第32話「貴様が……ジン殿らを攫ったふざけた勇者か!」
「ぐわあああーっ!」
地面に転がりながらもなんとか体勢を立て直し、我はすぐに立ちあがった。
「きゃあああーっ!」
と思ったとたん、今度はカクリアスの悲鳴が聞こえた。
見れば、彼女も地面に転がっていた。
しかし、受け身はとれていたようで、すぐに身構えなおす。
格闘術の得意な魔闘士としての才能を感じる動きだ。
否。彼女は実際に強い方だと思う。
なにしろ先ほどまで、拳までガードした篭手に魔力をこめて、見事な格闘術で敵を一方的に倒していたのだ。
我と同じく、一撃も食らわずに。
「あららぁ~、やっぱ遅いし?」
それがそろいもそろって、瞬間的に一撃でふっとばされたのだ。
どこからともなく、唐突に現れた金髪の青年にである。
「ま~たカクリアスちゃんだし? 懲りずにいじめられに来たし? まあ、それでこそ生かしておいた甲斐があったし。そっちも経験値稼ぎにはちょうど良さそうだし?」
「くっ……」
男は我とカクリアスの間に立ち、我々を順番に指さして揶揄する。
金髪の下の顔は、まるで遊戯に興じる子供のようだ。
悦に入った表情で、こちらの感情をかきむしるかのようだ。
「貴様が……ジン殿らを攫ったふざけた勇者か!」
我が剣先を向けて尋ねると、うざったそうに我を見る。
「あーはいはいだし? オレって有名なメントル様だし?」
どうやら、こやつの名前はメントルというらしい。
それは、ロンダリングの言葉で確定した。
「おお。メントル殿。来てくれたか。こやつらを始末してくれ!」
「オーケケのケーだし? そんかわりぃ、たーくさんお金はもらうし?」
「ああ。代金ははずむ!」
「交渉成立~だし?」
そういうと、その男は細い目をこちらに向けてニヤリとする。
まるで、悪戯を楽しむ子供のような顔。
無邪気に邪気をまき散らす質の悪さ。
「こいつら何回か痛めつければ、レベル160には届きそうだし!」
完全に我々を下に見ている。
ただ、それも根拠のない自信ではないのだろう。
確かに、私界の中のこやつの動きを捉えることはできなかった。
残像はかすかに見えるが、これでは空間転移と大差ないではないか。
「――
カクリアスが【
身体強化と感知能力強化ができる上、呪文としての技名を唱えることで、普通よりも強力な技が簡単に発動できる。
もちろん代償はあり、常に微少ながら魔力を消費する「発」と呼ばれる状態にならなくてはならない。
そしてこれは、魔闘士の全力状態を意味する。
「はいはい、またそれだし? 前のときも使ったけど、オレのスピードにはついてこられなかった……し?」
そう言うと同時に、また消えた。
刹那、彼はカクリアスを正面から蹴り飛ばしていた。
「くっ!」
だが今度は、彼女も地面に転がったりしない。
両腕でガードし、壁際まで足を滑らせながら弾かれても体勢は崩さない。
「おお、受けた受けたし。なら――」
メントルがちらりと我を見る。
「――そっちのはどーかな……だし!」
とたん、姿が消えた。
否、わずかに残像が見える。
たぶん、向かって右側に走ったはず。
「――せいっ!」
ならばと、剣を右へ横断させる。
「はずれだし?」
だが、衝撃は我の左側から来た。
軽量の鎧が鈍い音を鳴らすのと同時に、我の体は後方に飛ばされて一回転する。
「うぐっ……」
まただ。
やはり速すぎて反応できない。
「うっひひひひ! 最高だし! 誰もオレの速度についてこれないし?」
「おお! すばらしいぞ、勇者メントル殿!」
横でロンダリングが嬉しそうに手を叩く。
その側では、町長のクロルも安堵したようにため息をついていた。
勝負は決まったと判断したのだろう。
なるほど、確かに強い。
話には聞いていたが、この速さは驚異だ。
攻撃力自体は大したことない。
我やカクリアスの方が強いだろう。
だがしかし、これだけの圧倒的速度差があったら、攻撃力も大して意味がない。
「…………」
ちらりとミトの方を見る。
彼は破格の強さを持っている。
一度、この剣の使い勝手を試すために手合わせしたが、正直なところ自分では相手にならなかった。
しかし、そんな彼でも敵を捉えることができなければ勝つことができないはずだ。
「えーっと、そっちの赤い鎧も敵だし?」
「そっ、そうだ! あいつも敵だ! 倒してくれ、メントル殿!」
ここぞとばかり、クロルがミトを指さす。
小物め。
さっきまでビクビクとしていたのは、どこのどいつだ。
「オーケケのケーだし……ってか、こいつどこかでみたことがあるような……。ま、いいかだし? こいつも地面に転がってもらって、オレを見上げさせてやる……し!」
消えた。
とたん、地面を這いずる派手な音がした。
転んでいた。
メントルが地面にうつ伏せになって倒れていたのだ。
しかも、自分の身長分ぐらい、地面を滑った跡があった。
そして滑りだしたであろう場所の横には、いつの間にかミトが立っていた。
「……え?」
我は呆気にとられる。
ミトとメントルは、この広い中庭の端から端ぐらいまで離れていた。
なのに今、2人は中央あたりで存在していた。
瞬きよりも速くだ。
「いっ……いててええええぇぇっ! 小指が……小指があああぁぁ!」
「痛かったでしょうね。私の鎧に包まれたつま先が、あなたの足の小指にクリーンヒットしましたから。気持ちはわかります。タンスの角に小指をぶつけた辛さは私も味わいましたから」
「くそっくそっくそっ!」
彼は何もない空間に手を伸ばす。
と、彼の手には光の瞬きのあとに小瓶が現れた。
その小瓶の蓋を開けると、その中にあったオレンジ色の液体を一気に飲み干した。
「てっ、てめぇ……オレにレベル3ポーション使わせやがってだし……」
ポーションは青から紫、オレンジ、そして赤という風に色が変わっていくほど効果が高くなり、その分だけ高価になる。
オレンジのレベル3ポーションならば、脚が千切れようと復活させることができる。
だから、奴の痛みも失せたのだろう。
普通に立ちあがると、少し距離をとってからミトを睨みつける。
「偶然、足先に当たっちまったが……テメー、いつの間にそこにいたし?」
「いつの間にと言われましても、あなたと同時に動いただけですよ」
「はぁ? そんなわけ……あるかだし!」
今度は2人、同時に消えたのである。
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