席に着いている。
たぶん、勇者様のファンかなんかだろう。
広い天井には、どういう仕組みかわからないが煌々と灯る照明がつけてあり、この広い空間を余すことなく照らしていた。
これだけ大きな施設が建物内にあるのだから、そりゃあ大きいわけである。
で、問題はこれがなんの施設なのかということだ。
「ここは冒険者ギルド試験闘技場。ここなら思いっきりできますよ」
赤い薔薇を投げながら、試験官を申しでた勇者様は舞台に上った。
そして、俺にも上がるように手の動きでうながしてくる。
要するにこの上で戦闘試験をおこなうということなのだろうが、こんな場所で魔法とか使って大丈夫なのかと心配になる。
「周りの被害なら心配無用さ」
勇者様が指をパチンと鳴らした。
すると、舞台をガラスのような壁がつつんでいく。
前も後ろも左も右も、そして天井もガラスばりだ。
まるでショーケースに飾られたフィギュアにでもなった気分である。
「これは……どういうものなんだい、バテル・ゲロデルジャンさん」
「パテル・ケトプロフェンだ! 全然違う!」
「おお、失敬。仕事以外のことはあまり覚えるつもりがないもので……」
「失礼な……。私はギルド試験官の勇者として、諸用でこの街にたまたま寄っていたところだ」
「つまり出張か。勇者も大変なんだな」
「当たり前さ。私ぐらいの勇者になれば、特にな。上級冒険者や勇者の認定などもおこなうことになる。その私がわざわざ試験してやろうというのだから感謝してもらいたいね」
「おお、感謝する。ありがとう」
「軽いな……。まあいい。ちなみに周囲を囲んでいるのは、魔力障壁だ。これがあれば、どんな攻撃も舞台から外に出ることはない。もちろん、人の出入りもできなくなる」
「なるほど。そんなものがあるのか……」
俺がGMをやっていたゲームに、そんな設定のものは存在しなかった。
つまり俺が今のようにこれに閉じこめられた場合、逃げる方法がないのかもしれない。
これでは、いくら無敵でも意味がない。
この世界で生きていく以上、少しこの機会に調べておきたい。
「よし。では、小手調べだ。まずは召喚獣と戦ってもらおうか」
俺は勇者様に背を向けたまま、障壁を観察した。
まずこの障壁に対して試しておきたいのは、やはり物理的な攻撃だ。
物理攻撃が無効なのか、それとも物理攻撃に対して強い耐性があるのかで意味が大きく変わってくる。
「召喚に応じよ、グレータデーモンウルフ!」
ちょっと触ってみるか……ってふつうになんか硬い感触だな。
魔法の壁ってこんな感じなのか?
「おい。背中を向けているがもう試験は始まっているのだぞ!」
ガラス……とは違う。
なんか鉄って方が近いか。
「やれやれ。もう逃げたくなったのか? これがカンストステータスもちだと?」
かるく殴ってみるか?
しかし、痛かったら困るな。
この試験用に借りた剣を投げて見るか?
いや、もし壊れたら弁償はできないしな。
「無視か。この勇者たる私相手に、よそ見をするとは。少し痛い目に遭わせてやるしかあるまい。……いけ、グレータデーモンウルフ! あの無礼者をその爪で切り裂いてやれ!」
どうしたものかと振りむくと、真っ黒なオオカミが無理矢理二足で立ちあがったような姿が俺に迫ってきていた。
身長は俺と同じぐらいだが、異様に筋肉が発達している。
頭には左右に角が生えて、コウモリのような翼もついていた。
まるで悪魔+オオカミみたいな恐ろしい姿。
牙をむき出しにして俺をかみ殺そうとする気マンマンでいる。
というか、なんだこいつは……って、そうか、試験中だったな。
そう言えば、さっきから勇者様がなにか言っていた気がする。
この悪魔オオカミは、つまり試験の戦闘相手ということだろう。
なるほど。
試験に受かるには、このモンスターを斃す必要があるのか。
「あっ、これだ!」
俺は思いついたぞ、名案を。
試験に受かる方法と、この障壁の強度テストを両立する方法を。
「よっと……」
俺は一歩高速で踏みだし、悪魔オオカミの背後に回った。
そしてその毛むくじゃら頭を片手でぐいっと掴むと、それをボールに見立て大きく振りかぶる。
狙いは障壁だ。
それに向かって思いっきり投げつけた。
ビュオンという風を切る音がなった次の瞬間、ベチャッと弾け潰れる音がする。
しかし、スプラッタな映像は一瞬だった。
すぐに光に包まれて、悪魔オオカミは消えてしまう。
「なかなか、固いな」
障壁はヒビひとつ入っていない。
ぶつける物が柔らかすぎただろうか?
「し、信じられない……レベル99を武器も使わず一撃とは……まさか、本当に……」
「これで合格ということで?」
「まっ、まだだ! 今のは小手調べ。次からが本番だよ」
そう言うと、勇者様が手を前にかざした。
「召喚に応じよ、アークエンジェル!」
なんか勇者様の前の地面に光の紋様みたいなのが現れた。
かと思っていると、その紋様から白く光る物体がヌルヌルと姿を現してくる。
光るリング、銀色の髪。
真っ白なマスクは、両目だけ穴が空き、青い瞳だけが異様な輝きを放つ。
白い布を巻いた体に、2枚の羽をもっている。
もうこれを言い表す言葉は1つしかないだろう。
「天使……?」
「そうだよ、天使さ。力を抑えてレベル120にしているがね」
「これはすごい。天使とはさすがに戦ったことはないな」
「あははは! そうかね。ならば、大いに楽しんでくれたまえよ!」
そう言った勇者様の声にかぶせ気味に女性の声がわってはいる。
「待ってください!」
振りむくと、先ほど俺のステータスをチェックしてくれたスタッフさんが立っていた。
その表情が引きつり気味になっている。
「パテル様、いくらなんでも無理です! レベル99の方に120の天使をぶつけるなんて……勝てるわけがありません!」
「大丈夫さ。もし、彼が本当にステータスカンストしているなら、実力的には999レベルあるということだろう? ふっ……まあ、あるわけないがね。あるわけないのさ。なにかイカサマをしたか、計測ミスに決まっている。……それにだ、闘技舞台の中なら生命維持術式が働くから死ぬこともあるまい」
「そ、それはそうですが、試験でこのようなレベル差……」
「――大丈夫ですよ」
なんか話が面倒なことになりそうなので、俺は口を挟んだ。
あのスタッフの女性が俺のために抗議してくれているが、なんとなくこのままだと彼女の立場が悪くなる気がする。
もちろん仕事としてなのだろうが、上司(?)に逆らうのは彼女のキャリア的にもよろしくないだろう。
俺が受け入れてやれば済む話だ。
「『リクエストには、笑顔で対応』が基本ですし」
「え? なにを……」
「それはともかく、俺も天使と戦うのは初めてなので、ちょっと試してみたいというのもあるので」
「そ、そうですか……。で、では、1つだけアドバイスを。ご存じかもしれませんが、天使には物理的な攻撃がほとんど通じません。魔法か魔力の宿った武器で攻撃する必要があります」
それは面倒だな。
少なくとも素手で殴り斃すは使えないことになる。
「ご助言感謝。ならば、素手ではなく武器で戦うとしよう」
俺が持っている武器で最強なのは、GM装備の【赤き正義の剣】であるが、GMの姿でもないのに使うわけにはいかない。
ただ、他にもテスト用として一般ユーザー向け武器も所持している。
「話はまとまったかい? では、いかせてもらうよ。行け、アークエンジェル!」
フワッと天使が宙に舞った。
魔法障壁の天井は高さは30メートルほどにあるが、その中間ぐらいまで浮きあがって停止する。
なるほど、普通なら手が届かないのかもしれない。
「――!ÆЖÜБþ∴щÞ+Д*@?!」
聞き取れない声をあげて、天使がこちらに掌を向ける。
俺の勘が危険アラートを鳴らすので、咄嗟に横へゴロンと一回転する。
俺の避けたところに、真っ白な俺の胴ぐらいはあるレーザー光線が着弾。
舞台の床を灼熱に焦がす。
「ほう。これはなかなか。では、こちらも」
俺は視界の中に操作メニューを表示させ、意識操作で武器の装備をおこなう。
腰に装備したのは、日本刀のような形をした魔剣【滅鬼絶命】。
鞘から引き抜くと、真っ白な刃をした異様な刀は、所持者の魔力を消費しながら白熱灯のように光り始める。
天使がまたレーザーを撃ってくる。
俺はそれを横っ跳びで避ける。
すぐに空中に飛び上がる。
天使の背後をとる。
振りむくことさえ許さず、その首をはねる。
「――なっ!?」
勇者様の驚愕の声を無視して、俺はさらに剣を走らせる。
首をはねただけで斃せるのかわからないので、とりあえず上半身を3枚卸しにしておいたのだ。
天使の体だったものは、ボトボトと落下する。
そして地に着いた直後に光となって消えていった。
ちなみに森で斃したモンスターはこんな感じに消えなかったので、たぶん召喚されたモンスターだけなのだろう。
まあ、天使もモンスターなのか知らんが。
「うそ……だろう……レベル120の天使だぞ……それを瞬殺なんて……」
俺にとっては、当たり前のことだった。
レベル99だろうが120だろうが、10の桁で四捨五入したら100だ。
その程度の細かい差など気にする必要はないだろう。
細かい事は気にしない、気にしなければどうということはない。
俺は【滅鬼絶命】を肩にかつぎながら、茫然自失な感じの勇者様に声をかける。
「これで終わりでよろしいか?」
「ぐっ……ご、合格だ……」
苦汁を嘗める勇者様をよそに、俺は無事に1級冒険者というのになることができたのである。
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