第34話「こちらに御座す方をどなたと心得る」
突然、姫様が言いだしたのだ。
ミトを「監査特別顧問に任命します」と。
そして「このように名のりあげいたしましょう」と、すごい勢いで推してきたのである。
なぜか妙に楽しそうに。
ちなみに特別顧問などという役職はそもそもなく、姫が勝手にその場で作ったものだ。
だから、名のりあげて相手に伝わらないのは当たり前だ。
それはミトとてわかっているはずだったが、彼は相変わらずのノリで承認してしまったのである。
このメンバーでまともなのは、我かハチベーとかいう男子だけかもしれない。
「きっ、貴様らが国家監査官だと!? ふざけるな!」
「クロルさん。あなたは町長という立場だというのに、ロンダリングと手を組んで自らの利益のために、エイチー・ゴーヤンとの契約を無理矢理破棄させようとした罪に相違ないですね」
「そうだ、そうだ! おまえらが監査官だという証拠はあるのか!?」
「ロンダリングさん。あなたは町長と手を組み、エイチー・ゴーヤンに対して迷惑行為・脅迫行為をくり返し、契約破棄を強要。あまつさえジンさんたちを誘拐してまで契約を強要しましたね」
「だいいち、ジーエムとはなんだ! さっきからわけがわからん! わしは町長だぞ! そのわしにこのようなことをして、どうなるかわかっておるのか!」
「というわけで、お2人とも極刑は確定ですね」
「「――少しは人の話を聞け!」」
石畳の上に座らされていたクロルとロンダリングが、声をそろえてミトへ怒鳴る。
確かに、ミトはまったく相手の話を聞いていない。
「話を聞いても聞かなくとも、今回は誤差と言えるでしょう」
「「言えんわ!」」
さすがつるんでいた悪党だ。
息もピッタリである。
「だいたいジーエムとやら! おまえは先ほど『ゆっくりとお話を聞かせて頂きましょう』とか言っていたではないか! ならばなぜ聞かぬ!」
「聞かなくともわかっているからです。あなた方、先ほどジンさんたちを脅していたではないですか。相違ありませんよね、ジンさん」
少し離れて立っていたジンたちは、ハチベーくんに守られながら大きくうなずく。
「はい、その通りでございます、ジーエム様。我ら夫婦だけではなく、子供も誘拐された上に脅されておりました」
「狂言を申すな! そんなことをしておらん! 貴様らこそ、我らを嵌めようと嘘を言っているのだろうが!」
「そ、そんなわけありません!」
「子供を攫ったなど知らぬわ! ならば証人をださぬか! 貴様ら以外に証人はおるのか!? 貴様らが勝手に言っているだけであろうが!」
「ぐっ……」
クロルたちの言っていることはムチャクチャである。
捕まえられていた2人が訴え、さらに人質になっていた子供をハチベーが助け出したのだ。
それで罪を認めぬ面の皮の厚さはさすがである。
力では絶対に勝てぬと悟った2人は、得意の口八丁に切り替えたのだろう。
「証人をだしてみろ!」
クロルが自棄になって悪あがきを言う。
奴も無理筋なのはわかってごねているのだ。
そもそもこの状況で、この場にいる我々以外に証人などがいるはずがない。
普通ならば……だが。
「おうおう! 随分と好き勝手言ってくれるじゃねえか! 証人ならいるんだぜ!」
ハチベーくんが前にでる。
助けた赤児に対する罪を惚けたことが、彼には許せなかったのかもしれない。
ターエさんに抱かれている赤児を一瞥すると、彼は2人に向かって指をさす。
「テメーらがジンさんたちを脅す悪事をしっかりと見聞きしていたお方がいるんだ。ちょっとエロっぽい装備を身につけた銀さんって人が、その辺をウロウロとして見聞きしているはずなんだよ!」
「はぁ? ちょっとエロいだと? なんだ、それは? 変態か、遊女かなにかか?」
「遊女だか、ウロウロとしている遊び人だか知らないが、いるというなら、その銀さんとやらをこの場に連れてきてもらおうではないか!」
「そうだ、そうだ! その変態遊び人の銀さんとやらを目の前につ――ぐはっ!」
「――ひょんげっ!」
唐突だった。
腰をおろしていた悪党ども2人は、後頭部から衝撃を受けたように前のめりに倒れて、顔面を地面に叩きつけられていた。
「――誰が変態遊び人ですか」
そしてその2人の背後に現れたのは、ミトから受けとったライトマナガンを握った姫様だった。
彼女はマントで体を完全に隠しながら、2人に向けてにこやかな笑みで怒りを浮かべている。
「まったく無礼千万です。わたくしを変態と罵ってよいのはミト様だけだというのに」
「ちょっ姫!?」
思わず口を滑らせてしまうが、地面にひれ伏した2人の耳には入っていないだろう。
「くっ……。なんだ貴様は……」
頭を抑えながら、クロルが姫様を睨めつける。
「わたくしがあなたの悪事を見聞きした者です。あの部屋であなた方がジンさんたちを脅しているところ、確かに見届けました」
「ふざけんな。貴様のような変態遊び人な――」
――バシュッ!
「――あんぎゃ!」
ライトマナガンのトリガーが引かれると、クロルが額を弾かれたように倒れた。
いつも温和な雰囲気を壊さない姫が、珍しく非常に怒っているようだ。
今の姫のトリガーは、かなり軽いらしい。
「と、ともかくおまえらが監査官などと信じられないし、その証拠もない!」
「そうだ! 誰が貴様らなどに従うか!」
勢いに任せて押しきる気なのだろう。
2人とも立ちあがって、まるで自分たちに正義があるかのように、冤罪を訴え始めた。
ああ、醜い。
なんと醜いことか。
こんな奴らに、慈悲など無用だ。
「…………」
我は姫様に目を向ける。
すると、姫様は静かにうなずいた。
潮時だと言うことだ。
「静まれ! 静まれ!」
我は、先ほどカクリアスが言ったようなセリフをくり返した。
すると、姫様がミトの横に寄り添い立って、かんざしに手を添える。
そして、それをするりと抜いて見せた。
まとめていた髪が、ふわりとほどけて広がり、それとともに黒かった髪が、夜空の月明かりを返す銀色に変化していく。
やはり、我が姫は美しい。
「控え! 控えおろう! この美麗なる銀髪が目に入らぬか! こちらに
「なっ!? なんだと……」
「まさか……でも、あの銀髪は!?」
仰天しすぎたロンダリングとクロルが、混乱しているのか動きが固まる。
王族の前で控えろと言われているのに控えなければ、その場で処刑されても文句は言えない。
それをわかっているカクリアスが、2人に慌てて警告する。
「そ、そうですよ! 王女の御前です。みなさん頭が高いです! 控えおろうです!」
言いながら彼女も、そしてハチベーくんも片膝をつく。
一方で、ジンたちは両膝をつきひれ伏した。
本来ならばジンたちのように両膝をつかなければならないところだが、護衛の者は片膝で許されている。
「はっ、ははぁ~っ」
やっと状況を理解した悪党2人も、慌てて両膝をついてひれ伏した。
立っているのは姫と、王国勇者として警護するための我。
そして意に介さないミトだけだ。
だが、それを姫は認めている。
「あなた方の悪事は、このわたくし国家監査官である【カゲロナリア・ド・クガワース・エドパニア】自らの目で見させて頂きました。もう言い訳の余地はありません。観念して罪を認め、処罰を受けなさい」
2人は完全に平伏して罪を認めた。
圧倒的な力と逃げられない私界の中で、王女に罪を見咎められたのだ。
さすがにこの状態では、
「ミト様、ありがとうございました。貴方様のご尽力により、悪しき病巣を取り除くことができました。これで『あの方』と呼ばれる者への手がかりを得ることもできましょう」
姫様がミトに
「それによかった。では、とりあえずこの場は、一件落着ということで――」
「――いいわけあるか!」
ミトの言葉を割った声。
それは、よろよろと立ちあがったメントルのものであった。
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