第19話「俺がGMポリシーに反することはない」
「勇力因子というのをもう耳にしているはずですえ」
女神の問いに俺はコクリとうなずいた。
「勇力因子をもつ者をこの世界では勇者と呼ぶのだろう?」
「ええ、そのとおりですえ。勇力因子は、勇力、すなわち強い力、優れた力を生みだす因子ですが、それをもっているのは【転の者】だけなのですえ」
「てん?」
「たとえば【転生者】。お主の世界で落命した者の魂が、こちらの世界の新しく生まれる生き物の魂となるのですえ。ちなみにほとんどの場合、人の魂は人に宿りますが、そうならないこともありますえ」
「ああ、ラノベなんかでよくあるパターンだな。前世の記憶をもっていて、それで知識チートするとか……」
「いいえ。それはフィクションですえ」
「おいおい。フィクション的存在の女神が否定するのか」
「妾はノンフィクション女神ですえ!」
「ノンフィクション作家みたいなノリで言われてもな……」
「と、ともかく魂状態になると、記憶はかなり曖昧なれば、細かい知識までは思いだしたりできはせぬ。魂の記憶は薄いのですえ。ただ、前世で魂が成熟しておれば、転生後の精神は子供の頃から安定しますえ。そのために膨大な魔力量をもち、魔力を扱う力に長けることになりますえ」
「つまり魔法チート状態になると。チートはけしからんぞ、女神。永久
「女神を消す気かえ!? それに妾のせいではありませぬし、そもそもチートではなく、そういう仕組みなのですえ。お主にわかりやすく言うなれば……そう、キャラクター作成ボーナスで当たりが出た的な?」
「なるほど。それ、リセマラはできるのか?」
「リセマラって、何度も転生し直すことになってしまうじゃありませぬか。無茶言わぬでもらえますかえ」
「それもそうか。ともかく、ボーナスポイントが当たっただけということは、つまりチートではなく仕様ということだな」
どんなバグでもチートでもバランス崩壊でも、運営が「仕様です」と言ったとたんに正当な事柄となるのは世の理だ。
女神はこの世界の運営のようなものなのだから、彼女が仕様だと言うなら仕方ない。
仕様なのだ。
「まあ、仕様ならしかたないな。汝の罪を許してしんぜよう」
「……どうして妾が告解して許されているみたいになっているのですえ? 話をもどしますが、【転生者】とは別に【転移者】という者たちもいますえ。これは肉体ごと、こちらの世界に転移してきた者のことですえ」
「おお。それもラノベでよく出てくるな。【転移者】も魔力が強かったりするのか?」
「残念ながら、彼らは肉体がこちらの世界の魔力に対応していないので魔法は使えないのですえ」
「それはゲームバランス的にどうなんだ?」
「ここはゲーム世界ではありませぬ。それに魔法は使えぬかわりに、彼らは最初から100をはるかに超える高レベルの存在として現れ、特殊な能力……先
「スキル……そう言えば、カクちゃんも怪力をだせるスキルのようなものをもっていたが、彼女もまさか【転移者】だったのか?」
「いえ、そうではありませぬえ。彼女は【覚醒者】ですえ。【転移者】の子孫でその勇力因子を目覚めさせたものですえ。ちなみに【転生者】の勇力因子を覚醒させると、優れた魔法使いとなりますえ」
「あわせると最強……と?」
「そうとは限りませぬえ。【覚醒者】が得られる特異スキルはほとんどの場合、1つだけですえ。しかし、【転移者】は複数のスキルを得ることが多いのですえ。その得たスキルによっては、魔法は使えぬとも手に負えない存在になることも多いのですえ」
「……それはまさにチートということではないか?」
「そう、【転移者】はイレギュラーすぎるのですえ。しかし、この世界にはどんどん【転移者】が増えていますえ。そして【転生者】も」
「増えてる? どういうことだ?」
「お主の元いた世界とこの世界はルートができてしまっていて、こちらで死んだ者の魂はあなたの世界へ送られ、お主の世界で死んだ者の魂はこちらに送られることになっていましたえ。ただし、若い魂だけですが」
「つまり魂の交換留学?」
「……ま、まあ、そんなものだと思っていただいても。ただ、こちらの世界はあなたの世界より危険なので、若くして死亡する率が高い世界でしたえ。ところが、ここ1年ぐらいの間に、あなたの世界から若い魂が大量にこちらへ送られてきましたえ」
「……新型インフルエンザか」
女神が静かにコクリとうなずいた。
「お主の世界は魔力そのものが弱いので、こちらからの転生者の覚醒などの心配はほとんどないのですが、こちらの世界は魔力が強い上、活性化した勇力因子が近づくと覚醒しやすくなりますえ」
「活性化した?」
「覚醒後の勇力因子ですえ。【転移者】は最初から活性化していますので、彼らが近くにいるだけで勇力因子が覚醒しやすくなりますえ」
「ふむ。【転生者】が増えた理由はわかったが、【転移者】はなぜ増えた?」
「まず【転移者】は、この世界の者たちによる【転位召喚術】で呼びこまれた者ですえ。もともと各国は戦力として期待できる【転移者】を手にいれるのに躍起になっているのですえ」
「つまり俺たちは召喚獣扱いだったということか? ふざけた話だな……」
「ええ。しかし、【転位召喚術】の成功度は極端に低く、そんな簡単に【転移者】を得ることはできぬはずでしたえ。ところが状況が変わったのですえ。ここ1年ほどの間に……」
「1年……まさか……」
また同じキーワードが出てきて、俺は悪い予感がする。
「【転位召喚術】を成功させる非常に大事な要素として、転位される者の意識が重要なのですえ。『ここに居たくない』『どこかに逃げたい』『解放されたい』、もっと言えば『外にでたい』という程度の意味でもいいので、そういう『転移したい』ということにつながる強い想いを抱いていることが大事になるのですえ。ただ、今までは、そういう強い想いに接続すること自体が稀でしたえ」
「……まさか……」
ここまで言われれば、俺だって気がつく。
「ええ。今はそれが簡単にできてしまうのですえ。『転
新型インフルエンザで、仕事を失った者、家族を失った者が大量に出た。
さらにワクチンがなかなか開発に成功できず、感染予防のために不要不急以外で家から出ることもできなくなった。
そんな世界ならば、「転移したい」と願う者は数多いるのは当たり前である。
実際、俺が命を落とした、あのGMルームからも逃げたかった奴はたくさんいた。
「結果、この世界は今、かつてないほどの【転移者】が存在していますえ。そして増えすぎた【転移者】たちの力が、この世界の秩序を乱し始めていますえ」
「なるほど。理解した。俺が取り締まるべき勇者は、主に【転移者】たちということか。つまり元同じ世界の人間を殺せということか?」
「いいえ。必ずしも殺す必要はありませぬえ。改心すればそれでもかまいませぬえ。ちなみにお主に殺された相手は、魂の浄化がおこなわれてから転生の道を歩みますえ。さらにお主には、【転移者】の能力と記憶を消してから元の世界に戻す力もありますえ。言うなれば、アカウント剥奪によるキャラクター削除と、この世界へのアクセス禁止という処置ですえ」
「……わかりやすい喩えだ。ところで、わからぬ事があるのだが」
俺は説明を聞いていて、ずっと気になっていたことを尋ねることにする。
今まで大した問題ではないと思っていたが、説明を聞いていたら確認せずにはいられなくなったのだ。
「俺は……俺はなんなのだ?」
俺は赤ん坊として生まれ変わったわけでもない。
また、元の自分の体を持ってこの世界に来たわけでもない。
つまり、【転生者】にも【転移者】にも当てはまらないことになる。
「お主は……いわば【転換者】ですえ。【転の者】の一種ではあっても、妾が直接呼びこんだので勇力因子は持っておりませぬが」
「【転換者】?」
「妾が女神の奇跡で、お主の深層に眠る『願い』や『想い』から生みだした肉体に、お主の魂を受肉させたのですえ。正直、予想外でしたけど……」
「予想外? なにがだ?」
「お主の肉体の性能ですえ。もともとお主に【異世界
「よくわからん……」
「要するに、お主の正義への……というより、GMへの想いが強すぎて、その肉体に宿る能力は妾では生み出せないはずのレベルになっているのですえ。たとえば妾は、武器や防具、アイテムまで生み出したつもりはなかったのに、お主の『GMならこうあるべき』という想いだけで、それらが生み出されたのですえ。さらにGMのスキルまでこちらの世界に適応したものになって身につけている始末……」
「つまり、俺のすべてはGMでできていると? なるほど違和感がない」
「い、意味がわからぬが……。ともかくお主が本気を出せば、たぶん妾さえも止める術がないですえ。下手すれば人間界では神をも超える力ですえ」
「まあ、それは仕方あるまい。なにしろ、GMだからな」
「本当に意味がわかりませぬえ……」
「GMとは、『ゴッド・マスター』の略なのだよ」
「神より偉くなっているえ!?」
「まあ、安心しろ。俺がGMポリシーに反することはない」
「もちろん、お主の想いは信じておりますえ。だからこそ、こんな話もしているのですえ。お主がお主の信念に背かない限り、お主の好きなように行動するがよいですえ」
女神が優しく微笑んだ。
その微笑に含まれているのは、心を許す信頼の証なのだろう。
信頼に対しては信頼で返す。
それは親父から叩きこまれた、俺の信念でもある。
「依頼は承った。俺の力が及ぶ限り女神の望みを叶えてやろう」
「感謝しますえ、妾のGM。頼みましたえ。それでは意識を肉体に戻しますが、最後にひとつ。お主の周りに……とくにカクリアスの近くに、【転生者】の影が落ち始めていますえ。十分に気をつけて」
「それは――」
どういうことだと尋ねようとした。
が、できなかった。
俺の意識が急激に遠のいてしまったのである。
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