第17話「私の話を聞いていただけませんか?」

 スケちゃんには、ヒール・パウダーをかけてやった。

 それだけでほぼ回復した。

 やはりヒール・パウダーの効果は珍しいのか、姫にもたいそう驚かれた。

 いろいろと尋ねられたが、面倒なので「企業秘密です」とか、よくわからない言い訳をしておいた。


「ともかく、ありがとうございます、ジーエム様。2度も命を助けられ、貴方様には感謝してもしきれない恩がございます」


 王国の姫様が深々と頭をさげる。


「気にしないでけっこうですよ、【カゲロナリア・ド・クガワース・エドパニア】姫」


「……ジーエム様、わたくしのことはカゲロナリアとお呼び頂ければ」


「なるほど、わかりました。カゲアルナ様」


「い、いえ、カゲロナリアでございます」


「ハゲニナリナ?」


「カゲロナリアでございます!」


「カゲ……カゲ……【カゲロナリア・ド・クガワース・エドパニア】姫ですね」


「なぜフルネームならすんなり言えるんだ!?」


 スケちゃんが叫ぶが、そんなこと聞かれても俺の知るところではない。

 しかし、確かにフルネームは長すぎる。


「ならば、銀姫と呼ばせていただけませんか?」


「貴様! いくら命の恩人とはいえ、姫を直接、あだ名で呼ぶなど無礼千万!」


「わたくしはかまいませんよ、ジーエム様」


 姫が切れ長の双眸をすっと細めて笑顔で応じてくれる。

 さすが姫だ。

 器がでかい。


「ありがとうございます、銀姫」


「し、しかし、姫! いくらなんでも……」


「やれやれ。スケちゃんは堅いなぁ」


「ス、スケちゃん!? ま、まさか我のことか!?」


「――ぷっ!」


 姫が顔を背けながら吹きだす。

 どうやらかなりツボったらしい。

 片手で口を抑えながらも、肩が微振動をくり返している。


「ひ、姫……」


「ご、ごめんなさい……だ、だって、スケちゃんって……」


 息を切らせながら言う姫に、俺はドヤッとばかりに声をかける。


「どうです? かわいいでしょう?」


 俺の問いに、姫は激しくコクコクとうなずき始めた。


「や、やめてくださいよ、姫!」


「ご、ごめんなさい、スケルディア。……と、ところで、どうしてジーエム様はこんなところに? まさかまたわたくしの助けを求める声が聞こえたと仰るのでしょうか?」


 笑ったことをごまかすためなのか、姫が話題を変えてくる。

 否。というより、こちらが本題だろう。


 なにしろ、不思議に思っているはずだ。

 都合良く、こんな街から離れた森の中にいきなり現れたのだから。

 きちんと説明しておかなければなるまい。


「実は……銀姫にお願いがあって、お捜ししていたのです。そうしたら、たまたま銀姫が襲われていたのを見つけてしまったと」


「そうでしたか。わたくしとしては、ジーエム様に見つけていただき幸運でした。それで、そのお願いごととはなんでございましょうか?」


「はい、それなのですが……」


 そう、俺はわざわざ姫様に頼み事をしにきたのだ。

 ならば、ここは俺がきちんと礼を尽くすべきところだろう。


「銀姫、私の話を聞いていただけませんか?」


 本当はまずいのだが臨機応変というやつだ。

 俺は兜をとって、素顔を姫とスケちゃんに晒した。

 頼み事をするのに、兜も脱がず、姿も見せずではさすがに失礼すぎる。

 こちらの本気の気持ちも届かないではないか。


 だから俺は木漏れ日を浴びながら、熱い気持ちをこめて姫を見つめた。

 真摯な目で、姫を貫くように。


「…………」


 すると、その俺の熱を受けとってくれたのだろう。

 姫の頬が、ポッと赤らんだ。




   §




 姫の近衛兵は27人いたらしい。

 その他に勇者騎士(というらしい)が2人。

 もちろん、あのドライというのと、スケちゃんである。

 そして姫は総勢30人の一行だったらしいが、それが今は姫とスケちゃんの2名だ。

 27人の近衛兵のうち、18人がドライの息のかかった裏切り者だったというのだからたまらない。

 罠に嵌められて、残り9人はなんと殺されてしまったそうなのだ。

 いやはや、世の中には悪い奴がいるものだ。


 なんでも第一王子の派閥がどうとかなんとか言っていたが、そこは俺の仕事の範疇ではないのでかるく流しておいた。

 もし、ドライを倒したのが俺だと知られたら、俺の命も狙われるらしいが、まあ大した問題ではない。


 どうせゲームでは何度も死んでいるし、本当に1度死んでいるのだ。

 あと、数回死んでも大した影響はないだろう。

 そういう細かい事は、また今度考えよう。


 2人はHP的には回復したが、かなり精神的に参っていた。

 信じた仲間に裏切られたのだから当たり前か。

 俺は自分の頼み事を伝えたあと、とにかく安全な場所で2人を休ませることにした。


 ちなみに安全な場所とは、通称【GMハウス】である。


 チート行為やマナー違反などをしたと思われる容疑者を問いつめる場所として用意された閉鎖空間が、【審判監獄ジャッジメントプリズン】だ。

 陰気な冷たい感じの牢獄をイメージさせる何もない空間だ。

 窓一つなく、飾り気のひとつもない、堅牢な岩肌の巨大な部屋。

 閉じこめられているだけで陰鬱になる場所である。


 対して、被害者側から話を聞くための場所というのも用意してあった。

 そちらは打って変わって、閉鎖空間ながら明るい空が見えて、オシャレで豪勢な城のワンフロアのようなイメージで作られている。

 遊び心も満点で、リビングだけではなく、ベッドルームからバスルーム、トイレまで完備ときていた。

 それこそが、閉鎖空間【GMハウス】である。


 ちなみに先日、試しに自分でも入ってみたのだが、驚いたことにバスルームもトイレも機能していた。

 というか、飲み物やフルーツまで普通に飲んだり食べたりできたのだ。


 できたら自分が住みたいぐらい快適な空間であるが、それはできない。

 それはGMポリシーに反する。

 【GMハウス】はGMのための空間ではなく、他のプレイヤーを招くための空間だからだ。

 自分のためだけに使うわけにはいかない。


 ただ、今日ばかりは俺も泊まることにした。

 姫が一緒にいて欲しいと願ってきたのだ。

 もちろん、男と女の胸躍るような話ではなく、ボディガードとしてである。


 まあ、あんなことがあったあとだ。

 心細いことも非常によくわかる。

 だから俺は姫たちを寝室に寝かせて、自分はリビングのソファで寝ることにしたのである。


(銀姫には俺の要望を聞き入れてもらったし、あとは閉じこめてある勇者と近衛兵をなんとかしてから、街に戻れば良いか……)


 やはりモルツの街の問題は、カクちゃんの為にも解決してあげたい。

 いろいろお世話になったお礼にだ。


(しかし、そのあとはどうするか……冒険者として旅に……)


 そんなことを考えていたら、いつの間にか深い眠りについていた。



 ――そして俺は、俺を転生させた女神と夢の中で邂逅したのである。


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