ハーチスの選択
第26話「力が……欲しい!」
「なんでだよ!」
オレは今まで何度、こう自問してきたかな。
何度も何度も自問して、そして同じ自答をくり返すんだ。
違うからだと。
オレ、【ハーチス・ベート・ウカリ】は勇者とは違うからだ。
オレはさ、子供の頃から冒険者になりたかったんだ。
オヤジに読み聞かされた、冒険者が登場する英雄譚の本のせいだな。
彼らは謎の迷宮に挑んだり、巨大なドラゴンを斃したり、命がけの冒険と戦いの中に生きていた。
オレはその話を読んでもらうたびに、本当にワクワクしたんだ。
うちは母親が早くに病死して、父親が商人でよく仕入れに他の街に足を運んでいた。
おかげでオレは、幼馴染みだったカクリアスの両親にたびたび面倒を見てもらっていたんだ。
でも、オレはその時間は寂しくなかった。
むしろ楽しみだったんだ。
なにしろ、カクリアスの両親は、オレが憧れる冒険者。
だから、たくさん冒険の話を聞かせてもらったんだよな。
そして話を聞いたあとは、いつもカクリアスと語り合って、一緒に冒険者になり、冒険に行こうという話で盛りあがったものだったっけ。
あいつも、親と同じ冒険者になりたがっていたからな。
しかし、ある時から気がついてしまったんだ。
オレとカクリアスは違うのだと。
オレは凡人で、カクリアスは勇者だ。
その力の差は、歴然だった。
幼い頃はまだ、がんばればオレも強くなれると思っていた。
だけどさ、凡人と勇者とでは、限界が違うんだ。
そして成長速度もまったく違う。
オレがどんなにがんばっても、カクリアスに追いつくことなんて不可能だったんだ。
気がつけば、オレはカクリアスに強く当たるようになっていた。
一緒に居るのもつらい、心配で仕方がない。
だから、一緒に居るときはカクリアスに八つ当たりをするようになっていたんだ。
ある時、カクリアスのレベルが150から上がらなくなった。
それを知った瞬間にわいた感情は、「チャンスだ」だった。
150で止まっている間に、オレが99になる。
レベル51の差は大きい。
大きいけど、まだ一緒に冒険できるんじゃないか、希望は残っているんじゃないかって考えたんだ。
好きな女が悩んでいるのに、我ながらせこいよな。
器、ちぃせーよな。
だいたい、意味ないんだよ。
だってよ、今日みたいな事があったとき、カクリアスでさえ勝てるかどうかわからない相手と戦うとき、オレは単なる足手まといじゃないか。
最初から無理なことだったんだよ。
「だけど!」
だけど、オレにも意地がある。
隙を見ての人質の救出ぐらいならできるんじゃないか。
身の軽さには、少しは自信があるんだ。
だから、オレは走った。
何も考えずに、怪しいと思うゼーニの倉庫が建ち並ぶエリアへ向かって走っていたんだ。
「なのに……なのにここ、どこなんだ!?」
ついさっきまで、川沿いの道を走っていたはずなんだ。
なのに、前触れもなく唐突に、オレは別の場所にいた。
薄暗い空間には、ひんやりした空気が漂っている。
見るからに冷たそうな石畳と、石造の壁。
窓一つない空間に、やはりかなり太い石柱が均等間隔で立ち並んでいる。
入口はないかと見まわすと、入口の代わりに変なものを見つけてしまう。
人だ。
それも1人や2人ではなく、20人近くはいる。
おそろいの高そうな鎧を着た集団だ。
つまり、冒険者なんかではない。
そんな者たちが全員、まるで戦っている最中に凍らされでもしたかのように奇妙なポーズのままとまっていて、ピクリとも動かない。
生きているのか、死んでいるのか。
それさえもよくわからない。
「こんにちは。GMです」
「うわああああああっ!?」
突然、背後から声をかけられてオレは、オシッコちびりそうになるぐらい驚いた。
いや、ちびってないぞ。そうになっただけだ。
「テッ、テメー! 驚かすんじゃねーよ、ミト!」
心臓がバクバクいうのをごまかして怒鳴った。
「ミト? はて? 私はGM。ミトなど知りません」
相変わらず惚ける態度。
だけどな、今はそれを許せる余裕はねーんだ。
「うっせー、バカ! テメーがミトだってことはとうにバレてんだ!」
「……なるほど。頭のよい子は嫌われるらしいですよ」
「オレの頭がいいんじゃねー! テメーがバカなんだ!」
「やれやれ。ハチベーくんは、かお……口が悪いですね」
「今、わざと言い間違えただろう! わざとだよな、おい!」
前に見た、あの陽炎をまとうような真紅の鎧の姿。
背中には大盾を背負い、腰にはブロードソードをぶら下げている。
普通はそんな大きなブロードソードは腰に下げないぞとツッコミいれたいが、こいつにとってはただの片手剣なのだろう。
ぶっちゃけ、クソ弱いオレでもわかる。
鎧を着込んで気を放つこいつは本当に強い。
「まあ、もともと正体を明かすつもりでしたからいいでしょう」
そう言いながら赤い兜を脱ぐと、そこに現れたのはやはりミトだった。
「テメー、あれで正体を隠していたつもりだったのか……」
「やはり、ゲーム中とは勝手が違いますね」
「あ? ゲーム中?」
「いえ、なんでも」
「ところで、ここはどこなんだ!? テメーの仕業か!? あの固まっている人たちはなんなんだ!? どうして固まっている!? オレをどうするつもりだ!? オレも固めるつもりか!? テメーはだいたい何者なんだ!?」
オレはたまりにたまった疑問を爆発するように早口でぶつけた。
だいたい、こいつはわけがわからない。
パテルが言っていたが、こいつは勇者ではなくレベル99しかないのに、ステータスがカンストしているという。
そんな非常識な奴がいるなんて聞いたことがない。
「ふむ。質問が多いですね……」
ミトがかるく唸る。
確かにちょっと質問が多かったかも知れない。
「だったら、まず――」
「ここは、
「全部答えるのかよ! しかも早口だな!」
「答えられる質問には、すぐに答えるのがGMポリシー」
「わけわかんねぇんだよ、テメーは……。だいたいなんで近衛騎士団がここで固まってんだ?」
「近衛騎士団の一部に裏切られて、銀姫が命を狙われたので助けた結果です」
「ああ、なるほ……って、国家反逆罪じゃねーかよ! しかも王家殺しは重罪だぞ!」
「そんなことより、話があります」
「そんなことよりじゃねーよ! 下手すれば国家転覆の危機じゃねーか! 銀姫はどうしたんだよ!?」
「さっきいた黒髪の女性がそうです。【黒髪のかんざし(ポニーテール)】というアイテムを渡して髪の色を変えさせています」
「う、うそだろう……あれが銀姫様だって?」
「まあまあ、そんな小さいことは気にしないで話を進めましょう」
「小さくねー! おおごとだ! テメーはそんな王女様を呼び捨てにしてたんか! しかも連れ回して、どうするつもりだ!」
「どうするって、姫に助力を願ったのですよ。なのに今、あなたにジンさんたちを助けにいかれては困るんです」
「助力? なにを願ったか知らねえけど、あの3人は今にも殺されるかもしれねーんだぞ! オレたちが……オレが弱かったせいで……」
「たぶん、今すぐに殺されることはありません。すぐに殺すなら、襲ってきた転移勇者が殺していたでしょう。それにいざとなれば、今すぐにでも私は3人を助けることができますし」
「……え?」
「私は名前を知っていれば、本人を目の前に強制的に呼びだすことができるので」
「そっ……そんなスゲー能力があるのか……。ってか、そんな能力あるならなんで使わねーんだ!」
「それは浅はかと言うものですよ、ハチベーくん」
「……なんでもかんでも『小さいこと』にするテメーに『浅はか』とか言われると、メッチャ腹が立つ。だいたいオレはハーチスだ! ハチベーじゃねー!」
「わかりました、ハーチスくん」
「言えるじゃねーか!」
「まあ、今はGMですから、助ける主体の名前は覚える必要がありますし」
「だから意味がわかんねーんだよ、それ! だいたいジーエムってなんだよ? なんで勇者でもないのに私界が作れるんだよ!? なんでそんなに強いんだよ!?」
「GMだからとしか答えられません」
「なっ……なんだよ、それ……」
オレは怒っていた肩を落とす。
全身、脱力感に包まれる。
ああ、声がかれるほど怒鳴っちまった。
なんでオレは、こんな奴にこんなに噛みついているんだろうな。
いや、わかってんだ。
羨ましいんだ、こいつが。
勇者でもないのに、すごい力を持ち、思うように生きているこいつが。
カクリアスを守る力があるこいつが。
カクリアスに選ばれたこいつが。
さっきの会話でわかった。
カクリアスは、こいつからのクエストを受けたのだ。
こいつを主と認めたのだ。
なんとなくわかる。
カクリアスが、こいつを選んだ理由。
オレだって本当はわかっているんだ。
こいつはただ強いだけじゃない。
よく理解はできないけど、まちがいなく芯がある。
「少年、力が欲しいか?」
ミトが意味ありげに手を伸ばす。
勇者と同等、いやそれどころか勇者を超える強さ。
その理由をミトは、「GMだから」と答えた。
それはつまり。
勇者になれないオレが、勇者に対抗できる力を持つ方法。
「力が……欲しい!」
「ならば、GMにならないか? 今までの生活と欲望を捨ててGMになるというなら、私と同じにはなれないが新たな力を授けよう」
それは運命の女神の導きというより、どこか悪魔の誘惑に思えた。
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