第18話「しかたないだろう、GMなのだから」
明晰夢というやつなのだろうか。
いや、違うな。
俺はこれが夢だと知っているが、夢ではないとも知っている。
目の前に現れた、不思議な女性を俺は知っているからだ。
毛根付近は赤いのに、毛先に行くにつれ青色に変わる不思議な髪。
輪郭のハッキリしない、神秘的な光の粒子でできているような羽。
漆黒のようでいて艶やかさを見せる明眸。
緩やかに口角をあげる、イチゴのような赤い唇。
あの美少女と言うべき銀姫よりも整った顔立ちをしている、20歳前後の女性の姿。
金の羽衣のような服に包まれた姿は、魅惑的ながら近寄りがたい色気にあふれている。
「女神……」
なぜか忘れていた。
だが、たった今、ハッキリと思いだした。
こちらの世界で意識が戻る前、俺はこの女神と会っていたのだ。
そう。
俺は、この女神により転生させられたのだ。
そのことを確信して、俺は美しき神秘の女神に声をかける。
「女神よ……今ごろか」
「……え?」
「遅い。もっと早く来てほしいものだ。社会人は5分前行動だ」
「ちょっ、ちょっといきなりダメだし説教は酷くありませぬか? お主の転生後に説明しようとしたら、妾が現れる前にすごい勢いで走って、あの姫を助けに行ってしまわれたではありませぬか! おかげで女神の啓示を告げることが――」
「しかたないだろう。女神の啓示なんて知らんし、
「そんなことよりも!? 妾の……女神のお告げなのですえ!?」
「だいたいだな、そういう大切なことなら普通、転生前の事前説明できちんと伝えるべき事項ではないのか?」
「事前説明って……転生前は魂の状態ですから意識は曖昧で……」
「事前説明ができなかったならば、もっと早く現れるべきだろう? 説明責任を果たさないとは、使えぬ政治家だ」
「せっ、政治家ではなく、妾は女神で……」
「女神と名のるならば、それなりに神らしくしなければな。神と言えば、
「それ逆ではないかえ!? 神のが下に見られているのかえ!?」
「まったく、右も左もわからぬこの世界で、たった1人転生した我が身の不安を考えて欲しいものだ」
「いえいえいえいえっ! 不安なんてあったのかえ!? お主、なんの迷いもなく、休む間もなく、寝る間も惜しんで、ずーっと走り回って人助けしてしておったではないか! やっと寝たかと思うと深く眠りすぎて魂に声をかけても起きぬし、短時間しか寝ないし……どれだけ精根尽きるまで人助けしとるのかえ?」
「しかたないだろう、GMなのだから」
「し、しかたないの意味がわかりませぬが……」
「GMとは……GMとは、そういう生き物なのだよ……」
「生態!? そんな感慨深く言われても……。ま、まあ、た、確かにそういうお主だからこそ、妾は……」
「俺を選んだのだろう?」
「え?」
俺は女神の両手を取り、握りしめた。
新たなる肉体を得た俺の決心を告げるために、ぐっと彼女の双眸を覗きこむように見つめた。
「女神よ、あなたはあなたの望みを叶えるために俺を選んだ。違うか?」
「ちょっ、顔、近い……ソーシャルディスタンス……」
「あなたの熱い心の想いだけは、俺の魂の奥底に残っていたんだ。この世界の秩序を守って欲しいと」
「そっ、そうですけど、こっちの話を――」
「その正義の想いに、俺のGMポリシーが打ち震えた。だからこそ俺は、あなたの願いを叶えるためにも、命を賭けようと決心したのだ」
「えっ!? では、あれほど命を削るほど無理して人助けしていたのは、わ……妾のためにかえ!?」
まあ、命を削った一番の理由は、飯を食うのを忘れていたことだったが。
「これも、運命だと思ってな」
「運命……えっ! ちょっ、ちょっと! 運命を操る女神に運命を感じさせないでくれるかえ!? ドキドキしちゃうではありませぬか!」
すっと身を退き、女神が顔を真っ赤にしている。
ふむ?
熱か?
新型インフルエンザか?
あれは怖いぞ。
神をも殺すぞ。
なにしろ、GMさえ殺したのだからな。
「とっ、ところで!」
女神がどこかドギマギした感じで話題転換をはかってくる。
「妾はまだ、お主に目標を語っておりませぬえ」
「目標? だから、この世界の秩序を守る事ではないのか?」
「それは最終的な目
「なるほど。その目的を果たすために設定する、直近の目
「ど、どうしてそこまで尊大になれるのかえ? まあ、よい。お主にやって欲しいこと、それは……」
「それは?」
「それは、暴走する勇者たちの取り締まりを頼みた――」
「わかった」
「――決断早っ! というか食い気味すぎぬか!? 理由は気にならぬのかえ!?」
「細かい事は気にしないのでな」
「細かくないですえ! そこは気にせぬか!」
しかたないので、気にして話を聞いてやることにした。
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