第16話「それよりも今は重要なお話がありますから……」
「なっ、なんなんだ、貴様……。どこの兵だ!?」
ドライと呼ばれていた勇者らしき男が、剣を構えながら俺を威嚇してきた。
長い金髪に、整った顔立ちは、少女漫画に出てくる美男子キャラを思わせてなんとも腹立たしい……と思ってはいけないな、うん。
しかし、勇者の上に美形とか……やっぱりムカつく系であることはまちがいないか。
「私は兵ではなく、GMです。あなた方の争いを納めに参りました」
「じーえむ? なんだそれは? 冒険者かなにか知らないが……見られたからには逃がすわけにはいかないな」
「まあまあ、そんなお決まりの文句よりも、まずは落ちついて話し合いませんか?」
「ふっ、ふざけてるのか、貴様!?」
「いえ。GMのときにふざけたりはいたしません!」
胸を張って言える。
俺はこのGMの鎧をまとうとき、どこまでも真面目に務めている。
「ジーエム様! どうしてここに!?」
背後から、愛らしいながらも、切迫した声が聞こえる。
それはもちろん、姫の声だ。
「またお会いしましたね、【カゲロナリア・ド・クガワース・エドパニア】姫」
「ま、またわたくしを助けに――」
「お、おい、ジーエムとやら……」
普通なら無礼なことなのだろう。
しかし姫の言葉を遮って、苦痛の色が混ざった女騎士がわってはいる。
彼女は止まらぬ鮮血を流してふらふらとしながらも剣を構え、果敢にもドライに対して戦う意志を見せていた。
「もし……もし姫を守る意志がある……なら……早く連れて逃げてくれ! ここは我が時間を稼ぐ!」
「なっ、なにを言っているのです、スケルディア! あなたを残してなど……」
「姫を死なせるわけには参りません!」
「スケルディア……」
2人の美少女が互いを思いやり、かばい、そして見つめ合っている。
ああ……ちょっと尊いな、これ。
しかし、今は職務中なのでそれを堪能しているわけにはいかない。
「失礼。盛り上がっているところ申し訳ないのですが、スケ……スケ……スケトウダラさん」
「それ誰っ!?」
「誰と言われても、スケトウダラと言えば、カマボコの材料になることで有名なタラ科の海水魚で、卵巣は塩漬けにしてタラコに……」
「よくわからんが海水魚って、魚であろう!? 明らかに我のことどころか人でもなくなっておらんか!?」
「そこは誤差ということで」
「誤差!? 大きすぎではないか!?」
「それはさておき」
「さておき!?」
「あなたは、【カゲロナリア・ド・クガワース・エドパニア】姫とともに下がっていてください。【カゲロナリア・ド・クガワース・エドパニア】姫を守るのがあなたの役目なのでしょう。ならば最後まで【カゲロナリア・ド・クガワース・エドパニア】姫に怪我をさせぬように務めを果たすとよいでしょう」
「い、言っていることはわかるのだが、なぜ姫はフルネームで、我は適当に呼ばれているのだ……」
「姫の名前はきちんと覚えているので」
「わ、我の名前は、さっき聞いていたよな?」
「おお、すいません。スケベイスさん」
「生き物でさえなくなった!? スケルディアだ!」
「スケテルヤ?」
「透けてない!」
「――いい加減にしろ!」
ドライが怒声でわってはいる。
「下らない話を聞いている暇などない!」
「確かに些細な話で待たせてしまったようですね」
「些細だと!?」
スケスケヤがまたつっこむが、そこは流しておこう。
トラブル系のインシデント処理を止めるのは俺としても不本意である。
「お待たせしてすいません」
顧客を待たせることは、満足度を下げる原因の一つだ。
悪いことをしてしまった。
仕方がない。
ここは、なるべくフレンドリーに話を進めるべきだろう。
「状況的にあなた方に非があるように見えますが、どうでしょうか。まずは話を――」
「話? そんなものは必要ない! 転生者のくせに領解覚醒もできない勇者など、ただのよそ者も同じ! ならば、貴族の血を引く私の方がよほど王国勇者にふさわしい。それを力で証明するだけのことだ!」
ドライが手にしていた豪勢な剣で俺に斬りかかってくる。
なかなか速い、無駄のない動きだ。
今まで戦ってきた者たちだと、この動きについてこられる者はそうそういないだろう。
さすが勇者だ。
と、一通り確認してから、俺も【赤き正義の剣】を抜き放った。
そして、振りおろされる前のドライの剣を正面から断ち斬る。
刃は、大した抵抗感もなく進んだ。
この【赤き正義の剣】は、防御力無視というスキルをもつ。
すなわち魔法障壁でもない限り、刃からほとばしる陽炎の軌跡を止めることなどできはしない。
ただしフレンドリーな対応として、本人を斬るのは避けておいた。
「――なっ!?」
飛んでいく自分の剣先を見て、ドライが目が飛びでそうな顔をしていた。
そして少し後ずさり、自分の手元を見て呆気にとられている。
「ま、まさか……」
そして背後でも驚愕の声が上がる。
「国宝の剣【勇者の威光】が……壊されるなんて……」
が、そのスケスケヤの言葉を聞いた俺も驚愕してしまう。
「……こっ、国宝?」
「ああ。【勇者の威光】は、我が国の初代【王国勇者】が国を滅ぼそうとした魔獣を葬った時に使用したという伝説がある聖剣。【王国勇者】に代々引き継がれるため、我が預かっていたのだが、ドライに奪われて……」
「……そ、それは……れ、歴史のある、大切な剣なのでは?」
「もちろんだ」
「…………」
「国宝だからな」
「……大変申し訳ございませんでした。今後このようなことがないよう――」
「謝って済むものでもない」
「べ、弁償するお金はないのですが……」
「金でなんとかなるものでもない」
「そ、それよりもジーエム様! 後ろを!」
姫が叫んで俺の背後を指さした。
俺がおもむろに振りかえると、ドライとその他の裏切り者らしい近衛兵たちが全員が掌をこちらに向けて、何か呪文らしき言葉を発している。
「あれは広域焼夷命滅魔法【ワイバーン・ブレス】! 魂をも燃やし尽くし、その場を死の土地に変える恐ろしき――」
「――あ~。今は忙しいので、そういう細かい説明はまたあとでお願いします」
俺は指をパチンと鳴らす。
仕事ができる男である俺は、レーダーマップ上ですでに全員をターゲット済みだった。
だからあとは、転送するだけ。
一瞬でドライとその愉快な仲間たちの姿は、その場から消えてなくなる。
「き、消えた……だと!?」
スケ……えーっと……まあ、スケちゃんでいいか。
スケちゃんが顔面を引きつらせながら蒼白にしている。
何が起きたのかわからなかったのだろう。
「大したことはしていません。
スケちゃんは首を捻るが、姫はハッと気がついた顔を見せる。
「もしや、あの時の私界ですか!?」
「ええ。GMは
「み、3つ!?」
「ええ。そこに閉じこめておいたので、あとで詳しく罪状を確認させていただきましょう。それよりも今は重要なお話がありますから……」
「重要な話……ですか?」
「はい、【カゲロナリア・ド・クガワース・エドパニア】姫」
俺は兜の中ながら真摯なる瞳を姫に向けた。
「な、なんでしょうか、ジーエム様」
「は……破損した国宝の代金、分割払いは可能でしょうか? できたら、60回ぐらいでボーナス併用なし、金利なしでお願いしたいのですが……」
「…………」
「国家反逆の王女暗殺よりも、代金分割払いのが重要な話なのか――よっ!?」
そう勢いよくツッコミをいれたスケちゃんだったが、体力の限界だったのかその場で倒れてしまったのである。
「ス、スケルディア!?」
それほどつらいなら、ツッコミなどしなければいいのに。
無理して倒れて仕事を放りだすなどプロ意識がまだまだだな。
やれやれこまったものだ。
そう思いながらも、俺はヒーリング・パウダーをとりだして使用するのだった。
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