第33話「だが、あまい!」
「まあ、少し落ちつきなさい。……ってあれ?」
次の瞬間、ミトはメントルが立っていたあたりに存在していた。
そしてミトの右手は、
ところが、
つまり。
「うぎゃあああああああああああぁぁぁっ! うっ腕があああぁぁっ!」
千切れていた。
見えなかったが、すれ違い様にミトはメントルの腕を掴んで放さなかったのだろう。
しかし、メントルは止まることができなかった。
「いでええぇぇっし!」
メントルは地面に転がり、痛みにのたうちまわりながらも、またなんとかポーションをとりだして口にする。
「千切れるとは思いませんでした。失礼しました。……しかし、あなたの速さは確かにすごい。この世界で初めて、マスタークラスに匹敵する速度を見ましたよ」
そう言いながら、ミトはメントルの千切れた腕を空中に放り投げた。
千切れた先から、赤い液体が空中に曲線を描く。
だが、それはすぐに炎の中に消えた。
ミトの手から放たれた炎の渦が、瞬間的に腕を燃やし尽くしたのだ。
それと同時に、メントルの千切れた腕がポーションの力で復活する。
切り口の細胞がメキメキと脈打ちながらも光に包まれていき、そして元の形に戻っていた。
まるで燃やし尽くされた腕が戻ってきたように。
「しかし、あなたは速いだけです。そのコントロールどころか、意識が速度についてきていない。だから、高速化する直前に決めた動きしかできないのでしょう」
「なっ、なにを知ったかぶりしているし! オレの速度についてきたわけじゃなく、偶然だろうし! だいたい何がマスタークラスに匹敵……
薄暗い中でもわかるぐらい、メントルの顔が大きくひきつった。
後ずさりを少しして、肩を震わす。
「ちょっ、ちょっと待つし……その赤い鎧……まさかデモハン……デーモンビースト・ハンターズのGMの姿じゃ……」
「おや、ご存じですか」
「や、やってたからな……」
「プレイヤーの方でしたか。いつもデモハンをご愛顧いただき、誠にありがとうございます。我々GMはみなさんのデモハンライフを楽しんでいただけるよう誠心誠意サポートさせて頂きます。そしてこちらの世界でも」
ミトが突然、頭をさげて挨拶する。
一体何のことなんだか、我にはまったくわけがわからない。
だが、メントルはさらに後ずさりを始める。
「そ、その台詞……やっぱそうだし! ただのコスプレ……じゃない、あのスピード……ってことは、まさかテメーのスキルは、GMのステータスとか鎧の力とか……そういうのだし!?」
「スキル……というか、私は魂から剣の先に至るまですべてGMそのものです。デモハンで使えていたGMの力、GM特権などほぼすべて、この世界で使用できます」
「う、うそだし……ってか、さっき言っていた『この世界で初めて、マスタークラスに匹敵する速度を見ました』って……それまさか……なら、敵うわけ……」
口ごもったメントルが、ちらりと我の方を見た。
感じる殺気。
我はすぐに奴の意図を察する。
だから先に構え、動きだす。
ミトの言葉にヒントはあった。
また消える姿。
「ブラスト・ウォール!」
くるっと回転しながら振るう刃は、魔力をまとって身の回りに竜巻を起こす。
普通は敵の飛び道具を防ぐための防御技である。
これは使ったあとに隙が多く、接近戦では使いにくい。
しかし、自分から竜巻に飛びこんできてくれるなら話は別だ。
「ぐわああああっ!」
キィーンと耳鳴りのする竜巻の中、メントルの悲鳴が重なった。
先読みは当たっていた。
発動したら止まれない高速移動で接近してきた奴は、設置されていた竜巻に巻きあげられて宙に舞う。
たぶん、我を人質にでもしてこの場から逃げることを考えていたのだろう。
「だが、あまい!」
我とて王国勇者の名を冠する者。
何度もやられては名が廃る。
しかも、ミトに恐怖して冷静さを欠いた相手に後れをとるなど恥である。
とは言っても、これは敵を飛ばして自由を奪っただけだ。
ダメージは、大してはいっていない。
だから、ここで強力な一撃が必要なのだ。
それをすぐに察した者がいた。
「――
カクリアスが
我が発生した竜巻よりも高い位置まで一気に登りつめる。
そして前方に空転。
踵落とし。
それは垂直に上昇したときよりも速く落下する。
踵が、宙を舞うメントルの腹部に直撃。
その勢いは、我さえも息を呑んだ。
なにしろ、我の起こした竜巻を一文字に斬り裂いたのだ。
衝撃音とともに、弾け飛ぶ細かい土塊。
悲鳴さえあげることを許されず、メントルが地面に叩きつけられていた。
勇者カクリアス、こんな実力者の名が今まで知れ渡っていなかったことが驚きだ。
「なっ……なっ……」
ロンダリングが声を詰まらせながら尻もちをつく。
クロルの顔からも生気が抜け落ちている。
完全に奴の戦意はそぎ落とされていた。
いや、潰されていた。
なにしろ、雇ったほとんどの冒険者は、気を失ったり、うずくまったりして地に伏せていたのだ。
もう敵に戦力などない。
「そろそろいいですかね。ゆっくりとお話を聞かせて頂きましょう」
ミトが数歩、前にでる。
それだけで、ロンダリングもクロルもガタガタと震えながら、地面を這うように後ずさっていく。
それはそうだろう。
あの無敵に見えた勇者メントルが、足を引っかけられ、腕を掴まれただけで、大けがをして、怖れをなして逃げた相手なのだ。
まさに、レベルが違うどころか、住む世界が違う。
そしてその凄まじい差は、力、スピードだけではない。
――パンッ!
ミトが手を叩いた。
とたん、景色が、空気が……否、世界が変わった。
高い高い天井に、ロンダリングの屋敷が丸々はいるほどの面積。
途中に大きな円柱が何本か立っているだけで、他には何もない。
ねずみ色のきれいに磨かれた石のブロックで世界は囲まれ、外の世界などないように窓も扉も存在しない。
その世界に招待されたのは、我々と町長クロル、ロンダリング・ゼーニ、気を失ったメントル、そしてゴーヤン家の3人。
「ひっ、控え、控えおろぉ~です!」
カクリアスが声をあげる。
無理して台詞を言う様子は、先ほど大技をだした者とは思えないほど弱々しい。
「こ、こちらにおられる方をどなたと心得るのです!」
そして彼女は、紹介するように広げた指先をミトに向ける。
「異世界
「…………」
「…………」
「……はぁ? なんだそれ?」
「というか監査特別顧問だと? 聞いたこともないぞ?」
クロルとロンダリングのごもっともな反応。
「まあ、“
「なにしろ監査特別顧問など、さっきできたばかりだしな」
打ち合わせ時にこの名のり上げに反対したハーチスと我は、顔を見合わせて苦笑するのだった。
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