第22話「あたしはこちらでクエスト中です」

 あたしはミト様が出発してから、夜になる前に帰宅しました。

 ジンさんの家に泊まり込みすることになったからです。

 急いで数日分の着替えを用意して鞄に詰め始めます。


 主となる者からの初クエスト。

 絶対に失敗するわけにはいきません。

 いままでとは違った気合もはいるというものです。


「なーに意気込んでんだ、デカ女」


「――ひょんげっ!?」


 背後からかかった声に振りむくと、そこには意地悪な幼馴染みの姿。

 ドアに寄りかかりながら、訝しげな顔でこちらを見ています。


「ちょっ、ちょっとハーチスくん! 勝手にはいらないでって言ったでしょ!」


「なら、ドアぐらい閉めとけよ。開けっぱなしになっていたから、泥棒でもはいったかと思ってワクワクしながら覗いちまったじゃないかよ」


「…………」


 鼻を鳴らしてそっぽを向くハーチスくんは、いつも通りの生意気さ。


 幼馴染みと言っても、あたしの方が年上です。

 なのにいつもいつもこの態度ともなれば、いくら温厚なあたしでも怒りたくなります。


 でも、今日は不思議とさほど怒りもわきません。

 昨日、ミト様に言われた言葉が蘇ったからかもしれません。



――ハチベーくんは、カクちゃんが大切で大好きなんだな。



 彼があたしに冷たく当たるのは、「ツンデレ」とかいう感情? 行動? 心理? ともかくそういうものらしいのです。

 彼の本心は、あたしを大切に思ってくれているというのです。

 それはきっと、あたしが彼を思うのと同じように、大事な幼馴染みとしてみてくれているのでしょう。


 そう考えて思い返してみると、確かに彼は口こそ悪いけど、あたしのことを心配してくれている言動はあった気がします。

 つまり、今の彼の言葉も裏を読めば――


「ああ。ありがとう、ハーチスくん。泥棒がはいっていないか心配して見に来てくれたんだね」


「ちっ! ちっちっちげーしぃぃぃ~い? 別に心配なんてしてないからな!」



――ツンツンと冷たい態度をとっているけど、それは愛情の裏返し。

――そこがハチベーくんのかわいいところということだ。



 また、ミト様の言葉が脳裏に浮かぶ。

 かわいいところ……確かにかわいい気がしてきました。

 おかげで、ついつい口元が弛んでしまいます。


「てっ、てめー! なに笑ってんだよ!」


「な、なんでもないよ……ハチベーくん」


「テッ、テメーまでハチベーとか呼ぶな!」


「あっ! ご、ごめん……つい……ぷっ」


「ついじゃねー! 笑うな! ……ってか、テメーは出かける準備してどこに行く気だよ!?」


「ああ。クエストだよ。……そのぉ~、ゴーヤンさん一家を守るために泊まりこむの」


「ゴーヤン……って、まさか、あのちりめん問屋の【エイチ・ゴーヤン】か?」


「そうだよ」


「なっ、なんでテメーが、そんなクエストを受けてんだよ!?」


「そ、それは――」


 ミト様のことを言いそうになったけど、あたしは思いとどまる。

 本当のことを言ったら、絶対にまたハーチスくんが怒る気がする。

 うん。しばらく黙っておこう。


「――い、一応、ほら、あたしも勇者だから。大きい仕事だってとってこられるんだから」


「そりゃぁ、そうかもしれないけどよ……。でも、わかってんのか? 下手すれば敵は町長だぜ?」


「……うん。わかってる。でも、勇者として責任をもってやらないと」


「ちっ……。よし、わかった。オレも行く」


「え? なに?」


「オレも行くっていってんだよ! デカ女一人じゃ危なくて任せられねぇ。気にくわねえ町長の尻尾も掴めるかもしれねーしな……」


「だっ、だめだよ。これはあたしが――」


「うっせええ! オレも行くって言ってんだよ!」


「そっ、そんなぁ……」


 こうなるとハーチスくんは言うことを聞いてくれません。

 結局、無理矢理ついてくる事になってしまったのです。

 本当に困った幼馴染みです。


 でも、問題はあります。

 肝心のクライアントであるジンさんが受け入れてくれるかどうかということ。

 いくらハーチスくんが無報酬でいいと言っているとしても、冒険者としてレベル50代はまだ駈けだしレベルです。

 邪魔だからと断られる心配もあるでしょう。


「わたくしとしては、かまいませんよ。助けてくれる方はひとりでも多い方がいいですから」


 ところがです。

 どうやら、ジンさんはすごくいい人のようでした。

 強突く張りな商人だという街の噂もありましたが、話している限りそうとは思えません。

 それにハーチスくんに「報酬はレベルにあわせて払わせていただきます」とまで言ってくれたのです。


 その返事をもらって、あたしはすごくほっとしていました。

 たぶん、あたしは少し心細かったのでしょう。

 だから、昔から知っているハーチスくんが一緒に居てくれることがうれしかったのかもしれません。


 本当にダメな勇者です。

 ただ力が強いだけの存在。

 なぜあたしなんかが、勇者になんてなってしまったのでしょうか。


 なんて、今まで何度も心の中で愚痴りましたが、これからは愚痴らないことにします。

 だって、あたしは今日から変わるんです。

 そう誓って、あたしはゴーヤン一家の護衛を勤め、初日は何事もなく、無事に終わったのです。



   §




 翌朝。

 早朝の開店後、あたしとハーチスくんは、少しだけ店の荷物運びを手伝っていました。

 するとそこに、パテルさんが現れたのです。

 冒険者ギルドの契約勇者で試験官を勤めている【パテル・ケトプロフェン】さん。

 レベルこそ同じ150ですけど、勇者としての経験ははるかに上の立派な方です。

 あたしが冒険者になるときも、試験官をしていただいた方でした。


「おや。カクリアスさんではありませんか。どうしてこちらに?」


「ご無沙汰しております、パテルさん。あたしはこちらでクエスト中です」


「……ほう。なんのクエストか知らないが、君は完全に町長とは……って、無粋だったかな。まあ、私は応援するさ」


「あ、ありがとうございます。それでご用は?」


「ああ。実はここにミトという冒険者がいると聞いてきたのだが……」


「ミト様がなにか?」


「ああ、やはり知り合いですか。私は彼の正体が知りたくてね」


「正体……ですか」


 それは、ミト様がジーエムであるということでしょうか。

 しかし、それは秘密だし、そもそもジーエムがなんなのか、あたしにもよくわからないのですが。


「そう、正体さ。なにしろ彼は勇力因子を持っていないにもかかわらず、すべてのステータスがカンストしているのだからね」


「……へっ!?」


「うそだろっ!?」


 横から聞き耳を立てていたハーチスくんまでもが口をはさみます。

 ですが、パテルさんは気を悪くした様子もなく、「本当さ」と語りました。


「彼はおかしいんだ。レベル99でステータスオール999はありえない。しかし、だからと言って弱いわけではない。少なくとも私の見積もりで、レベル200の強さはあるだろう」


「そっ、そんなに強いのか、あいつ……」


「強いね。なにしろ、レベル120の召喚天使を瞬殺してみせたのだからね」


「天使を瞬殺……まじかよ……」


 あたしも信じられないと思いました。

 しかし、すぐにミト様ならありえるとも思いました。

 あの方が戦っているところを何度か見ましたが、明らかに桁外れの強さでしたし。


「だが、それでもステータスカンスト999はおかしい。なにかしらステータス偽装できるスキルをもっているとかならまだしも、もしかしたら、奇病バグかと思ってね」


「バ、奇病バグ……ですか?」


奇病バグの中に【ステータス異常症候群】というのがあってね。実際のステータスより多かったり少なかったりする奇病バグだ。これが発生している場合、寿命が短くなる心配もあるから気になってね」


「な、なるほど……」


 ミト様がステータス偽装できるスキルを持っていたとしても、それを使う意味がわかりません。

 彼がステータスを偽る必要性などないはずです。

 ならば、奇病バグなのでしょうか。

 だとしたら、早めに対処方法を探さないといけません。


「ともかく、私は彼から話を聞いて――」


「――ごめんだし?」


 パテルさんの声を遮って、お店にお客様……いえ、招かざる客がやってきたのはその時だったのです。

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