第8話「これはツンデレというやつだ」

 2人が部屋へ戻ってきたので、俺は何事もなかったかのようにハーブティーを口にしてから尋ねてみる。


「なにやら下が騒がしかったが、なにかあったのですか?」


 我ながら完璧な芝居だ。

 あのミートソースカラーのGMが俺だとは夢にも思わないだろう。

 ここでずっと優雅なティータイムを楽しんでいるようにしか見えないはずだ。


 ただ、もしかしたらもしかすると、勘のいいカクちゃんにはバレてしまっているかもしれないけど。


「なにかあったかって、あんたな……」


「ハーチスくん!」


 ハチベーくんがなにか言おうとしていたところをカクちゃんが止めた。

 どうやら、彼はいらだっているようだ。

 まあ、わかる。

 一方的にやられもすれば、腹も立つだろう。

 若いから切れやすいとか、カルシウム不足だとか、そういうありきたりな理由ではないのだ。


「あ、あの、ミトさん。なにがあったか聞いてもらっていいですか?」


「もちろん。ぜひ聞かせてくれ」


 相手の話をじっくりと聞いて、問題の本質を見つけるのもGMとして必要な技術である。


「ありがとうございます。……実はさっき来ていたのは、この街の町長さんなんですが、あたしを雇いたいと仰るのです」


「雇いたい? それは護衛としてか?」


「表向きは。でも、一番の目的は威厳のためです」


「威厳? カクちゃんを雇うと、威厳がつくと? カクちゃんがかわいいから?」


「ちっ、違います! そそそ、そうじゃなくて……」


「てめぇ、このデカ女を口説いてんのか?」


 横からハチベーくんが割りこむ。

 なんかよく怒る子だ。

 若いから切れやすいのか、それともカルシウム不足だろうか?


「口説いてはいないが。いいじゃないか、かわいい子にかわいいと言ったって」


 そういえば、年の離れた従妹がいたが、見た目の年齢はカクちゃんと同じぐらいだった。

 あの子にも「かわいい、かわいい」と言ってやったら照れていたっけ。


「スカした野郎だ。だいたいおめー、カクリアスが勇者であることをもう忘れたのかよ?」


 ハチベーくんに言われて、そうだったと手を叩く。

 うむ。すっかり忘れていた。


「おお。なるほど。……しかし、この世界では勇者を雇うというのはよくあることなのかい?」


「『この世界では』って、あんた世捨て人かなんかだったのかよ?」


「まあ、意図的に捨てたわけではないが、は捨てたかな……うん」


「なんだそりゃ?」


「あ、あのですね、勇者を雇うというのは、いわば権力の象徴なのです」


 カクちゃんが脱線した話を戻してくれる。


「勇者は稀少で、雇う金額もすごく高いわけです。だから、偉い人ほど多くの勇者を雇っていたりします。一方で勇者にとっては、主を選ぶことになるわけですから大事なことなのです」


「なるほど。それで町長は、カクちゃんを高給で雇いたいと?」


「そ、それが……」


「あのクソ町長、カクリアスを雇うのと同時に養子にしたいとか抜かしやがったんだよ! つまり養子にすれば安く雇えるとか思っているんだぜ、きっと!」


 口ごもったカクちゃんの代わりに、ハチベーくんが熱く語る。


「しかも、カクリアスが言うとおりにしてくれれば、住民税を安くするとか言いやがって……」


 住民税とはずいぶんと渋い話になってきた。

 俺は確認するために、カクちゃんの顔を見る。

 すると、肯定するように深くうなずいた。


「最近、町長がとんでもない増税をして、街の人間はみんな困っているんです」


「その増税をカクちゃんが言うことを聞けばやめると言っているわけか」


 またコクリとうなずくカクちゃん。

 だが、今度はうなずいたまま顔をあげられないでいる。


 少し話しただけだが、俺にはわかる。

 カクちゃんはかなり優しい子だ。

 自分が言うことを聞けばみんなが助かるという想いもあるのかもしれない。

 しかし、彼女はそれ以上に退けないものもあるのだろう。

 そしてその「退けないもの」の理由は、きっと「養子」という単語と関係がある。


「聞きにくいことを聞いてしまうけど、カクちゃんのご両親は?」


 カクちゃんがピクッと肩を震わしてから顔をあげる。

 その顔は微笑していた。


「両親とも冒険者だったんですけど……あるダンジョンで帰らぬ人となって……」


「すまん」


「い、いえ。いいんです。でも、あたし、その両親と同じ冒険者になりたいんです。そしていつか、両親が最後にもぐったダンジョンに行って、両親の遺品を何かひとつでも探せたらって……」


「なるほど」


「それには冒険者としてもっと経験を積まないといけないんです。でも、町長に雇われたら、そんな自由もなくなってしまうから……」


 彼女が町長に雇われたくない理由はわかった。

 だが、まだわからないことがある。


「その町長が最近になって増税したのはなぜなんだ? まさかカクちゃんを脅すためにそこまで?」


「いや、ちげーよ。姫が来訪するからだ」


「姫?」


 姫……どこかで最近、聞いた単語だ。


「ああ。今、この辺りの土地を国王に代わって視察しているんだ。たぶん、今ごろは山の向こう側にある隣の街にいるんじゃないか。あっちの街の視察が終わったら、今度はこの街に来るんだとよ」


「まさか、その姫を歓迎するため?」


「歓迎というか見栄を張って名を姫に覚えてもらいたいんだぜ、きっと。姫の来訪が知らされたら増税して、街の職人たちをかき集めて、目立つところだけ街の景観を整えたり、街一番の料理人を無理矢理、引っぱっていったり……好き勝手し放題さ」


「……もしかして、カクちゃんを雇いたいのも姫に対するアピールか?」


「まあ、最近になって強引になったのは、そういうこった。しかも、予算がなくなってきたから養子縁組みの話までだしてきて……。だいたい、あんなエロそうな顔をしたオヤジのところにカクリアスを行かせられるか」


「ふむふむ。ハチベーくんは、カクちゃんが大切で大好きなんだな」


「ちっちちちちちちっっっちげーええぇぇぇぇしぃぃぃぃぃい!?」


 真っ赤になって否定するハチベーくん。

 その横で本気で驚いた顔をしているカクちゃん。

 カクちゃんに気がつかれていなかったとは、むくわれないなハチベーくん。


「昔は仲がよかったのに、最近は意地悪いし、乱暴だし……あたし、ハーチスくんに嫌われているとばかり……」


「はっ、は~~~ん? なっ、なに言ってんのかな? オメーなんて大っ嫌いですけど、デカ女!」


「ひ、酷い……幼馴染みなのに……そんな……」


 カクちゃんが涙ぐむので、犬も食わない話だが一応は口をだす。


「まあまあ、カクちゃん。これはツンデレというやつだ」


「……ツンデレ?」


「そう。ツンツンと冷たい態度をとっているけど、それは愛情の裏返し。さっきみたいな『町長に渡さない!』とか愛情たっぷりのデレっとしたところも見せてくれる、そこがハチベーくんのかわいいところということだ」


「なっ――!?」


「そっ、そうなの!?」


「ちげーええぇぇぇぇしぃぃぃぃぃい?」


「まあ、そんな細かいことはあとにしてだ……」


「「細かい事!?」」


 2人から仲良くツッコミを頂くが、あえて無視する。


「要するに姫へのアピールをする為に、町長は暴走しているというわけか」


「は、はい。最近は特に街の他の人たちにも酷いことをしていて……。あのミトさんが倒した町長の部下たちも、町長の権力を笠に着て好き勝手を……」


「あいつらもか……」


「……おい」


 ハチベーくんがボソッとつっこむ。


「おまえ、それを認めていいのか?」


「ん?」


 それを認める?


 どれだ?


 あいつらの話?


 ……あっ!


「い、いやいや、ほら! 『ミトさんが倒した』じゃないよね、カクちゃん!」


「え? ……あ、ああ、そうでした! 『ミートソースさんが倒した』でした!」


「だよねー! 紛らわしいから気をつけないとね!」


「……もういいけどよ……」


 その場はなんとかごまかした。

 ともかく、少し町長について調べた方がいいだろう。

 カクちゃんとハチベーくんの一方的なものいいだけでは、公平ではない。

 俺は公平を愛するGM。

 他の人の話も聞いてみることにしようと思う。


 ……ところで姫……なんかひっかかる。

 まあ、細かい事だからいいか。

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