第25話「覚悟……」

 あれだけ秘密にしたがっていた「GM」という正体をこの2人にはもうバラしてしまっている。

 それはミト様が、それだけこの2人――お銀さんとスケさん――を信頼しているということになる。


「というか、お銀さんは『ジーエム』がなんだかご存じなんですか!?」


「はい。説明はお聞きしました。なんでもミト様は別の世界で秩序を守るGMという役割をなさっていたそうなのです。それが今回、運命の女神アスリンク様より新たな命を授かり、この世界で問題のある勇者を取り締まる【異世界違法チート勇者改方あらためかた】という任を承ったそうなのです」


「……ちょっ、ちょっと待ってください……情報が多すぎて……頭が……」


 まさかここにきて突然、伝承でしか聞いたことのない女神の名前が出てくるとは夢にも思わなかった。

 そんなことを言われても、普通なら信じられるわけがない。


 しかし、あたしはミト様の異常な強さを見ている。

 今、目の前で消えて見せたのだって、たぶん魔術――魔法秘術――で一部の者だけが使える空間転移の力なのだろう。

 前にも一度、一緒に空間転移してもらったことはあったが、それをごく日常的に使えてしまうミト様。

 あの強大な力を考えれば、むしろ女神の命を受けたというのも真実味がわいてくるぐらいだ。


 そしてこの2人は、その女神の命を受けた者に、選ばれた者だということになる。

 でも、それならあたしだっておなじではないか。


 なのに。

 なのにどうして。


「さ、さっきの会話で……」


 あたしは疑問をさらにぶつける。


「どうして、お銀さんはミト様の質問内容がわかったんですか? あ、あたしなんて、未だにどういう意味なのかわからないのに……」


 話しながら、あたしはうつむいてしまう。

 わけのわからない疎外感、敗北感、嫌悪感みたいなものが渦巻いていたのだ。

 それが嫌で顔をあげられなくなってしまう。


 横で、スケさんが「私もわからなかったから安心しろ」と言ってくれるが、心のモヤモヤはまったく晴れない。


「どういう話だったかわからない……そんなことは、瑣末な話ですのよ」


 また、お銀さんがミト様と似たようなことを言う。

 結局、「小さいことは気にするな」と言うことなのだろうか。

 あたしには、決して小さいことではないのに、説明はしてくれないのか。


「わたくしがミト様に回答ができたのは、あの方がわたくしの思ったとおり・・・・・・の方だったからですわ」


 そう思っていたが、お銀さんが説明を始めた。


「どうやら、わたくしの人を見る目は確かだったということでしょうか」


「思ったとおり? どのように思っていたのですか?」


「その前にあなた方は、ミト様をどういう方だと思っているのか、お聞きしたいですわ。たとえば、スケちゃん?」


 いきなり話をふられたスケさんは、少し動揺してから答える。


「そ、そうですね。出会ったばかりなのでわからぬことばかりですが、人の名前もきちんと覚えない、ふざけた輩であることはまちがいありません。それに人の話を聞かないし、適当な性格だと思います」


「なら、カクちゃんは?」


「え、えーっと。と、とにかく大雑把で、自分の興味のないことや面倒なことは『細かいこと』として切り捨てて。でも、正義に対して強い信念をもって真摯に向きあい、そしてそれを貫く強さをもった方です」


「なるほど。そう感じたから、あなたはミト様からの依頼を受けた、つまりミト様を主と認めたということかしら」


「はい。でも、もしかしたらまちがっていたのかもしれません」


「まちがっていたとしても、それは瑣末なことなのです」


「え?」


「あなたは『そうである』と信じて覚悟を決めたのですから、最後まで信じなくてはいけません。それなのにあなたは、結果も主の考えも知る前に、信じられなくなってしまった。それは自分の認めた主のことをどこまでも信じる覚悟が足りていないからです」


「そ、そんな……あたしはちゃんと覚悟して……」


「覚悟したならば疑ってはいけません。過ちが確定するまで、自分が信じた主の道を信じなさい。仕える・・・いうことは、そういうことなのです。……まあ、それができないのは、自分に自信がないからでしょうけど……」


「…………」


 同年代、下手したら年下かもしれない女の子に、ぐうの音も出ないほど言い負かされている。

 そして内心で、あたしは納得してしまっていた。

 彼女の言うとおりだった。


「自分と主を信じる覚悟をするのです。それに安心しなさい。ミト様はあなたが信じた通り、ゴーヤン一家を見捨てるような方ではないと思いますよ」


「で、では、なぜすぐに助けないのでしょう。ミト様なら、今すぐこの場にジンさんたちを呼び戻すことさえできるはずなのに……」


 そうなのだ。

 ミト様は名前がわかっていれば、どうやるのか知らないがその人物を目の前に連れてくることができた。

 その気になれば、今すぐにでも助けることができるはずなのである。

 考えてみれば、それは妙な話だった。


「それは、今はその時ではないと言うことなのでしょう」


「……ど、どういうことですか?」


「わたくしはミト様を考えなしの適当な方とは思っておりません。深い考えをおもちの御仁であると思っています。考えて考えた末にでた、未確定要素を『細かいこと』と切り捨てていらっしゃるのではないでしょうか」


「いやいや、姫。それはさすがに言い過ぎでは?」


「そ、そうですよ。ミト様は面倒なことは考えない方なので……って今、スケさん、『姫』と仰いましたか!?」


「あっ……」


 スケさんが慌てて口を抑えてそっぽを向いた。

 それはつまり、本当に「姫」と言ったということだ。


 ずっと気になっていた。

 どこかで見たことがあると。

 髪の色こそ違うが、王女の姿にうり二つではないか。

 それに偽名が「お銀」だ。


「まったく、スケルディアには困ったものです。そういう発言こそが考えなしというのですよ」


 スケルディア――それは、新しい王国勇者の名前。

 初の女性王国勇者だ。


「あ、あなた方は……まさか……」


「わたくしたちの正体など、今はまだ瑣末なことです。それよりもあなたが今すぐにしなければならないこと、それは覚悟を決めることですよ」


 お銀さん――たぶん、銀姫――に、両手を握られ、まるで「がんばれ」と語りかけるような笑顔を向けられた。


「覚悟……」


 あたしは姫の手から離れた自分の両手を開き、掌を見つめる。

 そしてそこに残った温もりを逃がさぬよう、ギュッと拳を握りしめた。

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