第36話「私の世界には、すばらしい名言があるのです」

 デーモンビーストは、悪魔の化身である。

 アクション系MMORPGの【デーモンビースト・ハンターズ】では、そう言う設定になっていた。

 基本は巨大なモンスターで、ボス級デーモンビーストはだいたいが人の5倍以上の全長がある。

 特にレベル100ごとにでてくる、レベルキャップ解除条件になっているボス級は、格別の強さを誇っていたものだ。


 その中で例外のボス級が目の前にいる【生け贄の宴サクリファイス・フェスト】だ。

 こいつはゲーム中では、レベル666になるとでてくるデーモンビーストで、倒さなければならない敵ではない。

 ただし、倒せばレアなアイテムがもらえるという利点があり、チャレンジする者もおおかった。

 ただ、レベルキャップ700時代、こいつを倒せたプレイヤーは両手で数えられる程度と言われていた。

 なにしろ、場合によるとレベル800のデーモンビーストよりも厄介だったからだ。


「部位破壊は、確か頭破壊を3段階で再生能力を止めて、腕を4本以上破壊で弱体化させると、核がでるのでやっと斃せる……という手順だったな」


 俺は言葉に出して手順を確認する。

 こいつが一番厄介なのは、この攻略手順があることだ。

 そして通常は狙いにくい頭を最初に破壊しなければならないという意地の悪い仕様だ。


 しかも、このデーモンビーストから「部位破壊蓄積値のキャップ」というのが採用された。

 詳しい説明を省くと、どんなに強くても一撃で頭を破壊するのは無理ということだ。

 最低でも3発いれないと、部位を破壊できない。


 【生け贄の宴サクリファイス・フェスト】の場合、3つの頭を全て破壊しなければならないため、最低でも頭に9発攻撃を叩きこまなければならないのだ。

 しかも、1つ破壊するたびに頭の形状が変化するのだが、その変化が終わるまで次の破壊には入れない仕組みである。

 つまり、9発を連続でいれても意味がないのだ。

 どんなに強くとも、ステップを踏まないといけないため、それなりの討伐時間がかかる。


 ゲームと一緒ならばだが。


「とりあえずみなさんも、キープアウトエリアの外で待っていてください」


「えっ!? ミトさ――」


 俺はとっとと4人を外に出した。

 なにしろ、こちらに気がついた【生け贄の宴サクリファイス・フェスト】が跳びあがっていたのだ。

 これはゲームの中でも存在した攻撃パターンの1つ、【挽肉の晩餐キーマ】。


 俺は斜め上に跳んで避ける。

 もちろん避けなくとも、通常の攻撃ならばダメージをまったく喰らわないはずだ。

 しかし、ゲームとまったく一緒とは限らない。

 油断をしない方がいいだろう。


「うぎゃああああぁぁ!」


 【生け贄の宴サクリファイス・フェスト】が悲鳴をあげた。

 俺が避けるついでに、すれ違いざま【赤き正義の剣】で3撃を頭に叩きこんだからだ。

 【挽肉の晩餐キーマ】を避けると、攻撃チャンスがあるところも一緒だ。


「おっ。変化も一緒ですか」


 残っていた2つの山羊頭。

 その両方の額から、1本ずつ角が生えてくる。


――さすがでございます、ミト様!


 耳元に響いてくるお銀の声。

 ああ。そう言えば、まだチャトークというソニック・クリスタルを内蔵した通話機を耳につけたままだった。

 はずしておいた方がいいかな。


――素敵ですわ、ミト様! 凜々しいですわ、ミト様!


 はずすのはやめよう。

 悪くない。

 悪くないぞ。

 耳元で美しい声により褒められるのは、なかなか気持ちがよい。

 デモハンでGMをしていた時も、かわいい声のプレイヤーからチャットで礼を言われたことはあったが、このように手放しに褒められたことはなかった。


 それにチャットで言われることは、ほとんどがクレームだったしな……。


 ああ。そう言えば、【生け贄の宴サクリファイス・フェスト】が実装された時も大変だったっけ。

 なんか「ゲームバランスが悪すぎる! 強すぎるからどうにかしろ!」とか、わざわざGMを呼びだしてクレームをいれてくるプレイヤーが大量に発生したんだ。

 そんなこと、ぶっちゃけGMに言われても困るわけだ。

 もちろん、言われたことはエスカレーションするけど、そういうことはご意見窓口から言えばプロデューサーに届けられるんだから、そっちを使ってほしいものだ。

 どうにもできないクレームばかり言われても、こっちは精神が病んでしまうんだぞ。


 ……と、俺はなぜか嫌な過去を思いだしながら跳びあがった。

 そして【生け贄の宴サクリファイス・フェスト】の数多の攻撃を避けながら、2度目の頭破壊をおこなう。


 とたん、どこからか見ているであろうお銀がまた褒めちぎってくる。

 だが、別に大したことではないのだ。

 俺にとっては、このレベルではほとんど作業に等しい。

 通常の攻撃を食らったところで、ダメージにはならないし、そもそも動きが鈍すぎて攻撃を食らうこと自体あり得ない。


「おや? 火が……」


 屋敷がいつの間にか燃え始めている。

 【生け贄の宴サクリファイス・フェスト】が暴れたせいで、ランタンかなにかの火が引火したのだろう。

 視界が明るくなって助かるが、火事の原因は俺にもあるのだろうか。


 ……いや、ないな。

 うん、ない。


 悪いのは全部、【生け贄の宴サクリファイス・フェスト】である。

 賠償金とか請求されても払えないしな。

 あいつが全て悪い。

 だから、とっとと倒してこの場から逃げ……ではなく去るとしよう。


 というわけで、最後の頭も簡単に破壊してやった。


 ゲームでは3つの頭を破壊すると、再生能力が働かなくなり、そして【死の霞デスガス】というHPを削る状態異常の煙を身の回りに纏いだす。


 とか思っていたら、目の前の【生け贄の宴サクリファイス・フェスト】もなにか紫の煙を纏いだした。


 これは、もうガチだ。

 完全にデモハンの【生け贄の宴サクリファイス・フェスト】と同じである。

 ということは、とんでもない推測が成り立つ。


 この【生け贄の宴サクリファイス・フェスト】は、メントルが薬らしい物を飲んで変化したデーモンビーストだ。

 そしてメントルがあの薬を飲んだ時、「あの方からいただいた」と言っていた。

 つまり、薬は「あの方」が用意した物だ。


 人間をデモハンの【生け贄の宴サクリファイス・フェスト】に変化する薬を作った「あの方」。

 プレイヤーなのか、それともあのブラック会社の関係者なのかまではわからない。

 しかしその正体は、まちがいなく転移者だろう。


 しかし、【死の霞デスガス】か。

 他の者たちをキープアウトエリアからだしておいてよかった。

 少しでも吸ったら簡単に逝ってしまうだろう。

 ちなみに、GMの鎧を着ている俺に状態異常は無効だ。

 それが防御力に関係なくHPを削る【死の霞デスガス】であろうと無意味である。


「あ、防御力無視と言えば……」


 腕を2本破壊してから、俺は大事なことを思いだす。


――防御力無視とはなんのことですか?


 独り言をお銀が拾ったようだ。

 耳聡いな。


「防御力無視は、どんなに防御力があってもダメージを喰らわせられる攻撃の種類です」


――それは怖いですが……。もしかして、その攻撃をこのモンスターはおこなえるのですか!?


「ええ。たぶん核をだした時……ようするに追い詰めた時に、こいつはそれをやってくるでしょう」


 腕をまた1本破壊する。

 あと1本破壊すれば、核を出すことになる。


――そ、それではミト様でも危険では!?


「そうですね。比率ダメージは通常と処理が違うので、私でもダメージはくらってしまうかもしれません。しかしですね、お銀。私の世界には、すばらしい名言があるのです」


――なんですかそれは?


「それは、『当たらなければどうということはない』ということです」


――なんて至言!


 俺は4本目の腕を破壊する。

 これで核が現れる。


 ……はずだった。


 なぜか周囲の空気が変化した。

 これは覚えがある。

 先ほどまで周囲を覆っていたが、メントルがスケちゃんとカクちゃんにやられて気を失った時に消失した空間。

 すなわち、私界だ。


――うっ、うそ……ですわよね。


 震えるお銀の声が絶望を携えて耳に届く。


――このモンスター、私界の効果でレベルが1.5倍になって……999になっていますわ!

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