銀姫の行動
第29話「わたくしの魔力が……役に立つ……」
誰が呼び始めたのか知りませんが、わたくしはいつのまにか「銀姫」と呼ばれるようになっていました。
銀髪の人間は、千年に一度、生まれるかどうかという希有な存在です。
しかも、王家に生まれたのは初めてだったようです。
ですから皆が、敬意と好意をもって呼んでくれていたのです。
おかげで、本名である【カゲロナリア・ド・クガワース・エドパニア】以上に広まっているようでした。
わたくし自身も、美しい銀の髪は気にいっておりました。
ただ。
わたくしは内心で、「銀姫」と呼ばれることにわずかな抵抗感を抱いていたのです。
嫌悪するほどではなく、それはわたくしの自尊心から発するわずかな棘のようなものでした。
銀髪は、珍しいというだけではありません。
銀髪の者は、勇力因子をもたぬのに膨大な魔力量をもつとされています。
類にもれず、わたくしもそこらの勇者を凌ぐ魔力量をもって生まれました。
ただし、それだけ。
膨大な魔力はあっても、それを操る魔法を普通の人よりも上手く使えないのです。
いいえ、膨大が故に難しいのです。
魔力を少しでも放出しようとすると、制御できずに大量に流れ出てしまう。
結果、魔法が暴走してしまうのです。
つまり宝の持ち腐れ。
わたくしにとって銀髪は、宝の持ち腐れの象徴だったのです。
しかも「銀姫」と「姫」をつけられることで、まるで「姫のくせに」と言われている気がしてしまったのです。
魔力があるのに、魔法が使えない、見かけ倒しの無能な姫。
抵抗感の根本にあったのは、劣等感でした。
だからなのかもしれません。
わたくしは幼い頃から、何か役に立とうと自ら政務に関わろうとしていました。
その中でも、どうやら交渉事の才能があったようで、外交役としての務めをたくさん果たすようになっておりました。
他国との交渉も、商人たちとの交渉も、わたくしは相手が何を求めているのかを察し、相手をどうすれば説得できるのかわかってしまったのです。
おかげでわたくしは、いくつかの大きな成果を残すことができました。
また同時に、裏では自らの勢力を作っていったのです。
気がつけば、父はわたくしに政務の一部を任せてくださるようになっていました。
頼られている。
これで劣等感がなくなる……と思っていたのですが、不思議とわたくしの中からそれは消えなかったのです。
――さすが銀姫。
そんな言葉を聞くたびに、自分の「宝の持ち腐れ」を思いだしてしまったのです。
ところが、それをいとも簡単に壊す方が現れたのです。
「ならば丁寧に『お』をつけて、『お銀』ということで」
あの時、さらっと流しましたが、実はわたくし、ミト様の言葉を非常に嬉しく感じたのです。
劣等感のある「銀姫」という呼び名から、「姫」という
そして「お銀」という新しい存在を与えられた気がして。
家族以外で、誰が姫と呼ばずにいてくれるのでしょう。
どこの誰が、王女であるわたくしの名前を勝手に呼び変えることができるというのでしょう。
怖れを知らない所業。
いえ、違うのです。
ミト様は、怖れる必要などない方なのです。
そしてわたくしを救ってくださる英雄なのです。
「魔法の杖は……わたくしは魔法が上手く使えないので……」
「そうですか。では、まずはこちらだけお渡ししておきましょう。この【クノイチ装束・隠者】は、魔力を消費することで認識阻害効果を生むことができるのです」
「認識阻害……ですか?」
「ええ。あなたのことを誰も見えなくなり、感じなくなります。あなたを守るにはちょうど良いでしょう。ただ、魔力を使い続けることになるので注意してください」
「わたくしの魔力が……役に立つ……」
そして【クノイチ装束・隠者】を渡されたわたくしの喜悦たるや。
表情にだしませんでしたが、言葉に表せぬほどのものでした。
それは、まるで旅の踊り子が着る衣装のように露出が多く、王族が着るにはあまりに際どい服でした。
もちろん着ることをためらわなかったと言えば、嘘になります。
ですが、わたくしの持ち腐れだった魔力が役に立つ。
着ないという選択肢はわたくしの中にありませんでした。
今まで「宝の持ち腐れ」だったものが、「宝」になる。
これがどれほど、わたくしの心をかるくしたことか。
さらにこっそりと、ミト様は戦う力も後でくださいました。
魔法を使わなくとも、魔力を使って戦う方法を。
正直、わたくしは最初、ミト様を上手く利用すれば今後のためになると考えていました。
GMになると申し上げたのも、失った近衛騎士団の代わりの力とするためでした。
しかし、違いました。
わたくしは、愚かでした。
ミト様は危険から2度も救ってくださっただけではなく、わたくしの心まで救ってくださったのです。
他の方から見たら、もしかしたらわたくしの心の救いは、くだらないことなのかもしれません。
されどわたくしには衝撃的な、謝礼にすべてを捧げてもよいと思えるほどのことだったのです。
わたくしがミト様を利用するのではなく、ミト様がわたくしを利用するべきなのです。
いいえ、していただかなければ、わたくしの気持ちがおさまりません。
「ぐふふふ。万事上手くいきましたぞ、町長」
だからわたくしは今夜、ここに立っています。
廻船問屋【ゼーニ】社の社長である【ロンダリング・ゼーニ】の館の一室。
最も警戒されている部屋の片隅で、見るのもおぞましい脂ぎった肥満顔が、醜く歪むのを我慢して見ていました。
「うむうむ。よくやってくれた、ロンダリングよ。それではさっそく奴らを……」
その正面にはテーブルを挟んで、町長である【クロル・フェミラミン】が座っています。
ですが、2人ともわたくしにはまったく気がついていません。
ミト様から頂いた【クノイチ装束・隠者】を身にまとい、柔肌をあちらこちら露出した姿で隠れもせず立っているのに。
ああ。
このような破廉恥な姿を見られたらと思うと、少し興奮してしまいそうになりますけど、わたくしは誰にでも見られたいわけではないようです。
見た目だけではなく、心も醜い2人に見られたいなど欠片も思いません。
そうですね。
この服装を見せるなら、ハチベーくんあたりがいいかもしれません。
彼ならば、照れながらも興奮している視線を向けてくれるでしょう。
そんな視線に晒されれば、ゾクゾクが止まらなくなります。
しかし、この服装でこの恍惚感ならば、全裸ならばどうなってしまうのでしょうか。
少し試してみたい。
けれども、見せたい相手は1人だけ。
すべてを許してもよいと思えるのはミト様だけなのです。
「社長、連れてまいりやした!」
10人ほどが座っても余裕があるテーブルのある部屋。
その部屋のドアの向こうから、そんな声が響きました。
おかげで、暴走しかけた妄想から現実に戻れました。
いけません、いけません。
この服を着てから、どうにも変になりやすいようです。
もしかしたら、この服にはそういう呪いがかかっているのかもしれません。
「よし、入れろ!」
ドアが開くと、人相の悪そうな男2~3人が、男女2人を連れてきました。
2人は聞いていた人相から、まちがいなくジンさんと妻のターエさんでしょう。
2人とも猿ぐつわをつけられ、腕を体ごと縛られて、腰に紐がつけられてまるで犬の散歩でもしているかのように引かれていました。
あいにく、そこに子供の姿はありません。
察するに、人質にとっているのでしょう。
酷い。なんと下劣な。
本当なら今すぐにでも、こやつらを成敗してやりたいところです。
ですが、まだ早い。
きちんと悪事をこの目で確かめなければなりません。
「やあ、ジンさん。ご無沙汰していますね」
肥満顔のロンダリングがそう話しかけますが、ジンさんはモゴモゴとしか言えません。
それでも、そのお顔が怒りに染まっていることは明らかです。
「あなたがもっと早く解約にサインしてくれれば、このようなことにならなかったのですよ。ぐふふふふ」
「やれやれ。ロンダリング、お主も悪い奴じゃな」
町長のクロルが、卑猥な笑みを見せました。
それに対してロンダリングが、また猥雑に笑って見せます。
ああ、なんて気持ち悪いのでしょう。
「ぐふふふふ。クロル様には敵いませぬよ。おい、あれを……」
ジンさんたちを連れてきた男たちの1人が、小型な宝箱を抱えてクロルの前に置きました。
「ふむ。これは?」
「これはうちの者が、ダンジョンで見つけてきた宝箱でございます。中身は見ていませんのでよろしければお土産にお持ちください」
「おお、これはありがたい。どれ……」
宝箱などと言っても、鍵はかかっていませんでした。
引っかかっていた金具をはずし、蓋を開けただけ。
もちろん、「中身は見ていません」などというのは嘘の言葉でしょう。
中には、これでもかと言うほど詰まっていた金貨は、まちがいなくロンダリングからの賄賂に違いありません。
「これはラッキーだ。金貨がはいっておった。これで『あの方』への奉納もできるというもの」
そして、やはりでてきた名前。
これで「あの方」と呼ばれる者が裏にいることは、はっきりとしました。
「さて、ジン殿。怪我をしたくなければ、申し訳ないが解約に同意してもらえますかね」
「ああ。なぜかこいつらに怪我をさせることはできぬのですよ、町長」
「……なに?」
「なぜかこいつら、なにをしても怪我どころか、ダメージを受けることがないのです」
そう言うと、ロンダリングはおもむろにテーブルの上にあったポットをジンさんたちに向けて投げつけました。
焼き物だったポットはジンさんの頭に当たると派手に割れ、中に残っていたお湯をまき散らします。
ですが、ジンさんは血を流すどころか、痛がりもしません。
かなり熱い湯がかかったはずなのに、熱がる様子もありませんでした。
「ほれ、このとおり。なにしろ、ナイフの刃も通らぬのです」
「なんと……。これは防御魔法かなにかか? しかし、こんな完璧な防御魔法をずっと張っておくことなどできるものなのか?」
それは防御魔法ではないのです。
ミト様から聞いたところによれば、「攻撃不能オブジェクト指定」というスキルということでした(ミト様は「スキルではなく機能だ」と仰っていましたが)。
一切のダメージを受けなくなる存在にすることができるというすごい効果なのですが、その代わりに指定された者は攻撃をすることもできなくなるし、一定エリアからでることもできなくなるなど、いろいろな規制がついてしまうそうです。
しかし、逃げる意志のない人質にならば、これは非常に有効な手段と言えます。
「では、どうやって言うことを聞かす?」
「ぐふふふふ。対策は考えてございます。ダメージは受けなくとも、赤児ならば水の中に落とせばどうなるか」
「おお、なるほど」
ジンさんとターエさんが、猿ぐつわされた口で呻いて怒りをあらわにします。
わたくしとて、今すぐにでも怒鳴りつけたいところです。
しかし、あと一言。
もう一言だけ欲しい。
「ぐふふふふ。さあ、ジンさん。子供を殺されたくなかったら、この解約誓約書にサインをするのです。しなければ、子供だけではなく、奥さんも、貴方自身もみんな死ぬことになりますよ」
決定打です。
この者たちの処分は決まりました。
そしてこの声は、わたくしがネックレスにつけている、ソニック・クリスタルという音を伝える水晶でミト様にも繋がっています。
「――これはまた物騒な話ですね」
逆にソニック・クリスタルから響いてきたミト様の声。
それは合図。
この部屋の側面には、出入りできる大窓がついていて、中庭に繋がっています。
わたくしはその窓の側に素早く移動し、両開きの大窓を一気に全開にしました。
「な、なんだ!? おまえら、見てこい!」
ロンダリングの合図で、ジンさんを捕らえていた厳つい男が1人を残して中庭に踊りでます。
ロンダリングもクロルも、大窓に意識を集中しているようです。
作戦通り、これで人質は手薄になりました。
「おい! 何者だ!」
大きな中庭の向こう側は、闇が覆い隠していてよく見えません。
しかし、彼らはそこで待っていたのです。
「ひと~つ。人様のプレイを邪魔し……」
向かって中庭の左から、スケルディア改め、スケが現れます。
「ふた~つ、不埒なチート三昧……」
向かって中庭の右から、カクリアス改め、カク様が現れます。
「み~っつ、醜い異界の違反者を退治てくれよぉ……」
中央に赤い鎧姿のミト様が現れます。
そして――
「「「こんばんわ、GMです」」」
――全員、声をそろえて、一糸乱れず完璧なお辞儀。
なんて素敵なのでしょう。
GM講習で練習した甲斐がありました。
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