ミトの戦い

第35話「似たり寄ったり、似たり寄ったり」

「オレは……オレはここで楽しく……好き勝手に暮らしたかったし!」


 メントルはよろよろになりながら叫んだ。

 若者の主張というやつだろうか。


 まあ、わかる。

 その気持ちは、俺も理解できる。


 元の世界は好き勝手に生きられるほど、あまい社会構造をしていない。

 でも、この世界では違う。

 なにしろ、すごい力をもった勇者としてここに来ているんだからな。

 まるで物語の主人公になった気分になっても仕方がない。


 俺とて女神に「好きなように行動するがよい」とは言われている。

 たぶん、俺が欲望のままに生きようとすれば、何でも好きにできるだろうし、他人に邪魔されることもないだろう。

 本気でやれば世界征服さえできてしまうと感じている。


 しかし、そのような生き方を他人に邪魔されることはないとしても、俺自身が邪魔をする。

 女神が言った「お主がお主の信念に背かない限り」という前提条件がまさにそれだ。

 GMとしての信念が俺を律する。

 俺はこの世界のGMであり、そのことを俺自身も望んでいるのだ。


「好き勝手に暮らすなとは言わんが、みなが好き勝手に生きたいと願っている。そうなれば当然、軋轢が生まれる」


「その時は強い奴が道を通すし! それを通す力がオレにはあるし!」


「ならば私には、それを好き勝手に防ぐ自由と、それを成す力がある」


「力……か……」


 つぶやくように言いながら、メントルはアイテム・ストレージから薬瓶を1つとりだした。

 回復薬だろうか。

 まあ、かなりの怪我だから痛みも酷いのだろう。

 これから事情聴取もあるから、回復ぐらいはさせてやった方がよいのかもしれない。

 だから俺は、それを飲むことを見逃した。


「力……力……あの方・・・からいただいた……ちから……力は……血から……血血血血血血……ちからちからちかららららららら!!」


 たぶん、見逃したのはミスだったのだろう。

 突然、メントルが爆発した。

 真っ黒な液体のようになって飛び散った。

 俺は咄嗟に、剣を一回転させて風を起こしてこちらに飛びかかってるそれを防ぐ。

 背後にいる者たちに浴びせないようにするために。


 悪寒だ。

 黒い液体がなんだかはわからないし、俺もさすがに混乱していたが、この黒い液体は危険な物だと感じていたのだ。


 それは正しかった。

 黒い液体を浴びてしまったクロルとロンダリングは、まるで溶けるように自らも黒い液体へと変化していったのだ。

 そして黒い液体は、まるでそれ自体が意志をもっているかのように地面を這って、メントルのいた場所に集まっていく。


 さらに俺はドジを踏んだ。

 この審判監獄ジャッジメントプリズンには、ドライを始めとする裏切りの近衛騎士たちも端の方でアカウント凍結されていたのだ。

 黒い液体はいつの間にか、その近衛騎士たちまでも液体化して取りこんでしまう。


「ミト様、これはいったい……」


「わからん。私も初めてだ、こんな事……」


 むしろ、俺がお銀に尋ねたかったぐらいだ。

 俺の知っているデモハンにこんなイベントはないから、てっきりこっちの世界の現象だと思っていたのだ。


 黒い液体が集まって、まるで粘土をこねるようにして形を成していく。

 それは一瞬のことだ。

 できあがったのは、一言で言えば巨大な悪魔だ。


 3つの山羊の頭、人間の男性のような上半身に、犬のような下半身。

 腕は蜘蛛を想像させ左右に4本ずつ生え、その先端には指の代わりに人の腕から先が生えていた。

 全長10メートルほどある、なんとも醜い姿。

 だが、俺はそれをよく知っていた。


「まさか【生け贄の宴サクリファイス・フェスト】……なぜここに!?」


 それはデーモンビースト・ハンターズにでてくる、狩猟対象となる敵モンスターだ。


 と認識した途端、世界が歪んだ。

 そして一瞬で、審判監獄ジャッジメントプリズンが消え失せて元のゼーニ屋敷に戻ってしまう。


 強制排出だ。

 理由はたぶん、審判監獄ジャッジメントプリズンはプレイヤーが入る場所だからだ。

 つまり、モンスターが入ることはできない。

 そのためのエラーみたいなものだろう。


「まずい!」


 俺はすぐに思考操作でマップを開いて、自分を中心に半径100メートルを【キープアウトエリア】に指定する。


 キープアウトエリアとは、ゲーム中にマップバグなどでキャラクターがはまって動けなくなってしまう場所や、はめ技がおこなえてしまう場所など、問題がある部分をゲーム内で立ち入り禁止にすることができる、応急処置機能である。

 通称「結界」。


 マップに問題がある時にはもちろんマップを修正しなければならないが、それはその場ですぐにできるようなことではない。

 だからと言って、修正パッチがあたるまで放置しておけない場合もある。


 そういう時にGMは、ゲーム内でその部分を立ち入り禁止指定にすることができる。

 マップから範囲を指定すると、そこに黄色いテープの封印帯というのが張り巡らされて侵入を禁止することができる。

 設定によっては、禁止エリアにいるキャラの強制排除、エリア内外の干渉禁止、エリア内にいるモンスター等のエリア外への移動禁止なども行うことができた。


 これでこのデーモンビーストは外にでられなくできたし、エリア内にいた一般人もすべて強制排除することができた。

 もちろん、ジンさんたち家族もだ。

 半径100メートル内にいるのは、俺たちだけのはずである。


「フゥホオオオオォォォーッ!」


 デーモンビースト【生け贄の宴サクリファイス・フェスト】が雄叫びを上げた。

 久々に聞いたな、この雄叫び。

 だが、おかしいな。

 まるでこちらに気がついていないかのように、潰したゼーニ屋敷の上から動こうとしないし、視線が泳いでいるようだ。

 もしかしたら、まだ意識がはっきりしていないのかもしれない。


「ミ、ミト……こっ、このバケモノを……し、知っているのか……」


 スケちゃんが声だけではなく、体を震わせながら訊ねてきた。


 見れば、カクちゃんもかろうじて立っているが、顔をひきつらせて歯を鳴らしながら涙目になって震えている。


 ハチベーくんは、地面にうずくまって体を丸め、泣きながら震えていた。


 そしてお銀に関しては、腰が抜けたのか尻もちをついて座りこんでいた。

 マントはめくれて、すっかりくノ一装束も見えて……というか、お尻の辺りが水浸しになっていた。


 どうやら、彼らにとって目の前にいるのは、まさに恐怖の悪魔そのものということなのだろう。

 まあ、俺も最初に見た時は、この恐ろしいデザインにビビったものだった。


「こいつは【生け贄の宴サクリファイス・フェスト】というデーモンビーストだ。レベルは……666だな」


「ろっ、ろっ、ろっぴゃくろくじゅうろく!? ど、どうりでこの迫力……」


 スケちゃんのひきつった言葉に、カクちゃんが力尽きたようにその場に座りこむ。


「む、無理です……こんなの無理……」


「そ、そうだ。勝てっこない……早く逃げよう……」


「こらこら。GMが逃げたら、周囲の皆さんが困ることになるでしょう。それによく考えてください」


 俺はみんなを安心させるために、気づきを与える。


「みんな一緒ですよ」


「え?」


「レベル150だろうが、200だろうが、666だろうが、同じ3桁じゃないですか。似たり寄ったり、似たり寄ったり」


「「まったく似てねーよ!!」」


 スケちゃんとカクちゃんの大きなツッコミ声で、【生け贄の宴サクリファイス・フェスト】がこちらに気がついた。

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