第10話「貴重なご意見ありがとうございます」
もし中世ファンタジー世界のゲームの中だとしたら、「ちりめん問屋」とか「廻船問屋」とか言いだすと、自称「ファンタジー警察」とかが騒ぎだしてうるさいことになっていただろう。
彼らは「世界観が壊れるから名前を変えろ」とか「中世という感じではない」とか、わざわざGM Callして文句を言ってくる。
ぶっちゃけ、そんなことをGMにわざわざ呼びだして訴えられてもどうにもできない。
せいぜい「貴重なご意見ありがとうございます。ご要望に関しては、ぜひホームページから開発への要望フォームをご利用ください」と案内する程度だ。
ただ、「ちりめん問屋」とかも俺の頭の中でそう翻訳されているだけかもしれないし、そもそもこの世界は中世ヨーロッパという感じでもない。
もちろん、一般的な「ファンタジー」というイメージとマッチしないという話もあるが、いいじゃないか、そういうファンタジーがあったって。
それもまた、ファンタジーではないか。
というわけで目の前にいる男性が、
「それで、ジンさんとやら。なぜお偉いさんに訴えないのです?」
俺は若社長であるジン・ゴーヤンに、冒険者ギルドまでの道を案内してもらっていた。
その道中で、彼が襲われた件について話を聞いていた。
「それは無駄なのです……」
すれ違う周囲の人波を気にしながら、ジンは小声で答える。
「なにしろ現町長と総合商社ゼーニは繋がっておりますので」
「町長……あの男かぁ」
「前町長は真面目な方で、わたくしどもエイチー・ゴーヤン社と5年の大型契約を結んで頂きました。その契約があと2年ほど残っておりますが、現町長とゼーニ社はなんやかんやと難癖をつけたりして、わたくしどもに契約を破棄させようとしているのでございます」
「……それはやはり?」
「ええ。現町長は新たにゼーニ社と契約を結びたいのでしょう。それによりゼーニ社から賄賂を受けとれますからね」
「ちなみに前町長はどうして退任なさったのですか?」
「急病……ということになっていますが、不審な点も多く……」
言葉を濁らせるジンに、俺は思わず低く唸ってしまう。
なかなか大がかりな不正がおこなわれているらしい。
しかし、それに俺が関わるべきなのか
GMとしてどこまで介入すべきなのか。
GMはいわば世界のバランスをとる者。
それは秩序を守ることとも言える。
ならば、これは俺の仕事なのかもしれない。
しかし問題を直接解決するべきは、この世界の本来の住人なのではないだろうか。
本来のGMは裏方になるべきである。
「ああ、着きました。こちらが冒険者ギルドです」
案内されたのは、材質は何でできているのかわからんが、一見するとコンクリートか何かで塗り固められた丈夫そうな3階建てだ。
ただ、やたらでかい。
正面中央に玄関があり、間口が左右に数十メートルある。
「わたくしのいる本店は、この道をまっすぐあちらに進むと見えて参ります。もしよろしければ、冒険者登録をなさったあと店によっていただけないでしょうか。冒険者になられたミト様の最初の顧客にならせて頂きたいのです」
「ああ、かまわないが……」
「ありがとうございます。それではご武運を――」
俺は贈られた言葉に手ぶりで返事し、冒険者ギルドの観音開きドアを開けて入っていった。
なかはよくゲームで見かける酒場に受付カウンターがあるタイプ……ではなかった。
どちらかというと、役所っぽい。
突き当たりに受付カウンターが並び、手前にはベンチがいくつも並んでいて、書類を書くらしいテーブルも配置されていた。
よくわからないのでインフォメーションカウンターのような受付嬢に声をかけて、冒険者になりたい旨を伝えた。
すると大きなリボンに胸の谷間が妙に強調されたメイド服の受付嬢から、いろいろと尋ねられた。
そのあとに、名前や住所、特技などを記載する用紙を渡されるので記載する。
もちろん俺は、住所は不定、現在無職だ。
なんかもう完全にプー太郎がハローワークに来ている雰囲気になっている。
俺、わりと真面目に就職していた方なんだけどな。
その後、しばらく待つとテストがあるとかで奥の方に連れて行かれた。
そこは大部屋を木製のパーティションでいくつかに区切ったような部屋だった。
まず、大理石のような材質でできたベッドに寝かされた。
ベッドには魔方陣のようなものが描かれて、それがわずかに光っている。
「えーっと、あなたは勇力因子はもっていませんよね?」
やはりメイドさんのような若い女性に尋ねられたので、俺は「はい」と答える。
GM因子ならもっているかもしれない。
いや、もっていると確信している。
「ならば
よくわからんが「お願いします」と任せておく。
すると、彼女が寝ている俺の頭上で掌をかざす。
「これであなたのステータスがわかります」
どうやら俺の頭上になにか表示されているっぽい。
空間ディスプレイのようなものか?
よく見えないな……。
「えーっとですね。あなたは……えっ!? すごい! レベル99で、全ステータス999でカンスト!?」
「3桁カンスト……それ、すごいんですか?」
「レベル99の冒険者はそれなりにいますけど、普通は全ステータスをカンストさせるのに、レベル999は必要って言われているんですよっ! いったいどうやったんですか!?」
「えーっと……肉と野菜をバランス良くとりました」
もちろん、そんな覚えはない。
むしろ食生活は、栄養ドリンクとジャンキーな食い物ばかりだ。
単に、GMはカンストが当たり前なだけなのだが、それを説明しても仕方ないだろう。
「へぇ~。健康な食事を続けると、こんなこともできるんですね~」
ヤバい。
信用してしまった。
まだ20代前半ぐらいに見えるが、ちょっと純真過ぎるのではないだろうか。
悪いおじさんに騙されないか、俺は心配になってしまう。
というか、なんでこのギルドは、若くてかわいらしい女の子ばかり働いているのだろうか。
さっきからスタッフに、男性の姿を見ない。
もしかして、冒険者ギルドのマスターは、ものすごいスケベなのではないだろうか。
かわいい女の子ばかり雇い、自分のハーレムとして利用しているのではないだろうか。
ああ、まったくけしからん。
俺もここで働かせて欲しい。
「ミトさん、次は戦闘テストですがお受けになりますか?」
「受けなくてもいいものなんですか?」
「可能ですよ。ただ、戦闘能力の保証がされないだけです」
「それは困るな……」
この世界で俺にとり、たぶん最も簡単な仕事は戦闘だろう。
それができないとなると、収入が下がってしまう。
「では、審査員の方を――」
「ボクが受けもとう」
入口の方から男の声が割って入った。
そこにいたのは金髪碧眼の二枚目面した男だった。
年齢は、30にはなっていないだろう。
なぜかドア枠に寄りかかりながら、斜に構えて手には薔薇のような赤い花を携えていた。
「きゃぁーっ! パテル様♥」
俺の担当をしてくれていた女性スタッフが、キーンと耳に響くような声をあげる。
たぶん、漫画的に表現すれば目がハートマークになっていたのではないか。
「ステータスがすべてカンストだって? とても信じられない。その実力、ボクが試そうじゃないか」
こちらも見ずに、手元の花をクルクルと回しながら彼はそう言った。
なんとも濃いキャラクターだなと思いながら、俺はつぶやくように尋ねた。
「……どなた?」
その問いに、超驚いた顔で女性スタッフが俺を見下ろした。
「しっ、知らないんですか!?」
「知らない」
「あの方は、パテル・ケトプロフェン様。超有名なレベル150の勇者様です!」
どうやら俺は、勇者様と戦うことになりそうだった。
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