第24話「ハーチスくんは連れて行けない」

「なるほど。事情は、だいたい、なんとなく、おおよそ、わかった気がする!」


「それ、ほとんどわかってねーってことだろうが!」


 説明し終わった後、ミト様の相変わらずの言葉に、ハーチスくんが相変わらずのツッコミをいれました。

 しかし、確かに細かくは説明できていないかもしれません。


「あ、あの……あたしの力不足で……クエストを果たせずごめんなさい!」


 あたしは頭を深々とさげました。

 語っているうちに情けなさで、ミト様の顔を見ることさえできなかくなっていたのです。


「あ、あたしって本当にダメな勇者で……。す、すべて……すべてあたしの責任です」


「いいや、それは違うな」


 ミト様の右手が、あたしの肩をポンとかるく叩く。


「責任は、俺にある」


「え?」


「上司……マネージャーというのは、責任者だ。マネージャーは面倒な仕事を部下に押しつけることができる代わりに、部下の責任をすべて背負う責任があるんだよ。だから、俺の責任だ。2要素で読みがあまかった。すまなかった」


「あ、謝らないでください。だ、だいたい今回のはまだ、依頼者と受託者の関係だから……」


「されど、想定と依頼内容の難易度は違いすぎただろう。依頼者の責任が0というわけではないと思うぞ。というか、怖い思いをさせてすまなかった……」


「ミト様……」


 優しくかけられた言葉に、また涙腺が弛んでしまう。

 人前で泣きたくはないのに、こんなにも涙がこぼれてしまうなんて。

 肩から感じるミト様の手の温もりが与えてくれる安心感、それがまるで「泣いていいんだ」と言ってくれるように。

 本当に情けない。


「話し中に悪いが、私はこのままギルドに戻って報告をしてくる」


 パテルさんが自分の剣を拾うと、鞘に収めました。

 そしてミト様に向かって深々と頭をさげたのです。


「遅くなったが、回復してくれてありがとう。ところでこの件は……」


「私のクエストですから、私が必ず解決します。ギルドにはそうお伝えください」


「……了解したよ。あの転移勇者、かなり強い。くれぐれも気をつけるんだね」


「ありがとうございます」


 そう言うと、パテルさんは去っていきました。

 裏庭の一角にいるのは、これであたしとミト様、ハーチスくん、お銀さん、スケさんの5人だけです。

 お銀さんと、スケさんが何者か気になるが、今はそれよりも優先すべきことがある。


「ミト様、早くジンさんたちを助けに行きましょう!」


 そう。3人を助けること。

 なによりも、それが大事なはずです。


「今なら、間にあいます!」


「確かに、その通り。なので、その話は少し横に置いといて」


「――なななななっなんでですかっ!?」


 手ぶりで横へ荷物を置く動作をするミト様。

 あたしは、その見えない荷物を元に戻す手ぶりで抗議します。


「よ、横に置いといてはダメです! すぐに助けに行かないと、み、みんな……みんな殺されちゃうかもしれません!」


「それは気にしなくていい。それよりも――」


「気にしなくていいって、またいつも通り『細かいこと』ですませる気ですか!?」


 あたしは怒鳴った。

 主とする人に怒鳴ってしまった。

 信じていたのに。

 大雑把なところはあるけど、大切なことは大切にしてくれる人だと信じていたのに。

 あたしは完全に頭に血がのぼっていたのです。


「ならば、あたしだけでも助けに行きます!」


「バ、バカヤロウ! オマエだけでどうにかなるわけないだろうが!」


「で、でも……あたしのせいだし、助けなきゃ!」


「……なら、オレも行く! オレだってこの場にいたんだ。テメーのためじゃないぞ。助けられなかった責任は感じているんだ」


 ハーチスくんが声をあげてくれた。

 わかっている、あたしのためだ。

 今度こそ本当に死んじゃうかもしれないのに覚悟を決めて。


 でも。

 でも、あたしは彼に首をふった。


「ダメだよ、ハーチスくん。ハーチスくんは連れて行けない」


「なっ……。ま、まさかテメー、オレが……オレが弱いから……弱いからとか言う気かよ!」


 わかっている。

 これが残酷な答えだって。

 それでも、あたしは黙ってうなずいて見せた。

 だって、これしかないし。


「……くっ……くそっ!」


 ハーチスくんは走って、その場から立ち去ってしまいました。

 あたしは、呼びとめようとする声を懸命に呑みこみました。

 呼びとめてもどうしようもない。

 かける言葉ももっていないのです。


 ハーチスくんは大事な友達。

 だから、死んで欲しくない。

 あたしは彼に死んで欲しくないのです。

 行くなら、あたしだけで行けばいい。


「まあまあ、少し落ちつきなさいな」


 あたしが踵を返そうとした瞬間、腕をふわりと掴まれた。

 けっして力強くはないのに、そこにははっきりと私を諫める意志を感じる。


「あなた1人で勝てるのですか、カク様」


 お銀さんだった。

 彼女は微笑みながらも、腕を放してくれない。


「で、でも、このままじゃ……」


「別にミト様は助けないとは仰っていません」


「そ、それは……」


 ちらりとミト様をうかがうと、彼は「う~ん」と唸りながら、手ぶりで横に置いた荷物をさらに遠く離すような動作をしていました。

 3人を助けるという優先度が、さらに下げられたのです。


「あれ、助けるつもりあるようには……」


「あくまで順番。目的を達成するには、やれることをやればいいとは限らないのです」


「あ、あなたは、いったい……」


「お銀、ちょっと聞きたいことがあるのだが」


 ミト様がいつのまにか、すぐ横に立っていた。

 恐ろしいほどに気配を感じさせない、というか気配を感じる前に立っていたのかもしれない。

 そして彼は、こちらの様子など気にせず、質問の内容を口にしようとする。


「必要ですわ」


 ところが、先に口を開いたのは、お銀さんだった。


「契約は、一方的な破棄ができない呪術によりなされております。故に契約者当人がそろって破棄する必要があります」


「…………」


 お銀さんが言ったのは、まだ「明かされていない質問」に対する「回答」だった。

 呆然としたのは、あたしやスケさんだけではない。

 さすがのミト様も、これには目をパチクリとさせて言葉を失っていた。


「あら? お知りになりたかった回答ではございませんでしたか?」


「……いや。知りたい情報だった。ありがとう」


 ミト様が満足そうにうなずく。

 あたしはそのことに驚くばかりだ。

 どうして、お銀さんはミト様が聞きたがっていることがわかったのだろうか。


「お役に立てて光栄ですわ」


「ならば、あとはいつ動くかだな。今はまだ動く様子はないが……」


「悪党の方々は、闇を好むものです」


「だよなぁ、やっぱり。目立たぬ時間に会いに行く。となると、いろいろと準備もできるか」


「はい。左様でございますね。……まずは先ほどの方に話をなさるのでしょう? 場所はおわかりになるのですか?」


「ああ。名前がわかれば位置を捉えることはたやすい。遠くなるとおおよその位置しかわからんが、近くに行けば隠れていても見つけられるからな。というか、すぐに呼び寄せることもできるのだが、それは非常手段だ」


「さすがでございます。すぐに行かれるのでしたら、この場はお任せください」


「おお、それはありがたい。……お銀はいいGMになりそうだ」


「もったいないお言葉ですわ」


「では、行ってくる。あとの業務処理は任せた」


「行ってらっしゃいませ」


 お銀さんがそう言った途端、ミト様の姿が唐突にその場から消え失せた。


「…………」


 わからない。

 完全に置いてけぼりだ。

 なにを話していたのか、まったく内容がつかめない。


「お、お銀さん、い、今のはどういう……」


「ええ。わたくしとスケは、『GMにならないか?』とお誘いを受けまして」


「ええーっ!? ミト様の正体を知って……?」


「はい」


 あたしは自分でも驚くぐらい、その事実にショックを受けていた。

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