スケルディアの変化

第31話「ならば、今は従うまで!」

 我の名は、【スケルディア・サー・ブロン】。

 ブロン家の娘であり、王国勇者の称号を得たエドパニア王国近衛騎士である。


 ただし、それは本当の名前ではない。

 否。今となっては真なる名であると言ってもいいのだが、我にはもともと別の名前がつけられていた……はずだ。


 覚えていないのだ。

 自分の名前も昔のことも。

 我はどうやら10歳前後のころに、こちらの世界に転移してきたらしい。

 しかもその時に、元の世界のことを忘れてしまっていたのだ。


 ただ、すべてというわけではない。

 わりと常識的なことは覚えている。

 高いビルが建ち並び、車が走り、電車が走り、飛行機が飛ぶ世界だ。

 自分のいた国は……名前は思い出せないが、自分と同じ青い瞳の人が多かった気がする。

 なんとなく覚えているのはそのぐらいだ。


 ただ、そのことはもうよいのだ。

 我はある屋敷の庭に転移し気を失っていたらしい。

 そこを運良く心優しい屋敷の主であるブロン様に拾われて、それから娘として育てられた。

 過去のことが気にならないと言えば嘘になるが、こちらの世界でも幸せに暮らすことができていたのである。


 そんな中、我は少しでも恩を返そうと、礼儀作法を学び、剣術を学び稽古に励んだ。

 転移者のために魔法は使えなかったが、もともと高いレベルを得ていたのと、優れた成長力でどんどんと力をつけることができていた。


 しかし、我は欠陥品だったのだ。


 なぜなら転移者ならば必ずもっているという、先転性特異スキルが使えなかったのだ。

 さらにそれだけではなく、いくらレベルを上げても後転性特異スキルに目覚めることもなかったのだ。

 そして領解覚醒も、もちろんできていなかった。

 原因はわからない。

 もしかしたら、記憶を失っていることと関係しているのかもしれない。


 それでも我は、強くなることをあきらめなかった。

 剣術の才能があったらしく、騎士団に入ることができるほどの腕前にはなっていた。

 さらに努力を重ね、ついには近衛騎士団に入隊。

 若くして国随一の剣術使いと言われるようになり、王国勇者に任命されたのだ。

 そのことを報告したときの養父母の喜びようを思いだすと、今でも泣きそうになってしまう。

 実の子のように育ててくれ、ブロン家の誇りだと言い、褒めてくれた2人。

 自分は恩返しができたのだと、その時にやっと思ったものだった。


 しかし、順風満帆とはいかなかった。


 我に王国勇者の称号を奪われたと考えていた、同じ近衛騎士団のドライ。

 彼は公爵家子息であり、魔法もスキルも使える覚醒勇者だった。

 地位も実力も申し分なく、自他とも認める有力な次期王国勇者候補であった。


 ただ、彼には性格に難があった。

 自尊心が強く、他人を見下し、名誉欲も強く、協調性に欠けていた。

 そんなところからか、姫様にもあまり好かれていなかったのだ。


 決定打がどれだったのかは、よくわからない。

 ただ、そんな彼が名誉ある王国勇者に選ばれず、欠陥品たる我が選ばれたわけだ。

 そうなればもちろん、彼とて面白くないのは想像に難くない。

 彼は自分の息のかかった近衛騎士を味方にし、虎視眈々と我を蹴落とすチャンスを狙っていたのだろう。


 だがまさか、仮にも近衛騎士団に所属するドライが、我はともかく、こともあろうに姫様の暗殺を目論むなど夢にも思わなかった。

 否。本人も最初は、姫様を狙うつもりではなかったようだ。

 ドライを誑かしたのは、「あの方」と呼ばれる人物だ。


 近衛騎士団を分断し、その間に盗賊団に姫様を襲わせる最初の策略。

 あの盗賊団も、「あの方」の手配らしい。


 そしてドライの仲間以外の近衛騎士団9人を殺すため、弁当に仕込まれた毒。

 あの弁当を用意した料理人も、「あの方」の手配らしい。


 普通なら我も姫様も、今ごろ「あの方」という輩の手筈で殺されていたところだろう。

 助かったのは、偏にミトのおかげだ。

 非常に不本意なところもあるが、ミトはまさに命の恩人であり、ひいては国の恩人でもある。

 さらにこれからも、旅に同行して姫様の力にもなってくれるという。

 そして姫様は、ミトに全幅の信頼を置いている。


「ならば、今は従うまで!」


 我はミトの指示に従って、冒険者を打ちのめす。

 ミトはわざわざ「殺せ」ではなく「懲らしめろ」と言った。

 それは無駄な殺生をする必要はないということを暗に言っているのだ。

 冒険者たちも一時の欲望に魔がさしただけかもしれない。

 反省させる機会を与える……ミトはそんなことまで考えていたのだろうか。


「しかし、本当によく斬れる! これなら容易!」


 我は冒険者たちの武器や防具を切り刻んだ。

 まったく驚きだ。

 いくら我がレベル163といえど、レベル90以上をこれだけ大勢相手にすれば、普通はあまり手加減する余裕などないはずだ。

 しかし今は、まったく問題なく敵を沈めることができている。


 やはり、ミトがくれたこの片刃の剣【エンハンス・ブレード】がすさまじいのだろう。


 見た目はかなり細身の剣で、少し曲線を描いている。

 しかしその細身は、敵の武器を容易に斬ってしまえるほどの力があるのだ。

 だから我は敵の武器を破壊し、戦う意欲を失わせ、そして刃のない方で打ちのめして昏倒させた。


 さらに向けられた魔法攻撃は、すべてその刃で受けてみせる。

 すると刃は変化する。


 炎の弾を受ければ、刃は炎をまとった。

 凍らされた足下に刃をさせば、氷を消し去って冷気をまとった。

 魔法が使えない私でも、魔法攻撃に対抗できるのだ。

 正直、【勇者の威光】など目ではない。


 いったい、こんなすごい武器をどこで手にいれたのだろうか。

 そもそも彼はいったいなんなのか。


 本人は「GM」と名のっているが、それがなんなのかはわからない。

 されど、彼はまちがいなくレベル違いの強さで、見たこともないスキルやアイテムをもつ、次元の違う存在であることは確かだ。


 なにしろ、誰も刃を欠けさせたことさえない、王国に古くから伝わる宝である剣【勇者の威光】をいとも簡単に断ち斬り、こうして【勇者の威光】を凌駕する武器をいとも簡単に差しだしてくる。

 見たこともないスキルをもち、複数の固有私界をもち、一般人を勇者以上のレベルにする武具をもつ、常識はずれの超人。

 運命の女神アスリンクに使わされたと言っていたが、そう言われた方が信じられるぐらいである。


 ……おもしろい。


 人の名前を覚えぬ、失礼極まりない無礼な男。

 だが、予感がするのだ。

 この男についていけば、まだ見ぬ強さを見つけ手にいれられると。

 欠陥勇者だと思っていた自分が、変われるのではないかと。


「ならば今は、活躍するまでよ!」


 たまに横の方で、唐突に敵の冒険者が横殴りにされたようにぶっ飛んでいく。

 姫様もコンプレックスだった大量の魔力をこめて、あの武器で戦っているのだろう。

 我と同じように、姫様も変わっていっているのだ。

 否。我と姫様だけではなく、あのハチベーくんとやらも、カクリアスという勇者も。

 そして、世界自体が変革を迎えているのかもしれない。


「よし、このまま――っ!?」


 あと一息。

 そう思った瞬間だった。


 世界が変わった。

 いや、区切られた。


「――私界か!?」


 背中に感じる殺気。

 我は咄嗟に振りむき剣を構えた。

 しかし、まともに防御はできなかった。

 気がつけば、見えない何かに弾き飛ばされ地面に転がっていたのである。

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