第30話「か……快感♥」

「なっ、なんだ貴様らは!? ジーエムだとぉ!?」


 ロンダリングが弛んだ顔を歪めました。

 醜い顔が、さらに醜くなります。


「はい。本日はあなた方の悪行を懲らしめに参りました」


 それに引き換え、GM姿のミト様はなんと凜とひきしまった面持ちをなさっているのでしょうか。

 兜でお顔は見えませんが、わたくしの心の目にはそう映っておりました。


「ゴーヤン一家を誘拐し、モルツとの5年間の絹織物及び綿織物独占貿易契約の破棄を迫ったことは明白」


「ぬぬぬ……貴様、カクリアスといたあの時の……」


 どうやら、町長のクロルとミト様は因縁があったようです。

 だからなのでしょうか。

 ミト様は大きなため息をもらしました。


「まったく町長、あなたがそこまでの悪党とは。ともかく2人とも素直に自白し、人の法に従って罪を償うならばよし。人の法で裁けぬなら、GMので裁きましょう」


「なにが裁きだ! こちらには人質が――」


 来ました!

 ここはわたくしが、【GMお銀】として動くときです。


 右太股につけていたホルスターと呼ばれる革ケースから、それを取りだします。

 それとは、いわゆる「銃」と呼ばれる武器に近い形をしています。

 ちなみに銃は、少ない魔力で鉄の弾を飛ばして攻撃できる効率的な武器です。

 しかし、これは銃ではありません。


 その名も「ライトマナガン」。


 使い方は簡単です。

 構えて、わたくしのあふれる魔力を流しこんだら、トリガーを引くだけ。

 魔法を唱えて構築する必要などありません。

 魔力がそのまま力として放たれる、なんとも単純で非効率な武器です。

 しかしながら、単純だからこそ暴走することもない。

 魔法が使えないわたくしにミト様が与えてくれた武器なのです。


「――ぐわあああっ!」


 わたくしはジンさんたちを縛る縄を持つ男に向かって、その魔力の弾丸を打ちこみました。

 すると男は勢いよく足が浮いたまま空中を横に移動し、そのまま反対の壁に叩きつけられたのです。


 しかも男が気を失った瞬間、わたくしのレベルが41から42へあがりました。

 見れば、ふっとばした男のレベルは、なんと70だったのです。

 これほどの格上を一撃で戦闘不能にする……なんとも恐ろしい威力。


 な、なんという……なんという……。

 か……快感♥


「なっ!?」


 ロンダリングとクロルが、飛ばされた男を見てから、あわててジンさんたちの姿を探します。

 ですが、時すでに遅し。

 もう、ジンさんとターエさんの姿はそこにありません。


「人質は返していただきました」


 なにしろ、そう告げたミト様の横に、2人はすでに転移していたのですから。

 スケルディアが2人の縄を切ると、夫婦は互いの無事を喜ぶように肩を抱き合いました。

 どうやら、2人にはミト様があらかじめ事情を話し耐えるように告げていたようですが、それでもさぞかし怖く辛かったことでしょう。


「ど、どうやった、きさま……幻術使いか!?」


 愚かなロンダリングが動揺を見せます。

 町長のクロルの方など、状況についていけないのか呆気にとられた顔をしていました。

 それもそのはず。

 この2人では、ミト様の力を理解することなどできないでしょう。


「業務上、説明義務はありません。そもそも面倒ですし」


 その力は【強制召喚】というらしいのです。

 ミト様はGMの力で、行ったことがある地域にいる、名前を知っている者ならば、本人の同意なく自分の前に呼び寄せることができるというのです。


 それは相対距離も関係なく、しかも直接、ミト様の私界の中に呼び寄せることも可能だという驚きのスキル。

 もうそれは、女神の力に等しいでしょう。


 そして彼はこの力を使えば、ゴーヤン一家を一瞬で助けることもできたのです。

 しかし、ミト様は考えられました。

 確たる証拠がないならば、動かぬ証拠として悪事の現場を押さえればよいと。

 それを監査役のわたくしが確認すれば、もう言い逃れはできません。


 これこそが、わたくしがミト様から頼まれたことだったのです。

 町長とジンさんが交わした魔術契約は、一方的な破棄ができないものなのです。

 互いにそろって、解約の意思表示をし、サインをしてから契約書を破り捨てないと解約とはならないのです。

 だから、ミト様はその契約のことをわたくしに確認し、このチャンスを待つことになさったのでしょう。


 そう、ミト様は決して考えなしなどではありません。

 ミト様が言う、「小さいこと」は考えに考えた末、不要と判断した部分に対する言葉なのです。

 大雑把どころか、わたくしと同じ考えすぎるタイプの人間なのです。


「き、貴様がどんなスキルを使ったか知らんが、こちらにはまだ人質がいるんだぞ。ワシが連絡入れれば、そいつらの子供は――」


「――連絡しても返事はないぜ」


 ロンダリングの勝ち誇ったような言葉を遮ったのは、カク様の横から出てきたハチベーくんでした。

 彼の方も無事に上手くいったようで、その腕には赤児が抱かれていました。

 そのことに気がついたジンさんとターエさんが、我が子の元に走りよります。


 ハチベーくんは、先にミト様が確認した場所に赤児を助けに行っていたのです。

 さすがミト様、抜かりはありません。


「この子を見張っていた奴らは、オレが残らず倒させてもらったからな」


「ば、ばかな……。あの者たちは、万が一を考えてレベル80の冒険者連中だったのだぞ! 貴様が倒せるはずが……」


「悪いな、町長。今のオレは、GMだから倒せちまうんだよ」


 隙をつけたので奇襲もでき、救出は容易だったのでしょう。

 それでも大したものです。

 敵が連絡をとる前に、片をつけたのですから。


「またジーエムか……。だが、レベル50程度がなぜ!?」


 子供を親に返したハーチスくんが、帯に刺していた十手を取りだしました。


「もう、あの時のオレとは――」


 そして十手を空中に投げ、クルクルと回して見せたのです。


「――違うんだぜ!」


 十手が高速で回転し、ハーチスくんの目の前にきます。

 それをハーチスくんが、かっこよくキャッチ!


――ぼたっ!


 ……できませんでした。

 十手は、土の上に埋まるように落ちています。


 ああ、彼に集まる視線。

 なんとも気まずい間が訪れます。


 ハーチスくんは、ミト様から与えられたレベルアップできる武具にまだなれていないのです。

 ですから今も武器、服、手甲、脛当の4つだけ装備して+80のレベル130程度に抑えています。

 しかし、それでもまだコントロールしきれないのでしょう。


 そのためミト様はハチベーくんに「迂闊なことはしないように」と釘を刺していらっしゃいました。

 でも、これも若さ故の過ちというものなのでしょう。


「ハ、ハチベーくん、うっかりしすぎ……」


 カク様たら、痛いことを……。


「うむ。うっかりだぞ、ハチベーくん」


 スケルディアったら、ダメ押しして……。


「うっかり、うっかり」


 ミト様、素敵♥


「うっ、うっせー! うっかり言うな! 見ない振りしろよな!」


 ハチベーくんもかわいいです。


「ふっ、ふざけたことを……おい! 曲者だ! であえ! であえ!」


 ロンダリングの濁った大声で、質の悪そうな顔の者たちがたくさん現れます。

 あっという間に、ミト様たちは囲まれてしまいました。


「おや。みなさん、レベル90クラスの冒険者さんですか」


 ミト様の慧眼に、ロンダリングがいやらしく口角をあげます。

 ああ、本当に汚らわしい。


「そうだ。驚いただろう? 大事な取り引きだからな、『あの方』が手配してくださったのだ」


 また出てきた『あの方』。

 これはロンダリングとクロルには、きっちりと話を聞く必要がありますね。


「いくら貴様らが強く、勇者であるカクリアスがいるとしても、これだけの人数を相手に勝てるか?」


「ふむ。……冒険者の皆さん、あなた方の雇い主は罰せられるべき悪党です。しかし、あなた方は雇われただけでしょう。だから、ここで手を引くなら不問とします。ですがもし、手を引かず悪党の手先として残るならば、容赦はいたしません」


 ミト様の心に響く諭し。

 しかし、みな愚かなのでしょう。

 ミト様の優しいお心遣いに気がつく冒険者はおりませんでした。


「……仕方がありませんね。少しお仕置きが必要なようです。スケちゃん、カクちゃん、懲らしめてやりなさい!」


「はっ!」


「はっ、はい!」


 ミト様のめいに従って、スケルディアとカク様の大立ち回りが始まったのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る