第9話 アナタ達ハ何者カ
めりめり。
軽い音を立てて、土地神様はロウソクを食べてしまいました。
「食べちゃいましたね・・・」
「お腹壊したりしないのかしら」
滑りが良くなるかも、と持ってきた箱一杯の数十本のロウソクは、今や全てが土地神様のお腹の中です。
しばらくの間、しゅーしゅーと蒸気を口から吐いた後、土地神様に驚くべき変化が起こりました。
「
カチカチと歯車が噛み合わさるような音と少しの蒸気と共に吐き出されたそれは、明確で意図を持った言葉でした。
「薪・・・ですか?お水は?」
さすが聖女様。
こんな尋常でない事態であるというのに、穏やかに対応していらっしゃいます。
「
蝋で言葉を覚えたり、鉛で言葉を増やすとか。
土地神様の言うことは、いまいち要領を得ません。
「あの・・・鉛は体に良くないですよ?」
「心配ハ ナイ。無用。鉛ハ ナイカ」
なんだか同じような言葉を繰り返して使っている気がします。
言葉が足りない、というのは文字通り話すべき言葉の数が足りないのかもしれません。
土地神様と聖女様の視線を受けて「まあ・・・なくはないですが」と、あたしはしぶしぶと腰の袋に入れた弾丸からじゃらりと鉛弾頭を幾つか削り落として渡すことにしました。
本国が遠く補給の見込みも薄いのでライフルの弾丸は大切にしたかったのですが、仕方ありません。
そっと土地神様の口のところまで持って行くと、これもポリポリと
「足リナイ。銀ハ ナイカ。金ハ ナイカ」
だというのに、今度はとんだ贅沢な要求を続けるのです。
「ございますとも。リリア!」
「・・・わかりました。取ってきます」
聖女様は追放される際に、それなりの金銀を教会から持たされています。
もっとも、こんな僻地では金銀も使い途がありませんから、土地神様に献上するには鉛よりもかえって良かったかもしれません。
金貨と銀貨をジャラジャラと口の中に流し込んでしばらくすると、なんだかイヤな臭いが漂ってきました。
「溶かしてるんだ・・・」
理由はわかりませんが、土地神様は体の中で金属を溶かしているようです。
鉛や金のように低い温度で溶ける金属は、その意味で都合が良かったのでしょう。
「薪ハ ナイカ」
こうなると、何が起きるのか最後まで見届けたいのが人情と言うものです。
あるいは単に平穏な日々に退屈していただけかもしれませんけれども。
あたしは懸命に走り回り、川原の流木や荒野の枯れ木を土地神様のところへ運び続け、土地神様がパキパキと砕いて食べるという肉体労働全開の給仕作業を続けました。
気がつけば金属が溶けるイヤな臭いはおさまって、代わりにキーキーと極細の針で金属を高速で引っかくような奇妙で耳障りな音が続きます。
それは連続的にキキキキと続いたかと思うと、キーキーキーと間延びし、またキキキキと連続するという、聞きようによっては何とも不安げで不快になる音を太陽が傾くまでの間続けた後「言語情報記録更新完了」という土地神様の宣言と共に唐突に止みました。
気のせいかもしれませんが、金属で出来ているはずの土地神様の眼がギロリと私を見下ろして口の端が上がったようでした。
◇ ◇ ◇ ◇
「記録容量ハ確保シタ。尋ネル。アナタ達ハ何者カ」
言葉を獲得した、と自称する土地神様の最初の質問は、あたし達の素性に対する疑問でした。
「王国の聖女でございます。土地神様」
「王国の聖女様に仕える侍女でございます。土地神様」
聖女様の宮廷風のお辞儀に続き、あたしも見よう見まねでお辞儀します。
ろくに宮廷教育も受けていないので、肘と膝がつりそうです。
「王国トハ何カ。今ハ
尋ねられて、あたしは思わず王女様と顔を見合わせてしまいました。
今や世界中に植民地を持つ王国です。それを土地神様は長いこと土に埋まっていたために知らないのは自然のことかもしれませんが、シンリュウ暦とかいう
「あの・・・神竜暦とは何でございましょう?
「巨人暦って何ですか?」
「始まりの大地を造られた巨人様が始められたとする暦のことよ。神殿の中で使われているの」
「はー・・・なるほど」
無知な平民のあたしのために、聖女様が解説して下さいました。
というのも、平民達が知っているのは、せいぜい王国暦ぐらいですし、それだって年に1回の税金を取られる機会と子供が産まれた時と結婚して神殿に届ける際にお役人様や神官様が帳面に書き記す時に使うぐらいだからです。
とりたてて、あたしが無知、というわけではないのですからね!
「巨人暦・・・シラナイ」
しかし、土地神様は巨人暦についてもご存じないようです。
「それは失礼いたしました・・・そういたしますと、土地神様は少なくとも4000年以上前の方、ということになりますね」
「4000年!? それって王国が出来るずっとずっと前ですよね!」
「そうね。3500年は前ね」
さらりと聖女様は怖ろしいことを仰います。
つまり、この土地神様は神話に唄われる「はじまりの巨人様」よりも遙か昔から存在した、と言っているのです。
「あたしは神殿の日曜学校で、世界ははじまりの巨人様からはじまった、と神官様に教わったのですけれど・・・」
「否定されちゃいましたね」
「否定しちゃダメですよ!!」
なんだか嬉しそうな聖女様ですが、あたしの心臓はひっくり返りそうです。
ひょっとして、聖女様って神殿でもこんなノリで信仰の俗説をひっくり返し過ぎて追い出されたのでは・・・
「そんなことより、リリア。お茶を煎れていただけますか? 土地神様のお話はとても面白そうです」
「ダメです!日が沈む前に修道院へ帰りましょう!」
気がつけば、日は大きく傾いてほとんど地平線に沈みかけています。
「土地神様もどうぞ?」
「ツイテ行ク。話聞ク必要アル」
「わっかりました。わかりましたから!」
あたしはまだまだ話したそうな聖女様と土地神様のお尻を押すようにして、修道院へ帰ることにしたのです。
今ではすっかり草が茂る広大な平原に沈んでいく夕日は薄い雨雲に遮られ、今夜の雨を約束するようでした。
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