第38話「姫、あっしはここですよ!」

 モルツの街に、日常が戻るまではしばらく時間がかかった。


 その一番の原因は、町長の代わりに街の管理を任せられる者がいなかったということだ。


 町長補佐も、街衢守護隊がいくしゅごたいの隊長も、商業ギルド長も、全員が町長の息がかかった者たちだったのだ。

 つまり町長が好き勝手できる環境が整っていたわけである。


 当然、国の治安を大切に考える王女カゲロナリアにしてみれば、このままモルツを離れるわけにはいかなかった。


 そのためすぐさま王都と連絡をとり、この街の管理ができる者たちをそろえた使節団を呼び寄せることにした。

 もちろんその間のことは、しかたなくカゲロナリアが表だって取り仕切っていた。


 彼女の政治的手腕は、非常に優れたものだった。

 町長の汚職の後始末をしながらも、止まっていた施策も次々と動かし始めたのだ。

 それに監査官として訪れた街を改善してきた彼女にしてみれば、いつものことだと言えた。


 もちろん、そんなことができるのは幼い頃からの努力の賜でもあった。

 勇者も目を見張るような魔力量をもっているのに、それを活かせない王女。

 聡い彼女は幼い頃からそのことを自覚し、同時に強いコンプレックスを抱いていた。

 だから彼女は、別の方向で役に立とうと外交を学び、自ら進んで政務に関わるようになっていた。

 その中で彼女は、自分に交渉術の才能があることに気がついた。

 相手の求める物や、考えを読むことができていたのだ。

 だから彼女は、幼いながらも多くの交渉の場に出向き、その流れのいとぐちを掴み、自分のものにしてきたのだ。


 そして今では、その手腕を疑う者はいないほどの存在となっていた。


 だからこそ、近衛勇者であったドライの裏切りに気がつけなかったことは、彼女としてもかなりショックなことだった。

 確かに彼が、スケルディアの王国勇者就任に一物もっていたことはまちがいない。

 しかし、国を裏切るほどの悪意をもっていたとはとても思えなかったのだ。

 さらに、あれほど多くの近衛騎士まで巻きこむことができたというのは、本当に青天の霹靂だったのである。

 家臣の心の内の闇を感じてやれなかった。

 彼女はその後悔をぶつけるように、モルツの復興に打ちこんでいった。


 ちなみに治安に関しては、スケルディアが先頭に立ち、カクリアスやハーチスも一緒に手伝っていた。

 勇者2人に勇者並みの力を持つハーチスの活動効果は高く、一時は乱れていた治安もあっという間に立てなおされた。

 もちろん、裏でミトが動いていたことも大きかった。


 そしてあの大火事……ではなく、町長とゼーニの取り締まりから1ヶ月ほど経った頃。

 街はどことなく平穏をとりもどすどころか、前より活気のある雰囲気になっていた。


「しかし、まさか派遣隊がもう到着するなんて思いませんでした。どんなに急いでも15日はかかる距離を2日しか、かからないなんて」


 そんなある夜。

 湯船からでるピンク色に染まった両肩にお湯をかけながら、銀姫カゲロナリアはスケルディアとカクリアスに向かって微笑んだ。


「まあ、ミト様がいらっしゃいましたからね。改めて思いますが、あの方はめちゃくちゃすぎる」


 スケルディアが苦笑しながら空を仰ぐ。

 いくつかのランタンに照らされた薄暗い中に漂う湯気。

 その向こうにある星空を彼女は見ていた。


「派遣隊15名を途中の町まで迎えに行って、全員を一瞬で連れて来るとは。まあ、我も姫も初めてこの街に来た時は、同じように彼によって空間転移させれましたが……。本当に敵いませんよ」


 出会った当初は、ミトに対してわだかまりもあったスケルディアだったが、あのレベル999のモンスターを倒した彼を見てすっかり心は変わっていた。

 どこかずれていて、多くのツッコミをいれたくなる男ではある。

 しかし、その力と信念の強さだけは、疑う余地がなく、その部分は尊敬できると感じるようになっていた。


「そ、そうですよね、スケルディア様! ミト様は……ミト様は本当にすごい方です」


 カクリアスも露天風呂に浸かりながら、同じように星空を見上げる。

 その顔はほんのり赤らんでいる。


「ああ。あたしはミト様にお仕えできて幸せです」


「その表情、尊敬と言うより恋慕に見えるが?」


「や、やめてください、スケルディア様! あ、あたしはそんな大それた……」


 慌ててカクリアスが横を向く。

 胸元の谷間に溜まっていたお湯が跳びはねる。


(うぬ……何度見てもすごい迫力だ……)


 その張りのある肌と、立派な胸にスケルディアは内心で少しダメージを受けてしまう。

 鍛えていたせいで筋肉質なのは、スケルディアもカクリアスも同じだった。

 しかし、胸のサイズはわりと差があったのだ。


 ちなみにスタイルが抜群によいカゲロナリアも胸はなかなかである。

 だからよけいにスケルディアにとって、胸はコンプレックスだった。


 おかげで、ついついスケルディアはカクリアスをいじめたくなる。


「おいおい。カクさん。もうすぐこの街を出なければならないのだ。そろそろ呼び名を変えて慣れてもらわないと」


「あっ。そ、そうでした。すいません、スケルディア様……ではなく、スケさん」


「そうそう。その調子で頼むぞ」


「あら、ならばわたくしのことも『お銀』と呼ぶ練習をしてくださいな。2人とも最近、わたくしのことを姫様と呼んでいるではありませぬか」


 そう言うとカゲロナリアは、頭の上でまとめた美しい銀髪を持ちあげ直した。

 そして立ちあがり、木製の湯船に腰かける。

 染み1つないほのかに赤らんだ白い肌に水滴が流れ落ちる姿。

 その様子に、スケルディアやカクリアスは見とれてしまう。


「そ、それはやはり抵抗が……」


「ダメですよ。ちゃんと呼んでいただかないと。今後は正体を隠し、エイチ・ゴーヤンさんの好意でいただいた『エイチ・ゴーヤンの市場調査隊』という隠れ蓑をまとって旅を続けるのですから」


 ジンは今回のことに感謝し、ミトに自分の店の従業員であると名のることを許可してくれた。

 その身分証明のために証明書や小道具まで用意してくれたのだ。

 これでミトたちはただの冒険者パーティではなく、商人のパーティとして身元も明らかな状態で各エリアをまわるようになったのである。


「わ、わかりました。……お銀さん」


 スケルディアがそう言うと、カクリアスも続く。


「お、お銀さん、改めてよろしくお願いします」


「はい。よろしくお願いいたしますね。……それから、スケさん」


「は、はい、ひ……お銀さん」


「確かにカクさんの胸はすごいですけど、そんなにコンプレックスをもつことはありませんよ」


「なっ、なにを……」


「スケさんの視線がずっと……。ちゃんとあなたのも立派ですからね」


「きっ、気にしていませんから! 本当に気にしていませんからね!」


 わりと本気で気にしているスケルディアだった。




   §

 



「ふう。間にあったようだな……」


 真っ黒な服に身を包んだ【東屋あずまや うるし】 は、大木の枝で身を潜めていた。

 姿を隠すスキルと、気配殺しのスキルを使用した状態で、音まで拾える遠見のスキルで、モルツの街の出口近くを見張っていたのだ。

 街についたのは昨日。

 それからいろいろと情報収集をして、カゲロナリアの姿を見つけることができたのだ。

 あの特徴的な銀髪ではなく黒髪だったが、東屋にはすぐにわかった。


「危ねえ。今日、このモルツを発つとは、ギリギリだったぜ」


 王都に届いたカゲロナリアからの手紙には、いろいろととんでもないことが書いてあった。

 その中でも近衛騎士団の裏切り、レベル999のモンスターの出現など信じられないことのオンパレード。

 さらにミトという謎の人物についていくから、近衛騎士団の補充はいらないというものだった。


 もちろん、王女の護衛をつけないという選択肢はない。

 しかし、王女の手紙に書いてあるとおり近衛騎士たちが裏切ったなら、残っている近衛騎士の中にも裏切り者がいるかもしれない。

 きちんと調査するまで、近衛騎士を使うことはできないのは当然である。

 また、カゲロナリアはなかなか頑固な女性だった。

 いらないと言った護衛を送っても、下手すれば撒いてでも逃げるかもしれない。


 ならばと国王は、カゲロナリアとも親交がある東屋を使うことにしたのだ。


 彼は転移者であり領解勇者でもあった。

 その実力は、スケルディアをも凌ぐ。

 実力だけで言えば、まちがいなく王国一の力をもつが、彼は目立つことを嫌って影に身を置きたいと考えていた。

 そしてそのスキルも、影に潜むのに適したものであった。


 だから彼は、王国の影に潜んだ。


 ところが今回の使命は、いつもと少し違った。

 カゲロナリア姫を影から護衛すること。

 そしてミトという人物を調査することだった。


「しかし、あの時は驚いた。まさかいきなり消えるとは思わなかったからな……」


 東屋は、姫の要請により結成された使節団の影について進んでいた。

 ところが、街道の途中で真っ赤な鎧の男が現れた途端、使節団がまるごと消え失せてしまったのである。

 慌てた東屋は、とりあえず休みも取らずにモルツを目指したのだが、使節団がすでに到着していたことに本当に驚いた。

 そして、あの赤い鎧を着たミトという人物がただ者ではないということを理解したのである。


「さあ、新たなる旅路の始まりです」


 遠見で様子をうかがっていると、カゲロナリアが力をこめて語った。

 しかし、さっきから様子をうかがっているのだが、なぜか馬車どころか、馬も用意されていない。


「うむ。そうだな。新たなる【GM call】が俺たちを呼んでいる。どこかで壁にはまって困っているプレイヤーがいるかもしれない、どこかでセクハラに悩まされているプレイヤーがいるかもしれない。満足度の高いプレイ体験で月額料金を払い続けてもらうためにがんばらねばな」


「ミ、ミト様……意味がわかりませんよぉ……」


「まったくだぜ。まあ、困っている奴を助けるってのはわかった。それはオレも異論なしだ」


「我もだ。その心根は監査官の求めるところと変わらないからな」


 話していることはよくわからないこともあったが、気合充分なことだけは東屋にも伝わってきた。


「しかし、まさか歩きで旅するわけじゃ……。仕方ない、コンタクトをとってみるか」


 姫は護衛はいらないと言った。

 しかし、自分1人がこっそりとついていくぐらいならば、姫も許してくれるだろう。

 姫とはなんとなく気があい、彼女の裏仕事をいろいろと手伝った仲でもある。

 東屋はそう考えた。


「ならば……」


 東屋は、懐から鉄製の大きな針をとりだした。

 その後尾には真っ赤な羽根がついており、それを指でかるく弾くと花のように広がった。

 それはまるで、茎の先に咲いた薔薇のようだ。

 だが、その花びらのように見える部分は風を巻く形をしていて、ふうと吹くと風車のように回転し始める。


 東屋のもつ特殊武器【精霊の香車】。

 ひとたび放てば、花びらのような風車が回って速度が増し、狙ったところへ吸いこまれるように飛んでいく。


 この武器のことを知っているのは、あのメンバーの中ではカゲロナリアだけだった。

 これを見れば、自分がそばにいることに気がつき、あの聡い姫ならば1人で会いに来てくれるだろう。

 東屋としては、ミトやその他のメンバーの調査もしなければならない。

 だから、姫以外にはあまり自分の存在を知られたくはない。


「姫、あっしはここですよ!」


 そう想いをこめながら、東屋は【精霊の香車】を投擲する。


「では、出発だ!」


 ミトがそう声をあげた。

 とたん、5人の姿がその場から忽然と消えてしまった。

 その跡地に、寂しく【精霊の香車】が突き刺さり、空しく空回りする。


「……えっ……ええええっ!? ちょっとまた消え……どこ行ったんですかい、姫!?」


 将来、ミトの仲間となり「ヤシチ」と呼ばれる東屋。

 しかし、彼が合流できるのは、まだまだ先であった。





                          ――終劇――

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GM無双~異世界でチート勇者を取り締まる! なぜなら俺はGMだから! 芳賀 概夢@コミカライズ連載中 @Guym

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