GMの一行

第37話「ともかくこれで一件落着だな」

「信じられない……すごすぎるだろう、あやつ……」


 レベル666という前代未聞のモンスター相手に、頭を次々と破壊してみせるミトを見て、スケルディアは恐怖に近い驚きを感じていた。

 それはカクリアスもハーチスも、そして銀姫カゲロナリアも同じ想いだった。

 なにしろ、まったく危なげないのだ。

 まるで庭の掃除でもするように、棚の上の埃でも落とすように、彼はモンスターに攻撃を加えていたのである。


「GMミト様……女神の加護を受けし方……」


 カゲロナリアは、目の前に映しだしたミトの勇姿を見ながらつぶやいた。


 その映像は、カゲロナリアの【バード・アイ】という魔法によるものだ。

 離れた位置の状態をフリーアングルで見ることができる便利な魔法なのだが、今までは彼女のレベルが低かったため、せいぜい10メートル程度の距離までしか見ることができなかった。

 ところが、今回の戦いでカゲロナリアは一気に3レベルもアップした。

 そのため100メートル先も見られるようになったし、相手のレベルまで見られるようになっていたのだ。


 だからこそ、モンスターによる私界の展開という前代未聞の出来事の結果で、そのモンスターのレベルが信じられない数値になっていることもいち早くわかってしまった。


「レベル999……これはもう神の領域です……」


 カゲロナリアの言葉に、ハーチスがうなずく。


「まったくです。確か最強と言われた伝説の勇者のレベルが331。666でも信じられなかったのに、レベルキャップの999なんて強さを想像することもできねぇ……」


「だ、だよね。999なんて理論上の話だったのに……無理だ、こんなの……」


 カクリアスは自分も預かっていたチャトークを耳につける。


「ミト様、逃げてください! こんなの斃せるわけないです!」


 不安に駆られたカクリアスが叫んだ言葉に、全員が悪寒を感じて動きをとめた。


 そうだ、斃せるわけがない。

 たぶん、この世界の勇者を全員集めても斃せない。

 それはつまり、この世界の終わりを意味する。


――大丈夫だ、安心しろ。


 だが返ってきた声は、いつものミトだった。

 しかも、GMのときの声ではなく、普段の口調のミト。


「だって、レベル999なんですよ! 最強なんですよ!」


「そうだ! 逃げても誰もお前を責めやしねぇ!」


 ハーチスもまた告げる。

 逃げてもどうなるわけでもないと理解しながら。


――レベル999か。確かにすごいのだろう。


「なら――」


――しかし、大丈夫。ギリギリ3桁だし! つまり同じ同じ。


「同じじゃねーよ!」


「ふざけている場合か! 見ろ、モンスターの体を!」


 スケルディアの声で、全員の視線がまた映像に向く。

 人間型の胴体の真ん中に、真っ赤な玉が現れた。

 幼子の背丈ほどある直径の艶々した玉は、その中で鮮血が流動しているかのように見えている。

 そして中央には真っ黒な得体の知れないなにかが黒眼のように存在していた。


――やっと核がでたか。


「あれが、核……でしたら、防御力無視攻撃が」


 カゲロナリアがそう言った直後、今度はその紅玉の正面に黒い闇が集まり始める。

 そしてまるでブラックホールを思わす球状となる。


――来る!


 とたん、ブラックホールから扇状の黒い闇が広がった。

 デーモンビースト【生け贄の宴サクリファイス・フェスト】の足下から横一文字に広がった暗黒の壁。

 それこそが防御力無視で、GMの鎧さえも防ぐことができない闇の力。


「ミト様!」


 その闇の一文字攻撃は、くまなく空間を履くように、前方へ素早く進んでいく。

 逃げ場はない。


 だから、ミトは逃げなかった。

 ミトは自らその闇の攻撃に向かって走りこみ、そして転がりながら迫り来る闇の壁に突っこんでしまう


「――ミト様!?」


 全員が叫んだ瞬間、【生け贄の宴サクリファイス・フェスト】は叫び声と共に攻撃を止めた。

 そしてまるで蒸発するように、その体を消し去っていく。

 残ったのは、転がったあとに【赤き正義の剣】を突きだしたミトの姿。

 彼が核となっていた紅玉を破壊したのである。


「う、うそ……倒した……」


「マッマッマッマッ、マジか!?」


「なんなんだ、あやつは……本当に……」


 全員が驚く中、カゲロナリアは慌ててミトの体力を確認する。

 さっき闇の攻撃を食らったから、ダメージを受けているはずなのだ。


「あ、ありえません。ミト様、どうしてダメージを受けていないのですか!?」


 しかし、実際に彼の体力はまったく減っていなかった。

 彼はかすり傷ひとつ負っていないのである。


――無論、攻撃は念のため避けたしな。


「いやいやいやいや、おぬしは避けずにむしろ突っこんだではないか!」


 スケルディアがツッコミをいれると、ミトが何を言わんやと言い返す。


――俺はちゃんと避け行動をしたではないか。


「避けてねーよ! 前方に転がっただけだろうが!」


――ああ。あれが避け動作なんだ。転がっているある瞬間に無敵が発生する。その間を利用して避けることをフレーム回避と言う。


「い、意味がわからん!」


――アクション系だからなあ。まあ、ともかくこれで一件落着だな。


「一件落着ってより、一件焼失ってかんじだけどな……」


――あ……。


 火はほぼゼーニの館の全てを呑みこんでいた。

 しかし、それは最悪を考えれば大した被害ではないだろう。

 なにしろ下手すれば、世界が滅んでいたかもしれないのだ。


「あのモンスターはいったい……」


「あのデーモンビースト【生け贄の宴サクリファイス・フェスト】は、設定的にとりこんだ生け贄の力を自分のものにするとあったはずだ」


 瞬間移動してきたミトが、いつのまにか4人の後ろに立っていた。

 驚く仲間を前に、ミトは兜をはずして話を続ける。


「もともとのメントル、それに勇者ドライに近衛騎士団までとりこみ、あそこまで成長してしまったのだろう。すまぬな、お銀。油断したせいで、『あの方』につながりがある者がすべてとりこまれてしまった」


「それはしかたありません。まさかあのようなモンスターが現れるとは……。しかし、レベル999を倒してしまえるなんて」


「まあ、3桁だしな」


「ですから、それは大雑把すぎです。それにそういうミト様も、計測はできませんがレベル999ということなのではないのですか?」


「違うのだよ、お銀。この世界で戦っていてわかったのだが、ここはノーマルクラス・・・・・・・999がレベルキャップの世界なのだ」


「ノーマルクラス?」


「ああ。俺の世界ではレベル999などありふれていた。そのため、そのままでは飽きられて客が離れてしまう。そこで総責任者である阿久津プロデューサーは、ゲーム寿命延命のため、アイテムレベル制をとりいれた。しかし、それさえもすぐに頭打ちになってバランスが取れなくなってしまった。そこで新たに採用されたのが、マスタークラス制だ。今までのレベルをノーマルクラスと呼び、ノーマルクラスレベル999を消費してマスタークラスレベル1になれるというものなのだ。わかるかな?」


「いいえ。申し訳ございませんが……」


「何を言っているのだ、おぬしは?」


「あ、あたしも、わかりません」


「わかるわけねーだろう!」


 4人はそれぞれに首を横にふる。


「つまりこの世界のレベル999は、俺にとってレベル1なのだ。俺はマスタークラスのレベル999だからな」


「それはこの世界でのミトのレベルが……999×999レベルということか?」


「まじかよ、ミトのレベルは998,001レベルなのか!」


「え? ハチベーくん、計算早いね……意外……」


「確かにキャラクターにあわないな」


「どういう意味だ、このやろう!」


「あはははは……」


 明るい笑い声がみんなからもれる。

 まさに一件落着した安心感で、夜でも明るい気持ちでいられたのだ。


 というより明るかったのは、炎がキープアウトエリア内の家々に燃え移り煌々としていたからかもしれない。

 すっかり火を消すのを忘れていた一行であった。

 

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