第15話「トラブルを解決に来ました」

 姫がいるであろう街は「馬で2~3日のところでございます」と、ジンは言っていた。

 それは大雑把に言えば、「かなり離れている」ということだろう。

 往復で長くて6日間もこの街を空けると、カクちゃんに頼んだとはいえ、さすがに心配である。


 だから俺は、馬を使うことはやめた。

 そして、自分の足を使った。


 ぶっちゃけGMの鎧を着用し、走ったり跳んだりして行った方が絶対に早い。

 そう思って試してみた。


「ふむ。多少迷ったが、3時間でたどりついてしまったか……」


 さすがGMの力だ。

 もうすでに目の前に街がある。

 さらに言えば、帰りはマップができあがっているため、マップ移動を使用すれば一瞬で戻れる。

 つまり、日帰りも余裕だった。


 よくあるラノベでは、こういうのを「チート能力」とでも呼ぶのだろう。


 しかし、俺の場合は違う。

 なにしろ、俺はGMだ。


 GMは呼ばれたら、すぐにその場へ行かなければならない。

 このぐらいできなくては、GMを名のる資格などありはしない。


 そもそもGMがチートなんてするわけがない。

 つまり、決してチート能力などではないのだ。


「まあ、当たり前ということか。しかし、なかなか大きな街だな」


 カクちゃんが住むモルツはこの辺りで一番大きな街ということだったが、こちらの街【タンレイ】もなかなかのサイズだ。

 もちろん、この世界の「大きな街」がどの程度なのかわからないが、俺がGMをやっていたゲームの設定から言えば「大きな街」であることはまちがいない。

 マップを見ると市場通りがいくつかあるようだし、公園広場のような場所もあるようだ。

 遠くに見える丘の上の領主の館と思われる建物もかなり立派であった。

 まるでちょっとした城のようである。

 ただ、建物の感じや街の作りは、モルツとあまりかわらない。


「ふむ。街の端から端までは、全力で3~4回はジャンプしないと辿りつけないだろうな……」


 ちなみに門番がいて検問されたが、冒険者登録が通行パスとなって問題なく通ることができた。

 塀を跳び越えてもよかったのだが、GMとしては守れるルールは守る主義である。


「さてと……」


 俺は姫の場所を探すために、頭の中でサーチ機能を呼びだした。

 姫の名前は聞いている。

 覚える気がない普段なら覚えられないような名前だが、仕事なので名前はきちんと暗記してきたのだ。


「いた……けど?」


 サーチですぐに姫を見つけることはできた。

 ところが、どうやらすでに街の外にいるらしい。

 しかも、けっこう街から離れてしまっている。

 姫捜しにかこつけて少しぐらい街を散策しようというもくろみは失敗に終わったらしい。

 いや、サボるつもりはなく、あくまでついでだ。ついで。


 ……って、オレは誰に言い訳をしているのだろうか。


「しかし、姫はもう出発して……ん? これは……」


 どうもおかしい。

 姫がもしここからモルツに向かうなら、俺が頭上を飛び越えていることになるはずだ。

 しかし、彼女はモルツに向かう方とは明らかに違う方に進んでいたのである。


「どういうことだ?」


 面倒だから、強制召集でこの場に姫を呼びだしてしまおうかと思ったが、罪を犯してもいない者を本人の承諾もなく強制召還することは、GMポリシーに反している。

 それに今回のことは、こちらからのお願いごとだ。

 ここはやはり本人のところに行って、頭をさげて直接お願いするのが筋というものだろう。


 ただ、どうにも位置が気になる。

 モルツに向かっていない上に、なぜか街道から外れて森の中にいるではないか。

 今のところ姫のヒットポイントは減っていないし、バイタルサインに異常はない。

 しかし、なにかトラブルに巻きこまれている可能性は高い。


「というか、前の時にも盗賊に襲われていたが……考えてみると、なんかそれも変な話だな」


 仮にも一国の姫様が、そんな簡単にあの程度の野盗に襲われてピンチになるものなのだろうか。

 あとから近衛兵がやってきたけど、あいつらはそれまで何をしていたのだろうか。


「うーむ。……わからんが、今はそれよりも急いだ方がいいな」


 とりあえず、考えることはあとにした。

 俺のGMとしての問題解決能力が、警報を鳴らしているのだ。

 だから踵を返して、また街をすぐに出ることにしたのである。



   §



 街を出て人気のないところでGMの鎧をまとい、2度ジャンプするだけで、姫を近距離レーダーマップで捕らえることができた。

 このマップなら、近距離ならば周辺にいる者たちの位置を表示することができる。

 それによると、姫の周りにはある集団が取り囲むように迫っていることがわかった。

 数にして、30人ほど。

 その中のポイントを選んでプロパティを表示してみる。

 すると、ジョブは「近衛兵」と表示されている。

 いくつか見てみたが、レベルはどれも高くて80以上はあった。


 そして、よく見れば姫の側にも近衛兵が1人ついている。

 レベルはなんと163だ。

 いわゆる勇者という奴なのかもしれない。


「なら安心……って、変だな、これ……」


 俺は細かい事は気にしない質だ。

 が、細かくないことは気になる質だ。


 これだけの近衛兵がいて、なぜ姫は近衛兵と離れているのだろうか。

 まるで最初に会った、野盗に襲われていた時とおなじではないか。

 そして今、どうして勇者らしき存在と2人きりで近衛兵から隠れるように、街道から外れて森の中にいるのだろうか。

 そして、姫のそばにいるレベル163もある勇者のHPは、なぜ残り20パーセントぐらいまで減っているのだろうか。


 これは決して細かい事ではない。


「インシデント発生。プライオリティ・ハイ。トラブルシューティングが必要だな……」


 俺は様子をうかがうため、身を隠しながら姫に近づいていった。

 ちなみに着ているGMの鎧には、見た目だけではなく、臭いも音もすべてを完全に隠す【フル・ステルス】という能力がある。

 プレイヤーに見つからないように状況を確認するためのGM専用の機能である。

 俺はそれを使って、姫様に近づいていった。


「もうやめましょうよ、姫」


 ふと、男の声が耳についた。

 見れば姫が大木を背に、1人の女騎士に庇われるように立っていた。

 相変わらず美しい銀髪の姫の表情は、髪の色とは違って精彩を欠いている。


 さらにその姫を庇う赤髪の女騎士は、険しい表情をうかべていた。

 軽装な鎧に身を包み、片手にレイピアを構える姿は、力強く気をみなぎらせ、主を守ろうとする騎士そのものだ。


 ところが、鎧に庇われていない腕や脚などからは真っ赤な鮮血が流れている。

 簡単に言えば、すごくやられていた。

 HP残り20パーセントの状態というわけである。

 たぶん、かなりヤバい。


「姫、邪魔なんですよ、あなたは」


 一方でさっきから喋っているのは、男の騎士だ。

 そちらはかなり元気そうで、HPもかなり残っている。

 しかも、彼は後ろに10数人の近衛兵を連れていた。

 どう見ても、そいつらは男騎士の仲間であろう。

 そしてその男騎士のレベルは、なんと169ときていた。


「ドライ! 貴様、近衛騎士として恥ずかしくないのか!」


「恥ずかしい? ああ、恥ずかしいさ。スケルディア、貴様ごときに【王国勇者】の称号をとられたことがな!」


 ドライと呼ばれた男騎士が、もっていたブロードソードの剣先を姫を守る女騎士スケなんとかに威嚇するように向けた。


「この我よりレベルが低い者に栄誉を奪われるとは! 領解覚醒勇者ならまだしも、貴様のような女に……」


「男だ女だと器の小さい! そして逆恨みで姫の命まで狙う……その性根の悪さが、王にはお見通しだったのだろうよ!」


 女騎士の言葉に、ドライが顔を醜く歪ませた。

 そして剣先を空に向ける。


「ふん。姫を始末するのは、逆恨みなどではないが……。まあ、今から死ぬ貴様たちは知る必要はあるまい。さあ、姫共々、我が奥義の前にチリも残さず消えるがいい!」


 不意にその剣先に雷球が生まれ、急激に大きくなっていく。

 その直径は、最終的に大人の背丈よりも大きくなる。


「雷光魔法サンダー・デスボルト!」


 剣先を振りおろして雷球を女騎士、そして姫に向けて投げつけた。


「…………」


 さすがにまずいと思ったので、俺はヒョイと飛びだした。

 すかさず【正義の赤き盾】で雷球を受けとめる。

 この盾には、衝撃無効の効果がある。

 さらに防具のシリーズスキルで、魔法ダメージ無効もついている。

 だから、雷球が消えるまでそのまま受けとめてやった。


「なっなんだ……と……我が家に伝わる奥義が……」


 雷球が消えたので盾を降ろして、俺は相手に姿を見せる。

 そして、ぺこりと頭をさげた。


「こんにちは。GMです。トラブルを解決に来ました」


 俺のしっかりとした挨拶に、近衛騎士ドライは動揺を見せまくっていた。

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