カクリアスの覚悟
第20話「あたしはあきらめないって決めたんです!」
あたしの名前は、最初から【カクリアス・ルト・ベクト・アーツミナ】だったわけではなかったそうです。
なんでも先祖に【カクノシン】という有名な転移勇者がいて、あたしの中にあったその勇力因子が覚醒していたことが、生まれてからしばらくしてわかったらしいのです。
そこで名前を勇者らしくしようと、先祖の名前と母の名前【アリステリアス】をまぜて【カクリアス】に改名に至ったというわけです。
ちなみにカクノシンの勇力因子は、その子孫全員に宿っています。
けど、基本的に眠っている状態。
起因は不明だけど、それが【活性覚醒】することで、初めて勇力を得られるようになるわけです。
でも、初期の活性覚醒段階では、まだ勇力をうまく引きだせないため、本来の能力の半分も使うことができません。
活性覚醒の次の段階である【自知覚醒】ができると、能力の80パーセントぐらいまで引きだせるようになる。
そして、その上の領解覚醒ができると、初めて能力を100パーセント発揮でき、私界などのスキルも使用できるようになるのですが、それができるのはほんの一握りの者だけ。
さらにそこから滅多に現れない【超悟覚醒】をおこなえる者になると、120パーセントの能力をだせるらしい……のですが、これはほとんど伝説的。
あたしはもともと弱いし、自知覚醒しかできていないので勇者としてはまだまだ。
もちろん多くの勇者が自知覚醒止まりだけど、あたしはあえて領解覚醒ができるまでは一人前の勇者として活動はしないと決めていたんです。
そして領解覚醒したら、両親の探索したダンジョンに向かうのだと……。
……違いますね。
これはただの言い訳です。
一握りしかなれない領解覚醒勇者になれるわけがありません。
あたしは臆病者で、自信も持てない情けない勇者なのです。
だから、旅立つのをためらっていただけ……。
でも、あたしはたぶん運命に出会いました。
それはもしかしたら、運命の女神の悪戯だったのかもしれません。
圧倒的力と、怖れを知らない真っ直ぐな心。
まだ少ししか触れあっていないけど感じとれたのです。
それは、きっとあたしが求める理想。
彼のそばにいれば、弱い自分が変わり、理想の自分になれるかもしれない。
だから、決心しました。
彼のそばにいるために、あたしは彼の依頼を受けることにしたのです。
特別な存在である勇者に命令できる者は、その主のみ。
勇者自ら仕事を受けるならばまだしも、他者から依頼された仕事を受けるということは、その依頼者に仕えることを意味するのが常識です。
つまりあたしは、ミトさん……ミト様に仕えることを決心したのです。
正直、ミト様がどんな人かは未だによくわかりません。
ジーエムと名のっていましたが、ジーエムってなんなのでしょうか?
それに彼の目的も正体も、その強大な力の謎もすべて不明です。
でも、信じられると感じたのです。
「――だっ、だから!!」
信じられる人から、信じてもらい任された初めての依頼。
これを成し遂げられなければ、この先はきっとない。
「あたしは……あたしは絶対にあきらめません!」
燃えさかる屋敷を尻目に、なんとか裏庭まで逃げてこられました。
背後には、ジンさんたち夫婦が子供をかばうように身を丸めて小さくなっています。
隠れる場所はどこにもない……です。
そう言えば従業員の方々は、どのぐらい無事なのでしょうか。
この炎に巻きこまれた方々も多かったはずです。
巻きこまれずに済んだとしても、この屋敷を囲む私界――私有亜空間臨界――からは逃げることはできないから、苦しんでいることはまちがいないでしょう。
「あきらめないって……なに言ってんのか、わかんねーし?」
目の前の
グレーの外套をまとい、細い長剣をもった、20代半ばぐらいの男です。
腹立たしいヘラヘラした顔をしているが、まちがいなく強者。
「もうおまえ以外、戦える奴は立ってねーし?」
そう言って男が、あたしの足下を指さした。
見なくても、わかっている。
右手には、ハーチスくんが仰向けに倒れて気を失っています。
左手には、ギルドの契約勇者である【パテル・ケトプロフェン】さんが倒れています。
パテルさんの意識はありますが、先ほど大きなダメージを受け、腹部から出血して表情を苦痛に歪めていています。
2人とも戦えないどころか、すぐに治療薬が必要でしょう。
彼らは、巻きこまれたにすぎないのです。
それなのに、全力で戦ってくれた。
3人で協力して倒そうとしてくれた。
しかしあたしたちは、まったく歯が立たなかったのです。
それどころか、倒れている2人に薬を使う暇もありません。
「わかってないし? 同じ150レベルでも、自知覚醒しかしてない勇者と、私界が使える領解覚醒している転移勇者のオレとは、天と地の差があるわけだし? この私界の中だと、オレの強さ1.5倍ぐらいになるし? つまり今のオレ様のレベル225相当だし?」
私界は、それを展開した者を強化する性質があります。
中には特殊な性質をもつ私界を展開できる者もいるけど、多くは自己レベル強化の効果が発動するのです。
その上、見えない壁に囲まれた私界の中には入れないし、中から外にもでられない。
そして、あらゆる外部との連絡も取れなくなる。
だから、ミト様に連絡をとる手段もない。
「いやぁ~、ホント、ラッキーだったし? 金がいいから受けた、そこの親子を連れて行くだけのたりーしごとだったけど、まさか自知勇者が2人もいるなんて、マジ超ラッキーだし? 対人戦は戦闘不能にすれば経験値はいるから、おかげでオレッってば……おお、もう151だし!?」
彼もレベル150の壁にぶつかっていたのでしょう。
この地方にいるモンスターは、どんなに強いモンスターでもレベル150になると経験値がはいらなくなります。
これ以上の経験値を稼ぐには、もっと危険なエリアに行くか、同レベルの者と戦うしかなくなるから。
「まったく感謝感謝だし? ああ、そこの50のゴミは別にしてだし?」
「か、彼をバカにしないで!」
ハーチスくんだって、無茶だとわかっていたはずなんだ。
それでも命がけで、あたしの力になろうとがんばってくれていたのに。
彼を嗤うなんて、絶対に許せない。
「弱っちぃのは確かだし? どーでもいいけど、そこの3人を渡してほしいわけだし?」
「絶対……絶対にさせません!」
「はいはいだし? まあ、女の子いたぶるの嫌いじゃないから、とりあえず戦闘不能にしてやるし? 経験値も欲しいし?」
「…………」
怒りで頭の中が真っ白になった。
こんなに怒ったのは、もしかしたら初めてかもしれない。
あたしは両手に再び魔力をこめる。
両手が魔力の鎧に包まれて、紫の光を放つ。
「あ、あたしは……あ、あきらめないって決めたんです! 託された信頼を守ると決めたんです!」
「あっ、そ。興味ないし? でも、下手にがんばりすぎると、オレも殺しちゃうかもだし?」
「し、死にませんから!」
あたしは先手をとるために、大地を思いっきり蹴り飛ばし、一跳躍で懐まで飛びこむ。
そして拳を腹部に叩きこんだ。
「当たらないし?」
確かに、彼はあたしの攻撃を避けまくっている。
先ほどから、一撃も当てることができない。
不思議だった。おかしかった。
彼の体捌きは決してうまくはない。
むしろ、完全に素人の体捌きだ。
それに対してこちらは、幼い頃は両親から習い、その後にギルドの育成施設で子供の頃から鍛えてきている。
それなのに、捉えきれない。
速い。
とにかく、純粋に速い。
レベル差以上に、速度の差がある気がする。
何発も何発も拳を打ちこみ、蹴りを繰りだすけど、ことごとく余裕で避けられてしまう。
「ど、どうして……」
思わずもれたあたしの言葉に、敵の男が「ぷっ」と吹きだして口角をあげた。
そして、バックステップして距離をとる。
「不思議? 不思議だよね。わかるー、それすごくわかるし? でも、オマエの怪力もレベルにそぐわない強さだし?」
そう言って指をさされて、あたしは初めて気がつく。
「そ、その速さ……特異スキルなんですか」
「そそ。オレの先
今の今まで話していたその姿が、唐突に消える。
と思ったとたん、背中に激しい衝撃が走った。
あたしは腰から先に前方に吹き飛び、ぶざまに地面へ転がってしまう。
「うっ……うう……」
つい呻くような声をもらしてしまう。
激しい痛み。
その辛さに耐えて、あたしはなんとか立ちあがる。
今までよりもさらに速い加速。
いえ。もう速いというレベルではなく、空間転移したとしか思えない。
手で捉えるどころか、目で捉えることさえできないのだから。
追いつけない……ならば、止まってもらうしかない。
あたしはチャンスをもらうため、避けられるのを覚悟で殴って、蹴って……そして避けた足下を狙う。
「アイス・バインド!」
これは、広範囲に足下を凍らせる魔法。
作戦通り水が流れるように広まった
「捕まえましたよ! これで――」
「ぷぷぷっ。あまいし?」
彼の嘲笑とともに、彼の脚を包む冰にひびがはいる。
そして次の瞬間には、粉々に砕け散ってしまう。
「驚いたし? 【韋駄天】からの派生特異スキル【
「ど、どうして……」
「知りたいなら味あわせてあげるし?」
「――なっ!?」
気がついたら、彼はあたしの左真横に立ってた。
さらに、上腕を握られてしまっている。
刹那、身の毛がよだつ感覚に襲われる。
あたしは慌てて、体ごと彼を振りはらおうとする。
でも、手遅れ。
「うああああああああっ!!!」
今まで感じたことのない痛みが、あたしの腕を襲う。
正直、何が起こったのかまったくわからない。
わかったことは、左肩から先が重くぶらっと垂れ下がり、まったく動かせなくなったことぐらいで。
痛くて、痛くて、痛くて……。
「ああ。腕の骨、粉々に砕けているから、もう動かせないし?」
「――!?」
「糸の切れた操り人形の腕みたいだし? ……ああ、そうだ、そうだ! 本当に操り人形みたいに四肢をすべて砕いてあげたら、たぶん面白いし?」
「…………」
立つどころか這うこともできなくなって、あたしは痛みで気を失いました。
まるで不快な深い黒い暗い穴に落ちていくように。
そして「死」というものを初めて身近に感じたのでした。
「ミ……ト……さ……ごめ……」
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